53 3年生冬 直前2
季節はすっかり冬で、もうすぐ年末に休みにかかろうというこの頃。
最近の我々は生徒会室でダラダラしている。
我々というのは攻略対象の皆様や、クラスメイトたちや賛同してくれる人たちということだ。
みんなが揃ってなにかするわけではなく、適当にいたりいなかったりしながら情報を共有している。
トーマスが次期役員の選挙の準備をしているので、手伝いながら、両方やるのが手っ取り早い。
邪竜が出る件については、王宮や騎士団でも対応していて、学園には非公式のお知らせがくるばかりだ。
お知らせをくれてるアルは王宮に詰めてて、クリス様も連日、貴族議会とかと打ち合わせしているっぽい。
「邪竜は来ると思う」
言い切ったのは意外にもエドワードだった。
そういう夢のようなことは信じない男だと思っていたのだが。
「王太子殿下に頼まれて、軍で魔物の出現率を調べているが、異様に多い」
「大祭の前は封印が緩むから、この時期は普通に多いんじゃないの」
「それを考慮しても多い。前に行った北の国境では人の3倍もあるグリズリーが出た」
ええっ。グリズリーって人食い熊だよね。
「1週間足止めして、結局は騎士団が討伐に行った」
被害はとても大きかったらしい。
「リリーナの地元でも報告を受けている」
「何も言ってなかったよ」
「兄上は加勢に向かったはずだ。黙っていたんだろう」
そんな風に被害が拡大していて、国境沿いの領では不安が広がっているらしい。
私たちがいろいろ準備に取り組んでいた間に、そんなことになっていたなんて。
「商人たちからも話が出ているよ。街道沿いにも小さい魔物が出るようになってて危険だって」
トーマスが遠くから口を挟んできた。
「うちの商会でいざという時に避難の手助けを出来るようにと備蓄を集めてるけど」
いい感じの倉庫が無くて困っているらしい。
「騎士団の練習場とか借りられないかな」
エドワードが言うには、今は練習とかしていられる状況ではないらしい。
「それで、星祭りの大祭を早めようという動きがあるんですって」
ジェシカはハーヴィルに聞いたという。
当のハーヴィルはずっと魔術師団に詰めきりだ。
そんななか、魔術師を擁した騎士団の大隊が、南に向けて出発したという。
各地に拠点があるので、魔物や自然災害には現地の部隊が対応し、その補助に正体が応援に行くことが多い。
大隊が動くというのはとても稀なことだ。
なんとなく不安になって教室に行くと、もうみんな集まっていて、その話で持ち切りだ。
この学園は騎士団からほど近く、寮は更に騎士団側にあるので、演習の時には物音が聞こえたりもするくらいだ。
演習よりも激しい音が聞こえたようで、目を覚まして様子をうかがいに行った生徒もいたらしい。
目撃した生徒が身振り手振りでその様子を伝えている。
教室にフィリップとエドワードの姿は見えなかった。
ガラリと扉が開いて、補助教員から自習が告げられる。
なにがあったかを尋ねても、補助教員も聞かされていないということだった。
わかったのは、昼前にエドワードが登校してきてからだった。
「南の海に、鯨の魔物がでたらしい。これまで誰も見たことのないようなもので、大きくて強い、と」
現地の舞台ではどうしようもなく、応援要請がきたらしい。
向こうが海にいるので、上陸してこないように追い返すので手一杯だそうだ。
船を出すより魔法で対処した方がいいというので、魔術師との混合編成となった。
先に出た隊とは別に、昼から騎士団長も向かうらしい。
それで、エドワードは一旦、自宅に戻っていたのだ。
魔物の動きが活発化しているという話はあったが、そんな巨大なものが出ていたなんて。
学校は休みになったが、隊はなかなか戻ってこなかった。
魔物が海に隠れるので、上手く討伐出来ないらしい。
これでは新年の祝いも何もあったものじゃないなと思いながら、休みの間に実家に帰った。
もし、邪竜が出て、万が一何かあったら、もう両親にも兄にも会えない。
私は異世界から転生してきたけど、それでも、18年間育ててくれた両親だ。
っていうか、私の婚約者と妹の結婚を認めた親よりよっぽど親だ。
大好きな父と母。
もし、世界に何かあったら、この辺境の地で魔物と戦う彼らは真っ先に被害にあってしまう。
