38 3年生春 魔法使い出現1
春。私は3年生になった。
今日は入学式に出ている。
そんなに長い式典ではなく人数も少ないことから、在校生も出席するのだ。
先生も何人か交替になって、新任の先生が紹介された。
生徒会に入ったことだし、飛ばしてやろうと思っていた剣術の先生と魔法の先生は普通に交替になっていた。
私とエドワードの決闘の件で、騎士団長からの評価がダダ下がったこと間違いなしなので、意外でもなんでもなかった。
ただ。
ビッグサプライズがあった。
壇上に控えていた魔法の先生。
紹介される前から知っていた。
紫がかったグレーの髪はさらりと首筋に流れ、紫の瞳はアメジストのよう。
高位魔術師の証である金の刺繍の入った黒いローブの下には、意外にも筋肉質ないい身体が隠されている。
もちろん、今は厚いローブに包まれた肉体美を見ることはできない。
良い肉体を見たのはゲームの中でだ。
マーカス・キャンベリック。攻略対象でもある学園の教師だ。
元々、主人公が成長してから出てくるキャラなので、出てこなかったことに不思議はない。
恐らく、何か出現条件があったのだろう。
私は適当にゲームをしていたので、思い出してもよくわからないことが多くて、ちょっと困る。
3年になって、クラス替えもあった。
ただ、成績順だから、相変わらず1組で、クラスメイトもそこまで変わり映えはしない。
年度末の試験で2位だったらしく、私は隣の席をトーマスに譲った。
勉強はとても難しくなってきているし、やることも多いのでもっと落ちててもおかしくない。
私は他の生徒よりも格段に魔法が使えるので、そこだけで突破しているのだ。
辺りを見回せば、エドワードは2列目まで上がっている。剣の道に邁進していると思っていたが、勉強も頑張っているようだ。
そして、ふと私の真後ろの席が空いているのに気づく。
「今日って、誰か休んでいたっけ?」
「編入生が来るんだよ」
トーマスは情報が早い。
「隣国の学校に留学してたんだってさ。規定の単位を取得していて
魔法も使えるから、編入になったって」
隣国の王立学院とは提携していて、カリキュラムも同じようなものを採用しているらしい。
単位が取れていて授業についてこれるレベルなら、3年生に編入できるということだ。
同じ留学でも、クリス様みたいに提携していない学校だと、単位が認められずに、1年生として入学することになるのだそうだ。
1年生の授業を受けるクリス様はさぞつまらなかっただろうな。
しかし、3つ年上のクリス様がゲーム的に学園でヒロインと知り合いになるには普通に通って卒業しちゃってては駄目だしなあ。
そういう運命なのだ。可哀想に。
「どんな人だろうね、転入生」
「なんというか、明るくてノリの軽い男だったよ」
事前に寮に入ったので、男子生徒たちは既に見知っているらしい。
「見た目は、なんというかインパクトがあったけど、まあ顔はいい。整ってるね」
「それは楽しみ」
ガラッと扉が開いて先生が入ってくる。後ろにいるのが編入生だろう。
あきらかに人工の染料でメッシュが入った白と黒、短めの髪はワックスで流されていて、
流行に沿った制服の着崩しをしている。
確かにインパクトはあった。
エリートばかりの魔法学園でこういう感じの生徒はいない。
下町ではやんちゃ系のお洒落な青年も見かけるものだが、この教室では、ただただ浮いている。
「ハーヴィル・セントジョンだ。好きな食べ物は肉。みんなヨロシク」
イエーイと言わんばかりのハンドサイン。
彼は悠々と私の後ろの席に着いた。
「カノジョ美人だね。口説けないのが残念だ。俺、恋人がいるからさあ」
横を通り過ぎる時に声をかけられた。
そうですか。私は残念ではありません。口説いてくれなくてもいいです。
と、言いたいところだったが。
彼は、私が口説くべき人であるようだ。
ハーヴィル・セントジョン。彼こそが、ずっと、出会えなかった攻略対象。孤高の天才魔術師だ。
ゲームに出て来るハーヴィル・セントジョンは素晴らしい魔法の才能を持つ魔術師である。
長いつややかな黒髪を後ろでまとめ、母の形見である銀の止め具で止めている。
髪に魔力が宿ると言う言い伝えがあるので、魔術師系の人は男性でも髪を長く伸ばしていることが多い。
染めるのなんかもってのほか。
最愛の母の死が性格に陰を落としていて、口数も少なく物静か。少し世を拗ねている部分もある。
ゲームの登場時には誰にも心を開いていなかった。
心優しいヒロインだけが、彼の傷ついた心を癒し、その孤独を和らげるのだ。
総合して。
私の後ろにいる、おまえは誰だ。
授業中も振り向きたくてしょうがなかったけど耐えた。
あの、底知れぬ陰鬱さを魅力に変える男はどこへ行った。
おかげで、授業はちっとも頭に入らなかったよ。
カラーンと鐘が鳴る。昼休みの合図だ。
とりあえず頭を切り替えてご飯を食べることにする。今日は久々に食堂に行ってもいいか。
「リリーナ・ヴェルデガン」
もう少し頭を整理してから、と思っていたが、早速、話しかけてこられた。
「俺さあ、これからカノジョとランチなんだけど、一緒に来ねえ?」
挨拶もそこそこに誘われる。
なんだよ、それ。
カノジョと一緒のナンパってなんだよ。そもそもカノジョいるのかよ。攻略対象なのに?
