44 3年生春 魔法使い出現6
王都に帰るとアルは温室にハーヴィルを呼び出した。
こっちにはジェシカがいるのでホイホイ呼び出されてくる。
揃ったところで、麗々しく木箱を取り出す。
じゃじゃん。
驚いたような顔で箱を見ている。
「これは。面白い。運んだのリリーナ?」
よくわからない質問に頷く。
そんなに重いものじゃなかったし、普通に持ってかえったけど。
「これって見た目通りのものじゃないよ」
ハーヴィルが箱を手に取って上下に振る。カサカサと音がした。
「本体はまだ、その農家にあるんじゃないかなあ」
マジか。振って音がするというのに。
「目くらましってわけじゃないけど、情報だけ持ってきてるんだよ」
なるほど、それが、戻ってくる木箱の謎なのか。
「じゃあ、また向こうに戻らないと開かないの?」
「どうかなあ」
そんな弱気な。
箱もハーヴィルに押し付けた。きっと開けてくれる
さて。これからどうしようか。
黄金の魔法陣を探しに、魔術師団に潜入でもしようかな。
と、思っていたら、アルが付き合えというので、よくわからない建物にやってきた。
オレンジの煉瓦造りの重厚な建物で、王室のマークがついていたので公共の施設のようだ。
「どこ、ここ」
「特許庁」
へー。そうなんだー。くらいのテンション。
そのくらい縁のない建物だった。
よく考えたら私は現代日本から来た知識の塊なので、いろんなものを発明して特許を取ればよかったのだ。
そうしたら儲かってウハウハだ。
しかしまあ、特許を申請できるほどの知識がなかった。
いろんな機械を使って生きてきたが、それがどうやってできてるのかなんて知識はない。
電話とかカメラとか便利なものがいっぱいあったのに。
もっとも、こちらは魔法があるので、魔法で事足りることが多い。
そして、魔法も特許で護られる。
新しい魔法技術を使用するには特許料がかかるのだ。
「なにするの?」
「農家で見た魔法陣があるだろう。メアリーがお礼にって渡したやつ。あれが登録されてないかと思って」
「え?あれって1000年前でしょ。特許庁が出来たのなんてここ100年とかじゃないの」
「昔のもので、常識になっているものも登録だけはしてあるんだよ。新しい魔法は元の魔法から派生して使うことも多いから」
なるほど。ということで、また書物を見る。ここのところ、読み物ばっかりで目が痛いよ。
しかし、貴重な手掛かりではあるし、司書っぽい人が手伝ってくれた。私よりかなり早い。さすがプロの技だ。
そのプロの技で調べて貰った結果、期限が切れた昔のものとしての登録記録があった。
発明した時期などが比較的はっきりしていて詳しい記録が残っていた。
発明者の名前は『ヘンリー・キャンベリック』
グローブナーの日記に出てきたメアリーの恋人はヘンリーだった。
記録上の魔法が発明された時期はメアリーの死後だったので、メアリーの方が早かった。
「ヘンリーはメアリーの研究を盗んでいたんだな」
「そうみたいね」
昔は特許を申請したりとかなかったし連絡網も限られていたから、
同時期に別の地域で同じものが使用されていても問題にならなかったのだろう。
湖水地方は王都から離れているから、知られてなかった可能性すらある。
グローブナーの日記の信憑性がぐっとあがった。
「この人、名字が気になるよね」
キャンベリック。
1000年くらい前の魔術師、ヘンリー・キャンベリック。
名字がわかると素性はあっという間に割れた。
この国でも有数の魔法研究に秀でた一族、キャンベリック侯爵家は1000年前までさかのぼれる名門なのだ。
「ねえ、先生の家に先祖伝来の資料とかないのかしら。ヘンリーはメアリーの研究を持ってたはずだよね」
特許庁の資料からすると、ヘンリーはメアリーの研究をちょっとずつ発表していたようだ。
ほとんどがメアリーの遺品と被っていたことを考えると、本人の研究はほとんどない。
