40 3年生春 魔法使い出現3
ガラリとドアを開けたら先生と、何故かアルがいた。
アルは卒業しても学園に残って研究をしている。
大学院生みたいなものか。
クリス様は卒業して内務省に入られた。
でも、何かやりかけの研究があるとかで、ちょくちょくお姿をお見掛けする。
常に麗しくて眼福だ。
本当はエミリアの事が気になって入り浸っているのだろう、このシスコンめ、という気持ちもないではない。
「紹介しよう。彼は、アルフレッド・グレーデン。博士課程で魔術の研究をしているんだ」
なんと。アルは先生とは以前からの知り合いで、前々から研究の手伝いをしたりしていた関係だそうだ。
「先生は、僕に魔術を教えてくれた先生の助手をしておられたんだ」
アルが補足する。
「そう。師匠が同じ、先輩と後輩なんだよ」
偶然だなあと思うものの、この国で高等魔術を使える人の世界は狭く、辿って行くと大体つながっているのだそうだ。
ハーヴィルの魔術教師も、キャンベリック先生の知り合いだそうで。
「誰にも教わっていないリリーナが珍しいんだよ」
アルが言った。
「この学園に入る生徒はだいたい有名な魔術師に教わっているからね。全くの独学はなかなかいない」
そんなことを言われたって。
女神様のチートだからな。
キャンベリック先生は面白そうに私とアルを眺めていた。
「リリーナとは面識があるんだよね」
「そうですね。学園生活についてアドバイスをいただいたりしました」
としか、言いようがないけど。
決して面倒なことに巻き込んでばっかりではないと思う。
「あーじゃあ、俺、帰っていいかな」
唐突にハーヴィルが言う。
「だって、未婚の男女が2人きりになるのが良くないからついてきてただけだもん。もう1人いるなら良くない?」
「ええ?」
そんなつもりでついてきていたのか。
確かに、この世界は日本よりもそういうことに厳しいので、独身の男女が2人きりというのは駄目なのだが
学園は治外法権なのでいいと思っていた。
だって、そうじゃないと乙女ゲーム的な側面が進展しないじゃん。
っていうか、進展してないよ。
エドワードとトーマスとは仲良くしているけど、大体クラスメイトが一緒だし。
取り巻きに囲まれたフィリップとは、話すこともままならない。
特に気にしたこともなかったが、攻略対象側に、そういう紳士の常識があったとは盲点だった。
ちょっと反省している私をよそに、ハーヴィルが続ける。
「前から思ってたんだよね。なんで俺?エドでもトーマスでもいいじゃんって」
「あの2人は忙しいもの」
剣の腕を上げてもらわねばならぬ。
後、ジャンル魔法ということで、ハーヴィルのレベルアップの意図もあったんだが。
「俺だって、忙しい。ジェシカといちゃいちゃする時間を削られたくない」
のんきなヤツめ。
しかし、どうも不満が溜まっていたものらしく、ハーヴィルの口が滑る。
「そもそも、おまえの頭がおかしい。終末思想に毒されてる。オカルトかぶれで馬鹿じゃねえってなるじゃん」
そんなこと思ってたの。
「邪竜が出て来るとか。邪竜とか本当に存在してると思ってるのかよ。出て来たら逆にすげえよ」
「そうなんだー」
答えた声が冷たいのは許してほしい。
「あなたのジェシカにもそう言えるのかしら?」
ハーヴィルの顔色が変わった。
「『誰にも言えなかった。でもハーヴィルは私を信じてくれたの。私は彼の信頼に応えられる自分でいたい』」
前に2人きりの時に、ジェシカが言った。
前世のことをハーヴィルに打ち明けたら、彼は笑って受け入れてくれたと。
手を握って、大丈夫だと力づけてくれた、と。
その時に聞いた言葉を繰り返す。ジェシカそのままの声音で。
私、ものまねも上手い。
「信頼かあ。いい言葉だよね。今のやつ、ジェシカが聞いたら悲しむだろうな」
「ちょ、おま、卑怯じゃねえ?」
「なんのことかしら。いいわよ、もう来なくても。次回からエドに頼むから」
足元に風を起こしてくるりと教室から叩きだす。
本当にムカつく。
ジェシカにめろめろなので、ジェシカに逆らうことはないと思うけど、自分で攻略しないと結局はこうなるのだな。
楽でいいじゃん、と思っていた自分を反省したい。
「彼は興味ないんだね。わかってたけど」
先生が言った。
「そうですね。女の子と遊ぶ方が大事みたい」
その女の子の気も知らないで。
ジェシカだって、私と同じくらい、この世界の危機を憂えているのだよ。
彼女の愛した美しい世界、大好きだったキャラクター達。
その世界は現実になって、大好きな親兄弟や友達になった。もっともっと世界を好きになった。
そのすべてを失いたくない。
誰よりも大好きなハーヴィルを失いたくない、と。
ジェシカは明るくニコニコ振る舞っているけど、私にはわかる。
不安になるのは私も一緒だ。
キャンベリック先生は扉のところまできて、ハーヴィルの後姿を見送った。
「なんか、終末思想がどうこうって言ってたよね」
「若い女の子のお遊びですよ。ジェシカと私が盛り上がっててたからやきもち焼いてるの」
「それは残念だな」
意外な発言に驚く。
「私は興味があるんだよ。特に邪竜が王国を滅ぼすという奴に」
ええ?
