【番外編】公爵令息クリストファー様の憂鬱1
リリーナと愉快な仲間たちのクリス様のお話です。
本編ではあんまり活躍の場がなかったクリス様。番外編でもあんまり活躍はしません。
きっとそういう星のもとに生まれたのでしょう。
しばらくお付き合いください。
クリストファーはこの魔法王国に3つしかない公爵家の嫡男として、美貌も才能も有り余るほど持って生まれた。
にもかかわらず、憂鬱だった。
恵まれているとわかっていながら、釈然としない気持ちを抱えながら生きている。
下の子はいい。それとも女の子だからなのか。
エミリアは目に入れても痛くないほど可愛い妹だが、時々、とてもクリストファーをイライラさせる。
クリストファーは由緒ある公爵家の嫡男として、子供の頃から、常に様々なプレッシャーに苛まれていた。
父は宰相として国家の運営に携わり、母は妹を産んだときに亡くなった。
日常生活は父の妹である叔母が面倒を見てくれていたのだが、この人はことのほか口うるさかった。
クリストファーは、いずれは父の跡を継いで公爵になるのが確定しており、
その家柄から宰相にもなるかもしれないと取り沙汰されていた。
なので、叔母はその立場にふさわしい人物になるようにと、まだ幼かったクリストファーを厳しく躾けた。
クリストファーが、叔母の通常なら無茶ともいえる要望についていけたのもよくなかった。
彼は叔母の導くまま勉学に勤しみ、貴族として必要とされる能力を身に着けた。
3歳年下の妹のエミリアは彼ほど厳しくされていない。
妹には心優しい乳母がついており、男女の差もあって、非常に箱入りの令嬢として育てられていた。
人形のように美しい妹は人形のようにおとなしかった。
はにかんだ微笑みで『おにいさま』と呼ばれると、それはもう可愛らしくて、何でもしてやりたい気持ちになる。
しかし、最近になって、クリストファーはそれがあまりよくないのではないかと考えるようになった。
エミリアは年齢のわりに子供っぽい。
今も、部屋の前を通りかかったら、泣き声が聞こえてきた。
妹はもう12歳にもなるというのに泣き虫だ。
早くに母親を亡くして不憫だと、周囲が甘やかすだけ甘やかしたせいだ。
8歳の時だったか、星祭の夜にこっそりと下町に行って、誘拐されかかってから拍車がかかった。
下賤な男に肩を触られたのだという。
クリストファーが駆け付けたのが、エミリアは通りすがりの少女に助けられていて、結局、賊はそのまま取り逃がしてしまった。
捕まえていたらただではおかないところだった。
助けてくれた少女はエミリアとそう変わらない年齢に見えたが、受け答えも足取りもしっかりしていた。
あの時は、下町の子はたくましいなと思ったものだったが、もしかしたら、エミリアが子供過ぎるのではないだろうか。
今も、しくしく泣いている。
「どうしたの?」
エミリア付きの侍女のシアラに確認する。
彼女はエミリアが物心つく前からついている一番のお気に入りで、本人も礼節を保ちながらも、
実の妹のように可愛がっている。
「ブリジット様にお招きされたのですが、そこで少々」
シアラが言葉を濁す。
「何か意地悪でもされたのか」
「意地悪というほどのことではないのですが」
他の子たちは口が達者で、エミリアは上手く会話に入れなかったらしい。
それ自体は特になんということもなかったのだが、後から叔母が嘆いているのを耳に挟んだのだそうだ。
「エミリア様がブリジット様に後れを取った、みたいにおっしゃられて」
叔母の気持ちはわからなくもない。
ブリジットというのはフォンブロン侯爵家の次女のことだろう。
何度か会ったことがあるが、確かに明るくハキハキとしていて社交性のある少女だ。
年齢はエミリアと同じ。
ということは、エミリアだけではなく、フィリップ王子とも同じ年齢だということだ。
それは即ち、フィリップ王子の将来の結婚相手としてのライバルだ。
今のところ、エミリアはフィリップの幼馴染として非常に仲良くしている。
しかし、本人がどうにもおっとりしていて、気に入られているかどうかは曖昧なところだ。
叔母はそこをとても気にしている。
だが、これまでエミリアをいいだけ甘やかしていたのは叔母も同じだ。
なのに、今になって急にしっかりしろというのは無責任な話ではないだろうか。
「まあ、そんなに気にすることでもないかな」
本当にたいした話ではなかったので、適当に慰めるようにとシアラに言い含める。