「彼女が会いたがってるんだよね。『お助けジェシカがホシミチについて話したい』って」
「ああ?」
思わず変な声が出た。
お助けジェシカ。
ヒロインの友達の伯爵令嬢で子リスのように可愛らしい容姿を持つ明るい性格の少女だ。
上流階級の流儀を知らない田舎者の主人公を助け、効果的なアドバイスをしてくれる。
ゲームに詰まった時にヒントをくれるのもジェシカだ。
「ジェシカが来てるの?」
「1年生なんだ。植物園で待ち合わせしてる」
なんで、ジェシカが1年生なんだよ。クラスメイトじゃないの。驚いたけど、とりあえず行けばわかるか。
ホシミチについて話したいということはジェシカはゲームの知識を持っている。
私は急いで植物園に向かった。
学園の植物園はとても美しい。
花が好き、という設定のヒロインは、たびたびここでハーヴィルと出くわし、好感度を上げる。
人嫌いで薬草に興味のあるハーヴィルは、休憩時間や放課後をここで過ごすことが多いのだ。
まあ、ハーヴィルが学園にいなかったのだから、私も入ったことはなかったのだが。
言っておくが現実のリリーナこと私は別に花好きではない。
ベンチに腰掛けていたジェシカは、ゲームのスチルから抜け出したような子リスのような美少女だった。
栗色のふわふわカールした髪にピンクのカチューシャ。
すんなり伸びた肢体に、ぱっちりした茶色い目がとても大きい。
ずっと、この世界はモブでも美形なのかと思っていたが、お助けキャラでも美形だ。
もともと、いろいろな種類のイケメンを取り揃えているが、女の子もとても可愛く描かれていたのだ。
出てくる人はみんな可愛いに越したことはないというデザイナーのポリシーかもしれない。
ああ、そういえば、女神がイケメンをそろえたと言っていたな。
あの人の趣味か。
「はじめまして」
ジェシカが優雅に膝を曲げた。
美しいカーテシー。笑顔も可愛いが、心なしかひきつっている。
何故だ?
初対面で怯えられるようなことはないはずなのだが。
ジェシカは悲しそうに眉をひそめた。
これが困り眉というやつか。
「私、リリーナ様にお詫びをしなくてはならなくて」
「何もされてないけど」
さっき自分で言ったではないか。はじめましてと。
「実は…ハーヴィルをこんなにしてしまったのは私なんです」
はい?
それはどういう??
最初から、呼び出そうと思っていたらしく、ジェシカは私の分まで昼食を用意してくれていた。
とりあえず、植物園のベンチでサンドイッチをいただく。
ハーヴィルも少し離れたベンチで自分用のお弁当を食べている。
離れているのは気を遣ってくれたからではなく、彼のお弁当が大きくて、置く場所が必要だったからだ。
えー、あんなガツガツ物を食べるのハーヴィル様っぽくないなあ。
横目で見ている私の気持ちを察したのか、ジェシカがため息をついた。
そして切り出された話は衝撃だった。
「私、リリーナ様が転生された時に、あの場にいたんです」
なんと、驚くこと勿れ。
女神は私以外にもヒロイン候補を数人、用意していたらしい。
それで、私を転生させた後、他の人には、元の地球での転生をさせてくれたのだそうだ。
その時に、ジェシカはこの世界に転生したいと訴えた。
「リリーナ様が転生する時に、風景が見えて。ホシミチだってすぐわかったんです」
筋金入りのホシミチファンだったという前世のジェシカは、尖塔部分をチラ見しただけでわかったという。
「この世界がすごく好きだったから。それに、私、前世ではずっと病気のまま15歳で死んでしまって
地球で生まれ変わっちゃうと、この私の意識もなくなっちゃうと思ったら悲しくって」
ヒロインじゃないから付けるチートがないと言われたけど、それでもいいからとお願いしたそうだ。
そして、この世界に生まれ、私と同じように、星祭りの日に記憶が戻ったらしい。
「自分がお助けジェシカだとわかった時、すごく嬉しかった」
目をキラキラと潤ませながらジェシカは言った。
「チートとかなんにもないただのモブでも、この世界で生きてるだけで素敵だと思っていたのに」
それがまさかの役付きとは。
「私がこの世界を守る手助けが出来るなんて。なんて素敵なんでしょう。学園に入学したら、全力でリリーナ様をお助けしようと思いました」
その時まで能力を磨こう、学園に入学できるように勉学に勤めようとジェシカは頑張った。
憧れの学園に入る日を夢見て。
しかし、たまたまジェシカの家の領地がハーヴィルの家の隣だったという。
