31 2年生冬 生徒会選挙1
エミリアに相談があると言って呼び出されたのは、年末の休みが近づいた頃のことだった。
この世界は8月の夏休みと2月の冬休みしか長い休みがないが、年末年始に1週間くらい短いお休みがある。
各々で新年の式典みたいなものがあるので、学校を休んで参加する生徒も多く、それなら最初から休みにしたほうが合理的だろうということのようだ。
この休みは短い。領地が遠いと、行って帰って、間にちょっと社交をして、で、のんびりする暇もない。
なので、私は帰らないことにした。今回と言ったが、入学してから一回も帰省していない。
ゲームの中でも帰っていないので。
まあ、ゲームで主人公が田舎に引きこもっていたら、進展するものも進展しない。
本来であれば、フィリップ、エドワード、トーマスとキャッキャうふふしていないといけないのだ。
いつもお誘い待ちでスケジュールはがっつり空けてあるのになあ。
悪役令嬢のエミリアからしか誘われたことがない。
宰相閣下のご令嬢であるエミリアもどこにも行かないと言っていたから、てっきり遊びの誘いだと思ってワクワクしていたのだが。
そろそろ行くのも慣れた寮の部屋に向かうと、ものすごく思いつめたような表情で出迎えられた。
「わたくし、選挙に出ようかと思っていますの」
「選挙」
って、何の選挙だと思ったけれども、時期を考えると生徒会選挙だろうか。
というか、他にない。
王様が治めるこの国は民主的な選挙とは縁が遠いのだ。
人を選ぶようないろいろなことは、上位者の推薦という名のコネで進行する。
しかし、選挙というシステムがないわけではない。
身分や経験的に同じ候補者がいたときに、派閥が対立してして、どちらも引かないというようなことがあるからだ。
だが、普段は指名制なのに、揉めているときだけ選挙というのはなかなかに外聞が悪い。
なので、とりあえず『選挙で決める』となっている事柄はある。
そのほとんどが、なんとなく空気が出来上がって、なんとなく投票をして、そのまま決まる。
まさに、去年の生徒会選挙で、役員5名のところに、文句のつけようのない候補者5人が立候補して、そのまま任命されたように。
生徒会選挙は選挙になじみのない生徒たちに、選挙を経験させる意義もあるようなので、
例年はもっと人数が出て、論戦を交わすものらしいが、去年は公爵令息のクリス様がいらしたので
信任投票みたいになってしまったのだろう。
候補者は立候補だが、たいていは役員になっても違和感のない生徒ばかりだ。
選挙は冬に行われるので、彼らはその前から生徒会の手伝いなどをしていたりする。
実際、生徒会に興味があると言っていたトーマスは、生徒会に出入りしている。
ロブが怪我をした件で、クリス様とお近づきになったのをいいことに、役員補助として活動しているようだ。
トーマスは平民の生徒に顔が効くのでクリス様も助かっているらしい。
そうすると、いざ立候補の時に実績をアピールできたり、クリス様から推薦をもらえたりするわけだ。
代替わりしてフィリップとトーマスが協力し合えるかとなったら不安はあるが、トーマスなら坊ちゃん育ちのフィリップを
上手くあしらえる気がしないでもなかった。
だが。エミリアか。
「生徒会に入るの?」
エミリアは頷いた。
「わたくし、ずっと淑女は出しゃばらないものだと思っていたのですが」
考えが変わったのだという。
それは私も感じていた。
エミリアは何事にも積極的になった気がする。
授業で協力して行うものにも発言するようになった。
「フィリップ殿下は将来、責任あるお立場になられます。側で支えようとするなら、わたくしも相応の力を身につけねばと思うようになりまして」
確かに、この由緒ある魔法王国の王妃であるならば、大人しいだけのお嬢様ではいけないだろう。
生徒会は学園の中ではいろいろな権限を持たされている。
この学園の生徒たちは、将来自分の領地を治めたり、行政官として国の運営に携わったりするので、その訓練も必要なのだ。
騎士や魔術師として専門性を活かして生きる道もあるが、王妃がそれではよろしくない。
「なるほど。いいね」
「今まで何も活動していなかったので、不利な部分もあるかとは思うのですが」
まあ確かに。
トーマスは夏前から有志として活動を手伝っていた。
そんな中で、もう1年も終わりのこの時期に、何も活動していない人は不利だと言える。
が。
エミリアは公爵令嬢なので、ご身分で言えば2年生の女子ではTOPだ。
勉強もできるほうだし、最近は魔法の腕もめきめき上がっている。
他の生徒たちとも関わるようになった。
しかも、現生徒会長であるクリス様の妹だ。
1人くらい女子を入れようとなった場合、適任なのではあるまいか。