叔母はすこし勘違いしている。
王家の婚姻は、エミリア本人が多少頑張ったからと言ってどうにかなるようなものではない。
高度に政治的な問題で、本人ではなく、むしろ親の頑張りで実現する。
つまりは、叔母がせっつくならば、実の兄であるエミリアの父親、宰相である公爵なのだ。
それは叔母だって承知だろう。王家に限らず高位貴族はみんなそうなのだから。
クリストファー自身も、自分の伴侶が自分で決められるようなものではないと知っている。
それは限られた中での玉突きのようなものだ。
今、クリストファーに婚約者がいないのは、フィリップが結婚していないからだ。
ブリジットもそうだが、フィリップの婚約者を狙えるポジションの高位貴族のご令嬢は、
皆、フィリップの妻の座を狙っていて、それが無理だと確定するまでは、他の男性とは決して婚約しない。
そして、ご身分の高い彼女たちは、公爵令息であるクリストファーの妻の候補でもある。
フィリップと結婚できなかった彼女たちのうちの誰かが、クリストファーの妻となる。
既に、フィリップより年上の令嬢は、諦めて他を探していたりもするようだ。
そう考えると他人事ではなく、クリストファーにも気になる問題ではあった。
クリストファーはフィリップよりも3歳年上なので、今、諦めている令嬢たちとご縁があるかもしれない。
自分で結婚相手を選べないことは覚悟していたが、出来れば美人がいいし、気立てがいい女性がいい。頭もいいに越したことはない。
進捗を聞いてみようかと思ったのは、たまたま父親に呼ばれていたからだった。
早目に王宮から戻ってきていた父は、珍しく一人で考え事をしていたようだった。
エミリアがブリジットのお茶会に行っていた話をすると、父は鼻を鳴らした。
「あまり細かいことを言うなと言っておこう」
叔母には指示をしておくらしかった。
それもどうか、とクリストファーは思う。父はエミリアを甘やかしすぎだ。
「しかし、そろそろ婚約のお話が出てもよいのではないですか」
12歳であれば、まったく決まってないというのも不思議なくらいだ。王家が選定する時期ではないのだろうか。
「まあ、順番というものがあるからな」
「順番?」
「フィリップ殿下には兄上がおられる」
指摘されて思い出した。
フィリップには3歳年上の兄、アルフォンスがいる。
母違いの兄だ。
国王は今の王妃の前に、別の女性と結婚していた。
アルフォンスの母は他国の王女だったが、産後の肥立ちが悪く、アルフォンスを産んでほどなくして亡くなった。
アルフォンス本人も身体が弱く、あまり人前には出てこない。
3、4年前からだっただろうか、療養のためにグレーデン辺境伯領に引っ込んでからは、ずっと王都に戻っていないはずだ。
「アルフォンス殿下には婚約者は」
「いるわけないだろう」
クリストファーは納得した。
フィリップの婚約者を決めるのであれば、先に王太子である兄の婚約者を決めるのが順番というものだ。
だがアルフォンスは身体が弱い。このまま無事に王位を継ぐかと言えば難しいところだ。
有力な高位貴族は、後ろ盾が強く、次の王と目されているフィリップに娘を嫁がせたくても、その病弱な兄には嫁がせたくはない。
だからと言って、あまりに劣る家の娘を王太子の婚約者にするわけにもいかない。
「他国の王女と娶せるのはどうかという話も出ているな」
王女であれば、その娘が妾腹の出であったり、小国であったりしても体裁は整うということのようだ。
それはもう進める方向になっているのだそうだ。
「今度、アルフォンス様本人とお会いすることになった」
「王都に戻ってこられるのですか?」
「こちらが出向く」
その際、クリストファーも帯同するということだった。
同じ年齢の子供がいることで、あまり重要な話ではないというアピールをするつもりなのだろう。
誰を娶るかというのは、派閥力学上、将来を左右するようなことであるが、そこは伏せるらしい。
すぐ結婚するわけでもないし、婚約者だけだからと上手く言いくるめようとしているようだ。
アルフォンス王太子殿下。
どんな子供だっただろうか。
王都にいた時も、病気がちで、子供同士のお茶会などにはあまり出てきていなかった。あまり会ったことはないはずだ。
曖昧な記憶をたどると、小柄で痩せた姿が思い浮かんだ。
胃腸が弱いという話だった。
どんな少年に成長したのだろうか。