「特に推しではなかったんですけど、ちょっとした好奇心と言うか」
そもそもゲームの世界観が好きで、キャラも好きなのだ。
近くにいれば見たいと思うのも人情だろう。
ハーヴィルの少年時代はゲームでもちょっと出ている。
星祭りのオープニング映像で、全員10年前の映像が出ているのだが、それとは別に、少年時代のエピソードがあるからだ。
しかし、それは悲しい思い出だ。
ハーヴィルの母親は彼が10歳の時に水死している。
馬車で老朽化した橋を渡っていた時に、馬車ごと川に落ちたのだ。
その時、ハーヴィルも一緒に乗っていた。
沈んだ馬車に足を取られた母親は、魔力の籠った指輪をハーヴィルに渡し、その指輪がハーヴィルの命を救った。
彼の髪飾りはその指輪を加工したものだ。
それまで魔法の天才と言われてもてはやされていたハーヴィルは、お得意の魔法が母を救えなかったのを悔い、己の力が足りなかったからと魔法の修練に励むのだ。
悲しみに暮れる美少年。
ゲームではとても話題になった。
なんなら水に沈む美女の母親がとても美しいとまで言われていた。
不謹慎ではあるが、そこは作り物のゲームだと思われていたのでしょうがない。
ただ、本当にハーヴィル少年は美しかった。
それを見たいという純粋なヲタ心は止められるものでもない。
ジェシカは見に行った。
「子供のころのハーヴィルはやんちゃで生意気で、とても可愛かった」
ジェシカはうっとりと手を合わせて頬を染めた。
ゲームのジェシカは馬に乗れなかったが、現実のジェシカは乗馬を習い、見に行ったのだそうだ。
ストーカーか!
「あくまでこっそり見るだけですよう」
そうして見た本物は素晴らしく、とても感動したという。
「それで、全くそういうつもりじゃなかったんですが」
ジェシカがうつむいた。なんだか雲行きが怪しくなってきた。
「ハーヴィルのお母様を助けてしまったのです」
おや?
その当時はまだご存命であったのか。
まあ、確かに星祭りは両親っぽい男女と空を見上げるシーンだった気もする。
ジェシカが困ったように続けた。
「助けたというのは正しくないのですが。私のせいで橋を迂回することになってしまって」
ハーヴィルの母の死因は壊れた橋から馬車が転落したことによる水死だ。
壊れた橋を通らなかったから、川に落ちもしなかったということか。
「それで、お母様は、そのう」
「今でもお元気で、ご領地にいらっしゃいます」
そうなんだ。
それで、母を亡くした陰気な少年ではなく、陽気なチャラ男に育ったのか。
「私、どうしたらいいのかわからなくて」
考えた挙句、成長したハーヴィルが大魔法使いになって、邪竜の復活時にリリーナを助けたらOKという結論に至ったらしい。
「本人に言ったら、頭がおかしいと思われてしまって」
言ったのか。本人に。ジェシカすげえ。
当然信じてもらえず、そのせいで、一昨年、2人は魔法学園に入ってこなかったのだそうだ。
「ハーヴィルが、予言なんかくだらない、だったら学園になんか入学しないって言いだして」
ちらっとハーヴィルを見上げたが、まだガツガツと弁当を食べているところだった。
彼用のバスケットには鶏のから揚げも入っていたようだ。
鶏のから揚げ。
ハーヴィルが。
おまえ、そんな肉肉しい物、食べるキャラじゃないだろう。
ハーヴィルは私たちが見ているのに気づくと、持っていた唐揚げを振った。
「俺もさあ、馬鹿じゃないのって思って学園に入学しなかったんだけど、ジェシカが泣くからさあ」
俺。何だよ、その一人称。『私』じゃないのか。
手に持ったから揚げの骨の部分をしゃぶっている。
骨までしゃぶるような腹ペコキャラじゃないだろう。
ああ、私のハーヴィル様を返してほしい。
「どうせ、この国の貴族なら、学園出たほうがいいし、魔法も好きだしで、来ることにした」
「ごめんなさい。でも本当なのよ」
しょぼんと俯くジェシカの頭をハーヴィルが撫でた。
あんまり言いたくないけど、それ、唐揚げを手づかみしてた手だよ。
しかし、それが気になるのは私だけだったようだ。
「いいよ。正しいかどうかは1年後にわかるんだし。俺も本当にリリーナがいて驚いた」
陽気な少年はニコニコしている。
「竜が出るならやっつければいいんだろ」
私のハーヴィル様を返してほしいと思ったが、目の前の少年は割といい奴のようだ。
ジェシカとも仲良しだ。
これは、ジェシカが私の代わりに攻略してくれたということでいいのかもしれない。
そうだね、ジェシカ。
1年後に世界が救われてればそれでいい。




