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4 オープニングは星祭りの夜3

ゲーム開始までは毎日更新します。

「君は、僕が送るよ」

さっき、合図した少年だ。どうしたものかとまごまごしてると、ごく自然に手を取られた。

ここの来るときに、土手をよじ登って手に泥がついていたので、ひゃあっとなったが、気にしているのは私だけのようで。

彼の左手にはランタンがあって、足元を照らしてくれる。

「ありがとう」

降りながらチラ見する。

髪は油っぽくて肌がとても黒ずんで荒れている。服も小汚いし、かなり痩せている。下層階級寄りの平民っぽい。

でも、くせのない金髪に濃い群青の瞳。よくよく見たら目鼻立ちは整っている。

それに何より、立ち居振る舞いがとても優美だ。

ニコッと笑った笑顔も王子様系でとても好みのタイプ。いや、こんな子供に何を考えてるのかしら。

そうじゃなくて、そうじゃなくて。

これが意味するところは何だろう。

彼は攻略対象なのではないだろうか。

正直言って、ハマっていたとはいえ、ゲーム自体はそこまでやり込んだ訳ではないのだ。

一押しは定番の素敵な王子様、フィリップ殿下だったし。

がっつり落としてないメンバーもいたし、隠しキャラまで開拓していない。

そして何より。

まだらに記憶がよみがえってくるものの、かなりの記憶は曖昧なままなのだ。

何と中途半端な前世の記憶よ。


「おうちはどこ?」

混乱していると、隠しキャラAくんに声をかけられた。

「中央西通り。だけど、一人で帰れるよ」

「駄目だよ。女の子なんだから」

手を取られたまま歩きだす。

足取りがちょっとゆっくりなのは、体格がほぼ同じだからではなく、彼が気を遣ってくれているのだろう。

「あ、待って」

髪に何かが触れる。

少年は私のリボンを持っていた。

「取れかけていたよ。落とさないように持ってたらいい」

貰おうとしたら、手が汚れていた。

「先にこっちかな」

彼はそっとハンカチを渡してきた。無地のシンプルなものだが、ぴしっと糊が効いている。

紳士だ。

隠しキャラだったら執事系?それもまた萌え。

王子についていたようだから護衛の一員なのだろうか。騎士階級なのかな。

でも、王子の護衛となったら、護衛の方だって伯爵家あたりのご子息で固められているはずだ。

どこの子なのかな。

貴族の一員なら、後から貴族名鑑で調べがつく。でも、名字は教えてくれないかも。

「あなたは帰らなくてもいいの?いいお家の子供でしょう?」

とりあえず探りを入れてみることにする。

「そんなことはないよ」

しらっととぼけられた。

「見てたらわかるのに。それに剣を使う人の手だよね」

父親も兄も騎士だから、剣を使う人はわかる。

この年齢で剣を使うのであれば、どう見ても騎士階級以上だ。

隠しキャラA君は何とも言えない微妙な表情でこっちを見た。

「君は目端が利くね。下町の子はみんなそうなの?」

「どうだろう」

私は特別な気がする。7歳+40年の知恵とゲーム知識を持っているから。

でも、そうでなくてもわかる気がする。

この子は目立つ。

なんか雰囲気が違うんだよね。

攻略対象とモブの違いのように。

現代日本風に言えば、キャラデザが違う。

「じゃあ、さっきの二人はどう思った?」

「どうって」

「僕のことはいい家の子供だと思ったんだろう?」

あの二人のことも同じように判定したかどうかということだろうか。

「お忍びが上手かどうか?」

「そう。君の眼から見てどうだったかなって思って」

聞かれると難しい。

何故なら私は正体を知ってから、彼らに接しているからだ。

しかし、上手いか下手かで言ったら下手なんじゃないだろうか。

「その様子じゃ上手くなかったんだよね。どこが悪いと思った?」

「うーん」

どこがと言われると思い出せない。が、何か致命的な失敗があった気がする。

「かなり駄目だったと思うんだけど、なんだっけ」

「服装かな」

「ああ、殿下、中のシャツはいいの着てたね」

上着は生地がいいだけで、ぱっと見はそこまで良い品とはわからなかったけれど、中に着ているものは物が違っていた。

でも、それではなかったような。そもそも、細かい袖のレースなんかもかなり近づかないと見えなかった。

「剣じゃなくて?」

問われて思い出した。

そこに言及するということは、彼にもあの剣のふくらみは気になっていたものらしい。

しかし、そこでもなかった気がする。

「エドワードが剣を下げてるのは気になったけど、そうでもなかったと思ったな」

平民の子は剣など持ち歩かないけど、普通に荷物を持つことはある。

ウエストポーチ的な鞄に入れて腰に巻き付けたりするので、腰のあたりが膨らむのはよくあることだ。

「そうなんだね。剣じゃなければ小物かな」

言われて、ああ!となった。

「ハンカチ!」

「ハンカチ?」

「そう、下が土だったからフィリップが敷いてくれたの」

綺麗なハンカチだと思った。

それにはまさに王家の紋章である百合の花が刺繍されていたのだった。

「銀糸の百合に鷲があしらわれてた」

「へえ。鷲が」

獅子は王、鷲は王太子の証だ。

「あんなハンカチを表で出したら駄目だよね」

「そうだね」

Aくんはつないだままの私の手を持ち上げた。

「でも、普通はその意味がわからないんだよね。君は何故、そんなに詳しいのだろう?ねえ、君は何者なの?」

