48 3年生夏 王道ルートへ?4
翌日の教室でも、ちょっと微妙な空気は感じた。
「髪型変えたんだね」
トーマスが言う。
「ハッキリどうしたのか聞いてくれてもいいよ。剣術の練習で切れちゃった」
「誰がやったの」
なに、トーマスも気にするのそこなの?
「君、勝てない相手とやらないだろう」
「そりゃそうでしょ」
だって無駄に怪我とかしたくないし。治せるけど、その瞬間は痛いんだから嫌だよ。
ちゃんと手加減してくれる練習相手になってもらうのであれば別だけど。
そもそも、私は忙しいんだから、かなりいろんなところを省いていかないと、やっていけないよ。
「だから、どうしたのかなって思ったんだよね」
なるほど。
「それに、普段は、練習する時、髪はまとめて帽子被ってるじゃん。よっぽどだよね」
なるほど、その2。
確かにひらひらしたら危ないから、あらかじめわかってる時はきちんとしてるよ。
自分では習慣になってたから、気にしてなかったけど、見てる人は見てるものだなあ。
そんな感じに、教室をざわつかせた私だったが、フィリップは普段通りだった。
普段通りということは、普通に馬鹿っぽく振る舞っていたということだ。
なかなか胆力がある。
しかし、付けこむならば、早いうちだろう。
新しい髪型に見慣れてしまったら、インパクトもなくなってしまう。
罪悪感とかあるうちに攻略したい。
ただ、王子なので、1人で歩いたりは絶対にしないのだな。常に護衛を兼ねた取り巻きがいる。
相変わらず取り付く島もない。
でも、ジェシカが陣営に加わってからゲーム知識が増えたので、そこを活用することにする。
フィリップは定期的に王妃様のお茶会に呼ばれるのだ。
お茶会と言っても、2,3人の会合で、王妃様とフィリップとで語り合うのがメインらしく、
忙しい王族の親子の対話のようなものなのだろうが。
その時ばかりは、さすがにいつもの取り巻きは連れていかない。
エドワードは一緒に行ったりもするけど、あれは私の騎士なので、妨害要素としてはノーカウントだ。
お茶会って何やるんだろうなあ。
エミリアは社交は苦手だと言っているが、仕事の会食と考えたら、多少しんどいのはしょうがない。
前世でも、会社員時代はつきあいの飲み会もあったし、NPO時代も寄付を募るのに、いろんなところで会食をした。
その時にも、気苦労はしたものの、会社の経費でいい肉を食べられたらラッキーと思うようにしていた。
この世界は現代日本ほどじゃないけど、割といいものを食べている。
貴族社会だからというのもあるけど、魔法王国自体がそんなに飢饉とか無くて豊かなのだ。
その中で、王妃様のお茶会となると、おそらく国内最高峰だ。
エミリアは何度か、行ったことがあるらしい。
放課後、エミリアの部屋でおやつをいただきながら、お茶会慣れしたエミリアにスケジュールを探る方法を相談したら、次のお茶会にはエミリアも呼ばれていたことが発覚した。
「妃殿下は私とフィリップ様を婚約させたいみたいなのです」
へーっと思ったけど、家柄的には妥当なところだし、ゲームでも婚約していたので、まだ婚約していないほうが不思議なくらいだ。
この世界の貴族社会では高位貴族であれば、成人年齢の15歳くらいには決まっているものだ。
そういえば、ハーヴィルとジェシカも婚約している。
うちくらいのランクの家だといい話が来るような当てもないので、学園でいい相手を見つけて来いということにもなるが、フィリップやエミリアが決まっていないのは不思議だ。
「お父様があまり乗り気でないので」
「そうなの?幼馴染なのでしょう?」
そういうのも想定して、一緒にいるのかと思っていた。
エミリアは曖昧に微笑んだ。
その、お父様は、乗り気でない割に、お茶会には行けと言うらしい。
王妃様の不興をかってはいけないらしい。
「私は、そのう、ちょっと苦手なんですけど」
「へー、面白そうなのに」
「面白くはないですよ。とても、その、苦手です」
「じゃあ、代わりに行っちゃおうかな」
何を言い出したんだコイツは、という顔をされました。
ふふふ。勝算のないことはしないのだよ。
実は、先日、変身魔法を習ったのだ。目くらましの一種で触ると質感が違うのがわかるが、淑女なので誰かに触れられることもない。男性に化けるときは気を付けないといけないが。
用途を考えたら、あまりいい魔法ではないので、学校では教えられない魔法だけど、キャンベリック先生はそういうことも知っているのだな。
くれぐれも悪用するなとは言われたけど。
エミリアになあれ~。
「どうよ」