ちなみに、この学園の生徒会選挙は正式な定員が5名だ。
役職ごとの選挙はない。
生徒会選挙という名目で行い、得票数に応じて、上位5名が、生徒役員として選ばれる。
1位が生徒会長で2位が副会長になるが、会計や書記は適性を見て割り振られる場合も多いのだ。
ゲームでは、フィリップが生徒会長で、トーマスが会計、広報がエドワードで、書記がクラスにいない魔術師だった。
そして誰あろう、この私、リリーナ・ヴェルデガンが副会長。
そこにエミリアの席はなかった。
しかし、私は生徒会に入る気がないし、魔術師もいないので、エミリアが入ってもいいのだろう。
一つ気になるのはエドワードだ。生徒会に入る気があるのかな。
最近のエドワードの立場は微妙だ。
フィリップ殿下の取り巻きという立場に変わりはないが、一緒に浮かれて騒いだりはせず、一定の距離を置いている。
学業や剣術には熱心で、先生方を含む周囲からの評価も上がっている。
ただ、他のどこからの評価が良くても、フィリップと距離があるのはマイナス要因で。
なので、生徒会にも入らないかもしれない。
「他には誰が候補なのかしら」
「フィリップ殿下とトーマス様は確実ですが、あとはわからないですね」
フィリップはなんだかんだ言っても王子様なので、落ちるという可能性はない。
トーマスは平民たちやフィリップの取り巻きではない下級貴族たちから人気があるのと、
これまでの活動実績が上級生に評価されていて、そこは票が固まっている。
あとはフィリップの取り巻きっぽい貴族の男子生徒が立候補するらしい。
エミリアは何人かの名前を挙げた。
一人、なんだか嫌な意味で聞き覚えがある。
「テリー?」
「ええ、ご存じですか?」
ご存知ですとも。悪い意味で。
テリー。
前にロブに怪我をさせた奴だ。
結局、エドワードが頭を下げたことで和解となって、殿下や当事者だったテリーは謝罪もしないままになっていた。
「あいつ男爵家じゃなかったっけ」
身分がどうこう言うつもりはないが、下級貴族はこの学園のシステム上、一番日が当たらないポジションだ。
ヒエラルキーの上位に位置するのは、もちろん身分の高い生徒たちだが、
トーマスのように、平民でありながら入学試験を突破した生徒は、才能豊かで成績もよい選ばれしエリートだ。
テリーあたりがちょうど中途半端なポジションとなる。
「そこそこ剣は使えるみたいだけど、頭はいいの?」
「そちらも、そこそこですね」
エミリアは容赦なく言った。
「でも、テリー様の問題点はそこではないと思われますよ」
暴力を振るったイメージしかなかったので意外だったが、押し出しの弱いタイプで、人を引っ張ったりできそうにないという。
「殿下のお取り巻きの中にも、もう少し適任者がいると思うのですが。殿下はそういうことは配慮されないらしくて」
本人がやりたいと手を挙げた生徒たちになったらしい。
「もしかして、それで出ようと思ったの?」
エミリアは宰相閣下の娘、将来の王妃になるものとして、政治経済をはじめ高い水準の教育を受けている。
そのへんの生徒より、そりゃあエミリアのほうが格段に役に立つだろう。
「そうですね、学園から自治を任されるということであれば、それなりの結果を出したいと思います」
「なるほど」
このうえなくちゃんとしている。
「そういうことなら手伝うけどさ。ライバルがそこそこの人たちなら圧勝じゃないの?」
エミリアが困ったように笑った。
「リリーナ様にお願いしたいのは、選挙のお手伝いではないのです」
まっすぐ見つめられて視線の強さにドキッとした。
っていうか、なんか、嫌な予感がした。
聞きたくないような。
「実は、リリーナ様にも立候補していただきたいと思いまして」
嫌だよ。
顔に出ていたのだろう。
エミリアがそっと視線を落とした。
「だって、私と一緒じゃ、フィリップ殿下が嫌がるよ」
これまでのあれこれから、とても嫌われてる自信はある。
「でも、殿下の立場では、嫌いな人とは仕事しないという子供っぽいことは許されません。
もっと大人になってもいいと思うのです」
なにげに酷いことを。
まあ、言わんとすることは理解するけど。
でもでも、じゃあ、私とフィリップは1年間ギスギスしながら、役員を勤めるの?
「そういう面倒ごとをお嫌いなのは存じでおりますが」
存じているなら言わないでよ。
「でも、期待には応えてくださる方だとも思っております」
そっと手をとられた。両手で包み込むように握られて。
斜め下から、じっと見つめられた。
こぼれるような緑色の瞳がとても美しい。
これか?これが、攻略対象モードの百合バージョンのエミリア様か?
断るのはとても難しく、考えさせてほしいというのが精いっぱいだった。