あったとしても、1000年後に記録が残るようなものではなかった。
自分に能力が無いのをわかっていて、小出しにしていたのではないだろうか。
だとすれば、何か残っているかもしれない。
そうと決まれば。
私とアルと、ジェシカを手伝いに呼び出した。先生の実家の蔵に突撃だ。
先生は嫌な顔をしたが、メアリーの研究を突きつけるとNOとは言わなかった。
そして。
驚くことなかれ。
メアリーの研究はヘンリー・キャンベリックの偉業として木箱にまとめられていた。
特許庁にあったものと同じだが、過去のものとしてまとめられた原本よりも詳しく、途中経過も書き込んである。
小粒な研究が多かったが、着眼点が良い。
ただし2種類の筆跡で。誰かとの共同研究であるのは明らかだ。そして、メインの研究者がメアリーだったのもすぐわかった。
ところどころにヘンリーの所感が書き込んであって、筆跡が特定できたのだ。
栄華を自慢したいという気持ちが強かったようで、グローブナーの日記が愚痴なら、こっちは自慢の垂れ流し。
まったくもって読むに堪えない。
うんざりしてふと顔を上げると、アルが別の箱の書類を読み込んでいた。
「何か面白いものあった?」
「あったね」
即答されて驚いた。
「当時の星祭りの事故記録だよ」
星祭りの事故。
メアリーが命を落とした星祭り。
「当時の魔術師団の団長が、国王に提出する報告書の下書きのようなものを取っていたようだね」
それはまた。
よくもまあ残っていたものだ。
「なんでここに」
「書いたのはトーラス・キャンベリックとなっている」
ああ、その人もキャンベリック一族なのか。
「ヘンリーの父親?」
「いや、義父のようだ。ヘンリーはトーラスの娘婿だね」
そういえば、ヘンリーは上司の娘と付き合っていたという話だった。
なんということ。上司というのは当時の魔術師団のトップでキャンベリック侯爵だったのか。
野心のある若者にとっては、そのへんの平民であるメアリーなど比べ物にならない。
のか?
本当にそうか?
ヘンリーが自分で立身出世できるだけの才能があって、あとは運と引立てだけだというならいざ知らず、
実績はメアリー任せなのに。
ヘンリーの栄華はメアリーと良家出身の妻と、どちらが欠けても成り立たない。
「嫌な男だなあ」
思わずつぶやいてしまった。
ジェシカが器用に眉を上げる。
「しょうがないですよ、昔の人ですから」
「だって、これ、メアリーを利用してて、また別の利用価値のある女に乗り換えて」
「まあ、どっちともデキてはいないですよ、昔だから、婚前交渉は今より厳しいです」
ジェシカがハキハキと言い切った。
このへんはジェシカも現代日本人だな。
「そういう意味じゃなくてさあ」
心の問題なのだよ。心の。
「奥様のお父上は気付かなかったんですかね。ヘンリーがクズいことに」
「研究優先で人格なんか見てなかったんじゃないの」
「そっちのほうが能力が無いじゃないですか」
確かに。トーラス・キャンベリックはヘンリーのどこを評価したのだろう。
ヘンリーがイケメンで娘が惚れ込んだとしても、侯爵令嬢の結婚を決めるのは、本人ではなく父親なのに。
事故自体は、封印する魔法陣に魔力を込める際に、ある魔術師の力が足りなくて、バランスを崩したことによるものらしい。
どうもそれがヘンリーだったようなのだ。
魔力が暴発して、補助で立ち会っていた職員一名に犠牲が出たとあったので、これがメアリーだろう。
ヘンリーは星祭りの大祭の中心となる位置だったので、単純な力不足というわけでなかったのだろうが、事前に不安視もされていたらしい。
新しい魔法陣は国を保護する力も強いが、必要とされる魔力も多かった。
次回からは人数を増やすことで対応したい、と、締めくくられていた。
「たいしたことは書いてないね」
