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55 3年生冬 竜との戦い1

竜が現れたのは突然だった。

休暇が明けてからすぐ。ゲームで見た予定よりも、かなり早かった。

その時、空が裂けた。

比喩表現ではない。

バリバリという雷のような音が響いて、雲の多かった青空が割れるように裂け、そこから夜のような黒い空が覗き、狭間から竜が出てきたと。

屋外にいた人々は空気が震えるのが見えたという。

私は残念ながら、室内にいた。

昼前の教室で、ちょうど高等数学の授業中だった。

残念ながらというのは、珍しいものを見損ねたということと、対応するのに出遅れたということだ。

窓から身を乗り出すと、いくつもの黒い塊が降ってくるのが見えた。

そのひとつひとつが魔物だと、直感でわかった。

上のほうからゆっくりとゆっくりと近づいてくる。

中に、ひときわ大きい赤茶色の竜が見えた。

竜の大きさは胴体部分がざっと4mを超すくらい。ゲーム上で想像していたよりは大きくない。

大きさだけなら、大きい象くらいなので、人数で掛かればそれほどでもない。

問題は、飛ぶことと火を吐くこと。

この世界では、飛ぶのであれば、胴体が1mを超す生き物はいない。猛禽類で大きいのはいるが、広げた翼が3mと言ったところで、体重だって重くない。

一体どうしたら、この1トンもあろうかという生き物が空を飛べるのか。

魔力か。

人間の巨漢の魔法使いなら飛べるから、それと同じか。

しかし、人間の飛ぶのは跳躍+αであって、鳥のように竜のように飛び続けることは不可能だ。

魔法で防御が出来るとはいえ、火を吐かれると厳しい。

あと、こいつだけじゃなく、取り巻きっぽい魔物たちまでぞろぞろ出てきた。

それは聞いてない。

邪竜ほどではないものの、討伐に時間がかかる中堅ランクの魔物が数多く出てきたら人手が足りない。

各々が、手近にいる魔物に当たるしかない。

「リリーナ」

後ろからエドワードが叫ぶ。

「剣を取ってくる。リリーナは盾を取りに行け」

ああそうだ。

聖なる盾は王宮の宝物庫にある。

アルが取ってきてくれることにはなっていたが、アルが今何をしているか不明だし

かけつけたほうがいいだろう。


宝物庫の付近には誰もいなかった。

邪竜が出現したせいで、警備兵も応戦するために表に出てしまったのだ。

それは職務上ちょっとどうかという気もするが、王宮が灰になるのに宝物庫を守っていてもしょうがない。

なので、すんなり中に入れそうだ。

鍵を壊せば。

アルが自分と私をここの担当にしたのは、明らかな犯罪行為だからだ。

盾を持ち出す許可は取れていない。

しかし、鍵は開いていた。

ばかりか、中で話し声がする。火事場泥棒?と思ったが、片方は聞き慣れたアルの声だった。

「落ち着いてください」

誰と話しているのだろうか。棚の陰になって相手が見えない。

「これは持って行かせないわ」

女性だ。

「聖なる盾が必要なのです」

「おまえの手柄になどさせるものですか」

近づくとはっきりと聞こえてくる。あれは、王妃様だ。

察するに、アルが盾を取りに来たら、王妃様が邪魔をしている構図らしい。

「これはフィリップに持たせるわ。世界の危機を救うのはあの子」

なにを言っているんだろう。

こんなところでモタモタして、みんな死んじゃったらどうしようもないというのに。

「ずっと目障りだった。おまえがいるからフィリップが辛い思いをするの。おまえなんか、死んでいれば良かったのよ」

アルは黙って聞いていた。

昔、王妃は良くしてくれてるんだと語っていたアル。

王妃様が自分を殺そうとしていたのを知らないアル。

今になって隠されていた憎しみをぶつけられるなんて。

「ちょっと待ったあ!」

思いっきり飛び出してしまった。

「フィリップが辛い思いをするのはアルには関係ないじゃない」

どこをどう見ても、王妃様の期待のかけすぎが、フィリップを追い詰めている気がするんだけど。

「そもそも、あいつ、王様になりたいの?なりたいようにはとても思えないけど」

「なりたいに決まっているでしょう」

「なんで?」

「正当なる血筋の正当なる後継者なのに」

「アルだってそうじゃない。アルは王様になりたい。フィリップもなりたいっていうなら、正々堂々と争えばいい」

それこそ勉学や魔法や剣術で。

結果を出して、次男のほうが優れているのではとなれば、周囲の見た目も違うはずだ。

王妃はぐっと詰まった。

彼女も、フィリップの成績が芳しくないのはわかっているからだ。

でも、それも違う。