「リリーナったら。3年間、全然、帰ってこなかったのに、あとちょっとのところで戻ってくるんだから」
出迎えてくれた母が笑う。嬉しそうだ。
最近、地元のあたりでも魔物が出ることが増えて、父たちは神経を尖らせているらしいが、母はいつも通りだった。
そう振る舞っているのかもしれないが。
この陽気なところは私に受け継がれている。
父も長兄もいたが、義理の姉らしき女性はいなかった。
まだ話が進んでいるだけらしい。まあ、私に何のお知らせもなく婚約とかされてても寂しいからね。
クロード兄はいなかった。
鯨討伐の遠征軍からは漏れたらしいが、別件の討伐に行っているらしい。
王都に帰ったら会っておこう。
つかの間、家族団らんを楽しんだものの、年末の休みは短いので、本当に、すぐ帰らないといけない。
休暇の最後の夜、もう夜明けに近い時間だった。
身体が揺さぶられるような衝撃を受けた。
地面が揺れた。地震。
震度で言えば4くらいではあったが、この世界ではあまり地震がなかったので、とても驚いた。
「大丈夫?リリーナ」
母が部屋に入ってきた。飛び起きたらしい。
「大丈夫だよ。余震に気を付けないとね」
その時まで、私は地震だとばかり思っていた。
メイドが飛び込んでくるまでは。
「旦那様が着替えて集合するようにと」
集まると父はもう出かける準備を済ませていた。
「魔法便で連絡が来た。コルド山脈の東側でサラマンダーが出たと」
マジか。
サラマンダー。
700年ぶりの火蜥蜴が。
王都の騎士団には支援の要請を済ませたそうだ。
うちからも人を出す。
「父さんが行くの?」
「ああ」
それは。危険度がとても高いということではなのだろうか。
魔物が出現したときの応援は、いつもは長兄が行く。若くて機動力があるからだ。経験を積むという意味もある。
今回、そうではないということは、跡取りを家に残しておかねばならない現場ということだ。
「私も行く」
「駄目だ。おまえは今すぐ王都に戻りなさい。王都が一番安全だ」
その言葉に、この辺は本当に魔物が出ているのだということを悟った。このへんはもう安全ではなかったのだ。
そして、父に言われて気付いた。
私は王都にいなければならない。安全だからではない。むしろ一番危険で、一番私が必要とされている。
馬車で帰る時間も惜しく、必死で馬を走らせた。
この状況ではいつ何が起きてもおかしくない。
でも、邪竜以外もこんなに出てくるなんて。
王都に戻ると、騎士団がコルド山脈に向かったと聞いた。それ以外にも応援要請が出ていると。
寮の中庭でジェシカとハーヴィルがおやつを食べていたのを見つけて走り寄る。
「邪竜が出てくるにはまだちょっと早くない?」
ジェシカに尋ねる。
私の記憶では、星祭りの時期だった。
なので、2月くらいを予定していたのに。
「そうですね。星祭りの直前、準備が終わるくらいの時期だと思いましたけど」
「準備ならもうしてるじゃん」
ホットドッグ的な肉々しいパンにかじりつきながらハーヴィルが言う。
「お祭りの準備ならともかく。術だぜ。魔術師団ならもう9割がた終わっている」
魔術師団の幹部はメアリーの魔法陣を高く評価した。
次の星祭りにはその魔法陣を使用するとして、例年より早く準備をしているのだ。
メアリーの魔法陣は魔術師団の屋上に用意されていて、邪竜が出たらそれが使われる。
出なかったら星祭りで使われるということになっている。
邪竜が出てくる前に防げたら、それに越したことはないのだが、今の魔法陣との相性が読めないという。
新しい魔法陣の性で、古い魔法陣が一時的に解除された場合に、魔物が出てくる可能性が高い。
その防御を探っている状態だったのだが、各地に魔物が出ているので、その対応に追われて進んではいない。
「ここはあれだね。手の空いている私たちが何とかしろということよね」
「おまえは気楽だな」
おやつを食べながらジェシカといちゃいちゃしているハーヴィルには言われたくないが。
「悩むのは前世に置いてきたのよ」
私はこのために、この世界に生を受けたのだから。
そして、ちゃんと準備した。ゲームはクリアするためにある。一回しかチャンスがなくて、期限が切られているけれど。