内容的にはグローブナーの日記とほぼ同じだ。
「そうでもない。この時の星祭りは、それまでの魔法陣よりも効果の高いものが使われたとわかる」
新しい魔法陣か。
「その魔法陣を書いたのはトーラス・キャンベリックだと言われている」
先生が口を挟んだ。心なしか声が沈んでいる。
「有名な人だったんだ」
「1000年前の天才魔術師、キャンベリック家の中興の祖だと」
では、メアリーに間違い呼ばわりされて、さぞや腹が立ったのではないだろうか。
まさか、わざとメアリーに術が及ぶような細工をしたわけではあるまいが。
「トーラスが天才と言われるのは、封印の魔法陣を書いたからだ。
誰にも解析できず、1000年の間にも、これ以上の魔法陣は生まれていない」
「なんか解説書みたいなものを残しておけばよかったのに」
言いながら、それは特許との裏表だなと気付く。
最近の複雑な魔法陣には解説がついているが、それは特許として権利が守られているからだ。
そうでないまま、誰にでも使えるようにしたら、勝手に流用されて、作り損になってしまう。
1000年前だとそういうことも多かっただろう。
もしかして、そういうこともあって、無駄に複雑なんだろうか。
でも、国の行事で使うようなものなのに。
侯爵家で地位や名誉もあって、使用料とかみみっちいことを考えていたとも考えにくい。
「解説は書けなかったんだよ。トーラスにもヘンリーにも」
何故にヘンリー。
先生はヘンリーの残したメアリー研究資料を食い入るように見つめていた。
「私にはわかる。この封印の魔法陣を書いたのはメアリーだ」
なんてこったい。
「複雑な魔法陣にはどうしても作成者の癖が出てしまう。これはメアリーの手によるものだ」
メアリーの研究は良質だが小粒だった。
魔術師でもない女性だから、大きな研究をしていなかったのかと思われていたが、彼女の一番の研究は別にあった。
言われれば、メアリーが残した細かな研究は、彼女の死後にヘンリーのものとして発表されている。
その前に、彼女を利用価値のある有能な魔術師だと思わせたものがあったはずなのだ。
それが、この封印の魔法陣だったのだ。
「ヘンリーが勝手にもちだしたのでしょうか」
「おそらく。ただ、まだ完成していなかったのか、不備があったかしたのだろう」
作成者のメアリーだけが気付いていた。
しかし、何の権力もない彼女の話を誰もまともには受け取らなかったのだ。
「ヘンリーが自分の先祖だと思うと非常に嫌な気分になりますね」
偉大な御先祖を尊敬し、家柄を誉に感じていた先生は力なくうなだれた。
まあ、ショックだろうなあ。でもさあ、1000年前の先祖だよ?
「先生には関係ないじゃない」
「それは、きわめて現代風の考え方ですね」
ジェシカに突っ込まれた。
私は性格というか考え方が固まってるので、ついつい、現代日本の価値観を持ちだしてしまう。
前世は15歳で死んだジェシカはとても柔軟にこの世界に染まっていて、私を修正してくれる。
「でも、リリーナ様はそれでいいと思います」
「そう?浮いてたりしない?」
「浮いてはいますけど。世界を救うヒロインなので、ちょうどいいのではないでしょうか」
そういうものかな。
「新風を巻き起こしましょうよ。この世界に」
ジェシカがぐっと手を握った。
気合が入ったところで、問題は何も解決していない。
メアリーの遺品も今ある魔法陣の解析も引き続きしないとならないし。
まあ、それぞれハーヴィルと先生に任せるわけですが。
先生はメアリーの研究を見たことで、とてもヒントになったと言っている。
製作者の癖がわかると、それに基づいて進めていけるということらしい。
よろしく頑張ってくれたまえ。
それにしても、ゲームはやはりヒントに過ぎないようだ。
ジェシカの素晴らしい記憶力をもってしても、わからないことが山積みだ。
私はどうしたらいいのだろう。