「そのままです。すごい」
腕を引っ張られて周囲を回られた。
そのままジェシカを呼んだ。
見た目だけではジェシカもわからなかった。
「でも、バレると思いますよ?」
ジェシカが断言する。
「なんで?」
「だって、中身が違いますもの」
王妃様とフィリップのお茶会で、エミリアがそんなに発言するとは思えない。
それとも、何か若い女性の意見的なものを求められるのだろうか。
で、あれば、予習をしていかねばならないが。
私は事前準備を怠らないタチなのだ。
しかし、特に何かは求められないらしく、「はい、妃殿下」「その通りですね」「私もそう思います」でいいらしい。
それはそれでどうなのだろうと思うが。
黙っていたらバレっこないのでは。
「はたしてですよ、リリーナ様に大人しく黙っていることができますかね?」
失礼な。忍耐にも自信があるのだよ。
一番の問題はエミリアの反対だろうと思っていたが、そこはすんなりOKが出た。
本当に、行きたくないものらしい。
基本的に真面目で親の言うことに逆らわないエミリアが、こんな悪ふざけに加担するなんて
それほど嫌なのかと思うと、逆に興味深い。
ついてくる侍女はソフィア様にお願いした。
ソフィア様にはきちんと話して、こちらも反対されるかと思ったら反対されなかった。
「あのお茶会に行くと、エミリア様が体調を崩されることが多くて」
「なにかされるの?」
「エミリア様にはされないです」
もにょもにょっと濁された。
逆に気になるよ。
そんなモヤモヤした気分ながら、当日は晴天だった。
王宮に入れるチャンスかと思ったけど、学園でも、生徒が立ち入れない東寄りの庭園の東屋に席が用意されていた。
偉い人が視察に来たりするときに、もてなしを受ける場所らしい。
見晴らしの良い東屋は、逆に怪しい人も近づけない。
護衛は少し遠くから見守る形で、エドワードとソフィア様は、少し手前で待機している。
サービス役の王妃様の侍女たちも同じ位置で、テーブルに着くのは王妃様とフィリップと私の3人だけだ。
最初に場所を聞いた時には学園内かとがっかりしたが、しつらえはとても豪華だった。
テーブルクロスの布が見たこともないような光沢のある生地で、皿も、薄いブルーに金の装飾が入っている。
美しいカーブを描く縁取りは大層繊細だ。
中央の花器には季節の花が飾られ、長方形の器には、素敵な焼き菓子とフルーツが盛られている。
王妃様の装いも、とても素晴らしいものだった。
初めてお目にかかったが、迫力のある美人で、目力がすごい。
髪飾りと耳飾りと首飾りは揃いのルビー。
ドレスも深みのある赤で、レースと刺繍がふんだんに使われている。
対するエミリアも盛装だ。
事前に王妃様が赤で装われるという連絡が来ていたので、緑で揃えている。
衣装は本物を借りたので、汚したら大変とドキドキする。
フィリップも何かはわからないけど、襟章のついた非常に豪華な服を着て、普段は流している髪の毛をきちんと固めていた。
その全てが、この、ほんの2時間くらいの為だけに用意されたのだ。
すごいな、王妃様。
そこまでだった。
素晴らしいなと目を輝かせていられたのは。
王妃様は、フィリップに変わりはないかとお尋ねになった。
女性にしては低めの、艶のある声だった。
その素敵な声で、フィリップの成績について苦言を呈された。
そして、柔らかな言葉でちくちくと、いかに国民がフィリップに期待しているか、
いかに立派でない統治者を持った国民が不幸かを語った。
その間、フィリップはずっとおとなしくお言葉を聞いており、エミリアには時折、同意が求められた。
「エミリアもそう思うでしょう?」
「はい、妃殿下」
何度目かの問いに、何度目かの返事を返す。
「卑しい出の娘に遅れを取るなんて、ありえないことだわ。
思いあがった跳ね上がりにわきまえさせるのも上に立つものの責務ではないかしら」
リリーナのことも話題になった。
王妃様がチェックされていたというのはびっくりだけど、恐ろしい差別意識にもびっくりだ。
能力主義で万民に開かれた学び舎というのは、本当にただの建前だったのか。
フレッシュなフルーツの乗ったタルト。
赤い酸味のある果物に甘みの強いカスタードのクリーム。
こんなに美味しいのに、王妃様は味わいもしないのだろう。
フィリップはほとんど食べていない。
もったいない。
お土産にくれないかな。
「今度の御前試合には出るのでしょうね。貴方なら成果をあげられると信じていますよ」
美しい言葉。
でも、王妃様は成績チェックしてるんですよね?