「あなたは知らないでしょう。フィリップは本当はもっと出来る男なの。母親の欲目じゃなく実力があるの。。

 でも、本当は隠しているのは、兄を差し置いて王になりたくないからじゃないの」

フィリップは、多分ものすごく気を遣って生きている。

王妃様が『あなたは次男なんだから気楽に生きなさい』と励ましたら、とてもスッキリするんじゃなかろうか。

「フィリップったら。何故そんな」

「あなたのせいでしょう。あなたがアルを殺そうとかしたから逆に気を遣ってるんじゃないの」

言ってから、しまった、と思った。

これはアルは知らないし、私が知っていてはいけない知識だ。

「あなた、何故、そんなことを」

「私が女神から遣わされた預言者リリーナだからですぅ」

開き直った。他にもう、どうしようもなかった。

「あなたの息子はあなたのせいで罪の意識に苛まれて辛い思いをしているの」

言い切った。

「罪人の息子は王になる資格はないと思ってあんな振る舞いをしていたのよ」

これは捏造。

だけど、それで辞退してたこともあったんだから大体合ってる。はず。

そして、王妃はそのハッタリを信じた。

まあ、実際に自分がしたことなので、心当たりは有り有りだ。

「そ、そんな」

「わかったでしょう。おとなしく盾を渡しなさい」

私が近づくと王妃様があとずさった。

「近寄らないで。来たら盾を壊すわよ」

盾を抱えたまま動く。結構、大きくて重たそうな盾なのに。

王妃様はそこそこ大柄な女性ではあるが、鍛えてないので筋肉はない。

よく持てているものだ。

アルは少し離れたところにいたが、私と同じように、やはりじりじりと少しずつ近づいている。

強引にでも、盾をもぎ取るつもりだろう。

王妃様に壊せるような盾ではない。

あ、駄目だ。

王妃様が何かを隠し持っている。

この世界の困ったところは、か弱そうな女性であっても、魔法が使えたら簡単に屈強な男性を倒すことが出来るということだ。

王妃様がどんな方かは知らないが、有力貴族の出で王妃になった人物なのだから、

当然魔法が使えると考えて良い。

王家の子供を産む女性は、その人にも強い魔力の遺伝子を求められるのだ。

「アル、待って」

走り出ると、王妃様の攻撃が私に向いた。魔法石のような爆発物が投げつけられる。

ああ、駄目だ。私も王妃様の敵だ。

背中からぽいっと突き飛ばされて、魔法が弾かれる爆音がした。

周囲の棚が煙を立てて吹っ飛ぶ。

誰。どうなったの。

転んだまま見上げたら、どこから来たものか、フィリップが立っていた。

「母上。もうやめてください」

「フィリップ」

王妃がその場に崩れ落ちた。

「聞いていたの」

フィリップが無言で頷く。

「じゃあ。じゃあ、この娘が言ったことは本当なの」

「おおむね」

「なんてこと。おまえはこの母を裏切っていたの」

恐ろしいことに、王妃はフィリップに向かって聖なる盾をぶん投げた。

それーすごく大事なやつ。

フィリップがよけると盾は足元に転がった。

「ほらよ」

私に盾を手渡してくれる。

「あんた、なんでここに」

「おまえがいつまでたっても戻ってこないからだろう、この非常時に」

そりゃそうだけどさあ。

「行けよ」

「待ちなさい」

王妃様の手元が魔力で輝いている。

強い攻撃魔法が放たれた。

そして、それはそのまま私の手元で跳ね返された。

聖なる盾はその名に恥じぬ働きをした。

「母上」

フィリップの呼びかけに、王妃は何も答えなかった。

弾かれた魔法が、そのまま本人に振り掛かったのだ。

王妃様の魔法は強かった。

それがそのまま、王妃様の腹を破った。

まずい。

これはちょっと私の手に余る。

かなりの部分まで治癒できる私ではあったが、綺麗にスパッと斬られた傷をふさぐとかはできても、

とれた腕をくっつけるとか、穴が開いたものを戻すのはできない。失われた質量を持ってこれないのだ。

「母上」

フィリップが王妃様の手を取った。

彼にできる事は何もない。私に治せないものがフィリップに治せたりしないので。

「あなたは、王に…」

かすれた声が息子に命じる。

フィリップは何も答えなかった。

ただ、無言で手を握っている。

「リリーナ」

呆然と目の前の光景を見つめていると、いつの間にかアルがすぐ側に来ていた。盾も持ってくれている。

「とりあえず、僕らはそれどころじゃない」

そうだ。

その通りだ。

ようやくここまで来ました。

明日、最終回です。

なので、2話更新(22時23時)です。

もうちょっとだけお付き合いください。

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