見返した目は笑っていなかった。


私は一気に怪しい子供になってしまった。

親に会わせろと迫られたが、親はいない。

やむを得ず2人で家に入った。玄関のドアはハンナに閉めていかれたので、窓からだけど。

窓から入ると、ますます怪しさが増すが、可愛らしい子供部屋は、彼の警戒心をやや解いたようだ。

と、思ったけど、そうでもなかった。

「本当に君の家なの?」

「そうだよ。鍵がないのに開けっ放しで出かけるわけにいかないじゃない」

鍵は両親と、留守番のハンナが持っているのしかない。

ここは現代日本のように、合鍵が簡単に作れる世界ではないのだ。

「今更だけど名前は?」

「リリーナ・ウィレット。あなたは?」

「アル」

名字は教えてもらえなかった。

「なんであの2人に近づいたの?」

「迷子になってたみたいだったから」

彼は納得していないように首を振った。

「そもそも、君はいくつ?」

「7歳」

「本当に?とても小柄なだけではないの?」

矢継ぎ早な詰問口調がとても怖い。

これってもしかしたら、偶然を装って王子に近づいた外国のスパイ的なものを疑われているの?

8歳の子供にそんな疑惑がかかるものかと思っていたけど、もう少し上だと思われていたのか。

送ってくれるなんて紳士的だとか思っていた数十分前の自分を殴りたい。

あの時、さっさと逃げるべきだったのだ。

頭の中が高速回転する。

どうやって懐柔しようか。

相手は子供だ。

今こそ、40歳+8歳の知恵を使うところではないか。

「わかった。お互いに譲歩しようよ」

私は手を挙げた。アメリカンな交渉しましょうスタイル。ジェスチャーは伝わったようだ。

「あなたは私の話を最後まで聞く。そして、理性的な判断を下す。それでいい?」

「わかった」

彼が了承したので、2人でキッチンに移動してジュースをグラスに入れる。

食を共にするのは民俗学的にも効果があることなのだ。

「じゃあ話すけど、私は世界の危機に女神リリーナから遣わされた救世主なの」

彼は一瞬、なんだそれ、みたいな顔をしたが、そのまま何も言わなかった。

聞く気があるのだと解釈してざっくり話した。

前世で死亡した時に、女神に世界を救えと頼まれてこの世界にリリーナとして生まれかわったこと。

10年後に世界に邪竜が現れて、王国が滅びの危機に瀕すること。

邪竜を倒すためには、フィリップやエドワードをはじめとした何人かに協力を得なければならなくて、その為に協力者のデータを知っていること。

ゲームや転生の話をしてもわからないだろうから、そのへんは割愛。報酬がモテモテのラブラブ人生なのも割愛。

さすがに子供に言える内容じゃないよね。

アルは最後までおとなしく聞いていた。

このとんでもないお話を君はどう受け止めるのだね?

「君、世界の救世主なんだ?」

「そうだよ」

「にわかには信じがたいんだけど、何か証拠がある?」

「今はない。でも、10年後に言う通りのことが起こるから、待てばわかる」

待てばわかる。

しかし、相手は子供で。今まで生きてきたのと同じくらいの年月を待てというのは想像もつかないことだろう。

どうするかな。偉い人に報告に行くかな。

だが、それはないような気がしたのだ。

何故なら、彼は1人で私を送って、1人でこの家に入った。

大人と一緒なのに、その人たちには頼まなかった。

普通に、行き会った子供を保護するように送ってきたのだ。

もし、家の中に私の怪しい仲間がいたら、とても危険だったはずだ。

なのにそうしたということは、偉い人は彼のようには考えていないということだ。

「わかった」

ややあって、彼は言った。

「信じてくれるの?」

「どちらでもいいという結論になった」

何だ、それ。

「君が救世主でも、国家転覆をはかる悪人でも、よく考えたら、そんなにたいした問題じゃなかった」

そうですかね。後者だったら大変なことだと思いますけど。

ああ、でも世界の危機のほうが大変か。

「僕は将来は家を出て冒険者になろうかと思っていたから、関係ないかなって」

「冒険者に」

そりゃあ、そういうのに憧れる男の子は多いけど。貴族の坊ちゃんの進路としてはいかがなものか。

「そういう自由そうなのっていいと思わない?」

「全く思わないよ。危険なことなんて、できるだけ避けて生きたいよ」

「救世主なのに?」

「救世主だからだよ」

世界を救う人がフラフラ自由にしててどうする。

きちんと修練を積んで、危機に備えなくては。

そもそも私が病気や怪我とかして戦えなくなったら、その時点で世界が滅んじゃうんだからね。

そう考えたら、攻撃するにしたって、怪我をしないように遠くからやりたいし。

安全第一だよ。

「そもそもさあ。いざとなったら、みんな一致団結して避難とかしてもらわないと。フラフラしてる人までは助けられないよ」

「真理だな」

ご納得いただいたようで。

「ところで、今のところは何もしないの?人助けとか」

「8歳だよ?何もできないよ」

救世主として目覚めたのは今朝だし。

これから剣も魔法も練習しないといけないところだよ。

「そうか、残念だな」

「なんで?」

「助けてもらおうかと思ったのに」

「誰を?」

「僕」

アルは指で自分を差した。

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