おそらく、本人がやる気を出せば、いい成績も出せるけどフィリップにはその気がない。
学校の成績だけ見て、何を信じるというのか。
その後も御前試合の大事さや、王妃様の実家の御兄弟が優勝された話をなさっていた。
ああ、チョコレートが美味しい。
「そうでしょう?エミリア」
「はい、妃殿下」
にこやかに微笑む。
チョコの種類を見極めていたので、話を聞いていなかった。
聞いてなくてもいいかと思ったからだ。
この状況では何個も食べられないので、似たようなコーティングのチョコの中から好きなナッツのチョコを選ぶほうがよほど大事だ。
その後も同じような感じで進んだ。
しかし、成績の話とか、そんなに新しいネタでもなさそうで、いつも同じ話をしているのかもと思ったら
とても暗澹たる気持ちになる。
私は忍耐には自信があると思っていたが、フィリップに負けるかもしれない。
「公爵はどう考えているのかしら。ねえ、エミリア?」
もう一つクッキーを取ろうかというところに、攻撃が来た。
何の話だ。
公爵がどうこうってなると、「はい妃殿下」で乗り切れない。
エミリアっぽく目を伏せる。
そんなにハキハキ喋るほうではないので助かった。
「父の考えは私にはわかりません」
とりあえずオウム返し。何の話かわからんが。
「でも、自分のことでもあるわけだし、貴女の意思というのはどうかしら」
うつむいてもじもじしてみた。エミリアならそうするだろう。
困ったようにもじもじして、嵐が過ぎ去るのを待つ。
「母上」
フィリップが口を挟んだ。
「娘の縁談をまとめるのは親の仕事です。エミリアの一存で何か言えるわけでもないでしょう」
かばってくれた。入学して2年半近く、今、フィリップへの好感度がようやく上がったよ。
なるほど、そういう話だったのか。
そういえば、王妃様はエミリアをフィリップの嫁にしたくて、エミリアの父親の公爵は反対なんだっけ。
王妃様は息子がエミリアをかばったのが気に入らなかったようだ。
また、ねちねち始めた。
だいたい2時間と聞いていたが、大幅オーバーだ。フィリップには申し訳ないことをしたよ。
反省したので、半分くらいは聞くようにした。
再度説教があり、知らない高位貴族のご子息たちの噂話をして、もう一度説教して終わった。
ようやく、お見送りした時にはものすごい開放感だったよ。
ひゃっほーい。
寮まで、フィリップに送られる苦行も耐えられるというものだ。
「母に何も言えずに意気地のない男だと思っているのだろう」
ぽつりと言われた。
「そんなことはないですよ」
男というのはマザコンなものだ。
それに、あれだけチクチクやられた人に追い打ちをかける趣味もない。
「先程はかばっていただいて、ありがとうございます」
お礼を言ったら、プイとそっぽを向いた。
「おまえ、何しに来たんだよ」
いきなり言われて戸惑う。
「お招きいただいたので。父からもお茶会は行くように言われております」
「おまえ、エミーじゃないだろう」
おや。
バレてる?
「エミーはあんなにガツガツ物を食べたりしない」
「ガツガツって」
とても上品に食べたと思ったんだけど。
あんなの、全然食べたうちに入らないし、なんなら、お腹空いてるよ。
「リリーナ」
名前を呼ばれた。わかってたのか。
「俺を笑いにきたのか」
そうではないけど。
人となりを知るために来たのは本当だ。
魔法を解く。
リリーナに戻ってみた。服だけはそのままエミリアのドレスを借りたので、ちょっとサイズが合ってないのがわかる。胸元が緩くてウエストがきつめ。
本当はさっきからずっとキツかったが、人からキツそうだと思われるのはちょっと嫌かも。
しかし、フィリップは当たり前のように服など見ていなかった。
陰気な顔で前を向いている。
「なんか、よくわからないなあ」
話しかける。こういう時に図々しいのが私の取りえだ。
「勉強も剣も出来るんだよね?どうして、ちゃんとやらないのかな」
だって謎過ぎる。
「いい成績取ったら王妃様もあんなにやいやい言わないんじゃないの?」
「言うよ、あの人は」
投げやりに言う。
まあ、そんな感じの人ではあったけどね。
「学年トップになってみたら?」
私は特にトップじゃなくても構わないのだ。
1年生の前期はゲームにあったけど、あとは惰性だ。たまにトーマスに負けている。
フィリップを始めとする貴族連中を見返したいというだけなので、譲ってやって好感度があがるならそれでもいい。
トーマスは知らん。加減してくれないかもしれない。
でも、ゲーム通り魔法が強ければ、フィリップのほうが大幅に有利なのだ。
「学校で1番でも駄目だ。兄より優秀でなければいけない。そしてそれは出来ない」
死んでるからね。
心の中で思う。さすがにそれを言っちゃうのは人としてどうかしている突っ込みだから言わないけど。
しかし、ここか?ここが使いどころなのか?
例の台詞。『人と比べてはいけない。貴方は貴方。世界に一つだけの花』
ちがう『世界に一人だけの特別な存在なの』
うっかり頭の中をS○APの曲が流れたよ。
よし。
「お兄様と比べることなんかないわ」
必殺、慈愛の微笑み。
「貴方は貴方。人と比べることなんてないわ。誰もが世界に1人だけの特別な存在なの」
しかし、フィリップは感動してくれなかった。
すごく白けた目で見られた。
「そんなこと言って、おまえだって兄貴のほうがいいくせに」
「は?」
そりゃあ、誰でもお前よりマシだよ、と言う意味ではないだろう。
「お兄様って」
意図を掴みかねていると、なんだかとても嫌な感じに口元が上がった。
「なんだ、知らなかったのかよ」
何か、とても嫌な感じ。
「兄貴はお前に教えなかったんだな」
「おまえがアルと呼んで懐いているのは、俺の兄貴、王太子アルフォンスだよ」
は?
フィリップの兄?
生きてる?