「うちの一族は呪われているらしい」
先生は室内に戻ると、一冊の本を取り出した。
古びた小冊子。
「魔女メアリーの呪いというのを聞いたことあるかい?」
聞いたこともない。
「別名、聖女メアリーの預言、とも言う」
アルが口を挟んだ。ということはアルは知っているのか。
先生が頷きながら解説してくれる。
「魔術師団に記録が残っているんだよ。当時はまだ印刷技術がなくて、手書きの本だけど
オリジナルか写本かさえもわかっていない」
1000年前の本なので、当時の常識に沿った内容ではあるらしい。
「メアリーは今から1000年くらい前、魔術師団がまだ王立魔法院と呼ばれていた頃に勤めていた女性だった。
何の仕事をしていたかは不明だ」
仕事は魔術師ではないだろうというのが先生の見解だ。
当時は今より男尊女卑の風潮が強く、女性は魔法を使えないと思われていたからだ。
今よりって、今でもなかなかのものだと思うのに。
それで、星祭の大祭で護りの魔法が行われた際に、命を落としたという。
それはビックリだ。
星祭りの魔法はとても大掛かりなもので、厳重な警備が付いていて、一般人は付近に近づくこともできない。
大昔はいろいろ緩かったのだろうか。
「なので、メアリーは術を邪魔するために乱入した魔女だという説があるのだね」
「彼女は何かしたのですか?」
「したという記録はない。ただ、術中の何らかのトラブルが原因で死んで、
絶命する時に、『魔法陣は間違いだ、1000年後に呪いが降りかかる。 キャンベリックの過ちを正せ。さもなくば、竜になって戻ってくる』と予言した」
ちょっと待った。
竜になって戻ってくる呪いって?
それは邪竜が現れるってことじゃないの?
しかし。
発言としてあまりにも突拍子がない。
「なんでそんなものが公式記録に」
「当時は残しておくべきという判断だったのだろう。前後の脈絡も判明していないからなんとも言えないな」
予言の信憑性はともかく、公式に残っている文書なので、これまでも研究はされていたらしいが
特に具体的なことは判明はしていないらしい。
むしろ、1000年後に呪いが降りかかるという部分だけが面白おかしく取り上げられて
終末思想として定期的に流行ったりもしていたという。
「公式の話ではないが、メアリーが死んだ直接の原因は、魔術師だった恋人をかばってのことだったという
話もあったりする」
「根拠はあるんですか」
「メアリーが亡くなった後、身寄りがなかったので、婚約者が埋葬手続きをしたという記録がある」
その婚約者が魔術院に所属する魔術師だったので、埋葬費の割引種類があったということだ。
恋人を庇って死ぬというロマンチックな設定が一気に薄れる話だが。
ちなみに、恋人をかばったの部分は、魔術の失敗が魔術師ではないメアリーにかかったという
魔術的な整合性が取れない事象に対して考えられる予測ということのようだ。
「それで、先生はその話に興味があるんですか」
「そうだね。何故、キャンベリックの過ちになっているかが気になるからね」
しかし、心当たりがないではないという。
先生は大きめの紙を取り出した。大きめの紙にびっしりと呪文が書かれている。
「星祭りの大祭で使われている魔法陣だよ。我が家のご先祖様が作ったものでね。
これは我がキャンベリック家の誉なんだ」
自慢げに広げる。
意外にテンションが高い。まあ陽キャだしな。
「天才魔術師が作ったとても優れたものだが、当時の解説書が残っていなくて。全ての部分が解明されているわけではないのだ」
それはびっくり。
わからないものを使っているのか。
「ここ1000年で、この魔法陣を全部解析出来た魔術師はいない」
「先生でも?」
「残念ながら」
それはまたなんという。
「有効ではあるんだよ。それはこの1000年で実証され続けている」
そういうこともあるのかな。魔法の世界だし。
「それを魔術理論上で証明するのが私の夢なんだ」
へえ。それはすごい。
「あれ、でも、メアリーは間違っているって言ってませんでしたっけ」
「そんなはずはない。間違っていたら機能しないだろう」
とはいうものの、気になることは気になるようだ。
キャンベリックの過ちというのが、この魔法陣を指しているのではないかというのは、古くから言われていることらしい。
メアリーの発言の根拠を確認し、正当性が無いという証明もしたいのだそうだ。
「『星祭りの大祭の儀式で恋人をかばうメアリー』で何か思い出すことはないかな?」
「さあ?」
と、思ったが。
なんか聞いたことがあるような。
あれ。
フィリップがハマっていたというお芝居が、そういう話じゃなかったっけ。




