3 オープニングは星祭りの夜2
ゲーム開始までは毎日更新します。
星祭りの日程は、魔術師たちが占いで決めるのだという。
そのせいか、お祭りは常に晴天だ。
今年も素晴らしい冬晴れだった。
ちょっと寒いが、その冷え切った空気が星をくっきりと見せる。
魔術師が術をかけるのは、王宮の隣にある魔術師団の魔術師の塔で、その辺は厳粛な空気に包まれるらしい。
王宮を中心に北側には高位貴族の屋敷が立ち並ぶ。騎士団や魔術師団、そこに所属する人達の家もそちら側だ。
南側には下級貴族や大商人の家があり、さらに南に庶民が住む通期がある。
学校や役所はどちら側からも近い王宮の東側だ。
お祭りも、実際に魔術師たちが儀式を行るのは北側で、屋台が立ち並ぶのは南側の中央広場だ。
空に光が舞って、日本の花火大会のような感じだ。
多少距離があるほうが全体が見えて美しいので、この時ばかりは高位貴族たちも南側にやって来る。
川沿いに馬車を止めて眺めるのが主流で、場所取りも激しいと聞く。
私はパン屋の二階でがっつり昼寝をした。
そして、夕方に家に戻って、ハンナには、お祭り気分を満喫してはしゃいで疲れた子供のふりをした。
寝落ちする子供を演じたあとが本番だ。
ハンナの家は商売をしていて、雇用先のお嬢様を寝かしつけたら、夜はそっちを手伝いに行くことになっている。
ハンナが家を空けるのを確認してから、窓から外に出た。
一張羅のピンクのドレス。
ゲームで見たドレスはちゃんとクローゼットに入っていた。
髪は二つにくくって薔薇色のリボンを結ぶ。
ちょっと緩めに。
このリボンは失くさないといけないから。
お祭りの夜、いつの間にか失くなっていたリボンは、王子様が拾ってずっと持っている設定なのだ。
さて、王子様たちを探さなくては。
子供子供。
同じ年齢のはずだから、私と同じくらいの背の高さを探す。
その時、背の低い人影が見えた。
女の子だから探し人ではないのだが。どう見ても、ちょっとよくない大人に囲まれている。いかんよ。これは。
私は大声を上げた。
「なんだ、そんなとこにいたんだ。みんな、探してたよ」
後ろを振り返る。
「パパー!いたよー!こっちー!」
さらに大声。
男たちがそそくさと離れていく。
近寄ると女の子は泣きそうな顔をしていた。緩く巻かれたつややかな金色の髪に綺麗な若草色の瞳。
肌は透けるように白く、目鼻立ちは整っている。服はその辺の商人階級の物のように見せて
とても生地がいい。どこのお嬢さんだ、これは。
すがるように袖をつかまれた。口をパクパクさせてるが声が出ないようだ。
「どうしたの?はぐれたの?」
コクリと頷いた。
困ったなあ。
この世界には交番はないし、迷子センターもない。
警備の兵士を呼んでもいいけど、その人がちゃんとした人であるという保証もない。
下町の警備にあたるような兵士は、それなり、なのだ。
なので、親を見つけるか、騎士団の詰め所まで連れていくかなのだけれど、あんまりモタモタしていると王子と遭遇できないよ。
しかし、現代日本のアラフォーに迷子の子供を放っておくという選択肢はない。
騎士団の詰所のほうが早いだろうか。
手を繋いで歩き出すと、意外にもしっかりした足取りでついてきた。
「エミー」
後ろから涼やかな声がした。
うわー美少年だ。そして似てる。
女の子と同じ色の髪と目で少し年上っぽい感じ
どう見てもお兄さん。妹も美少女だけど、お兄さんもものすごい美少年。
「君は?」
言いながら私を見る。
「通りがかりです。迷子みたいだったから一緒にいたの。ご家族が来て良かったです」
「ありがとう。お礼を…」
「大丈夫です」
美少年が何か言いかけたが、振り切るように立ち去る。急いでいるからね。
妙なところで時間を食ってしまった。王子様を探さねばならぬ。
女神の采配でパパッと見つからないものか。
きょろきょろしていると、今度こそ、男の子の二人組を発見。
片方は金の髪に青い瞳の美少年でもう片方は赤毛に濃い緑の瞳の美少年。はい、当たり。
王太子(仮)フィリップ殿下とレイン侯爵令息(仮)エドワード。
さて、どう声をかけたものかな。
見知らぬ、ご身分の高そうな子供たち。
この子供たちも、商人風に見えて、すごくいい仕立ての服を着ている。
本人たちのつもりとしてはお忍びで来ていそうだけど、どう見ても周囲から浮いている。
現実に居たらすごく変だということが分かった。
周囲に目を配るけど、護衛っぽい人はいない。
下町だと護衛も目立つのだ。
ゲームでは護衛を撒いてきているやんちゃな少年たちという設定だったので、上手く撒いてきたのだろう。
じっくり見ると、二人とも、ちょっと不安そうだ。
私は心を決めた。
私には、彼らと同世代で見た目が可愛い(設定)というアドバンテージがある。
乙女ゲームのようにグイグイいくしかない。
「迷子?」
後に、天使のほほえみと言われる笑顔で声をかける。
「違う。友達を待ってたけど来ないから」
赤毛のほう(エドワード仮)が答えた。
「もしかして金髪の兄妹?」
こんな身分高そうな子と待ち合わせる子供って他にいない。
「その子達だったら、さっき見かけたよ」
2人が顔を見合わせる。
「兄妹?」
「そう。すごいいい服を着た御身分の高そうな兄妹」
王子がため息をついた。
「じゃあ来ないや」
「そうだね。クリスに見つかっちゃったらもう来れないね」
クリス。
なんか、聞いたことある。
待って。まさかそんな。
御身分の高そうな金髪のクリス。
ふと、そこまで考えて、気が付く。
さっき助けた女の子は、王太子の婚約者の悪役令嬢エミリアではなかろうか。
メインヒーローの王太子の好感度を上げると、自動的に好感度が下がる悪役令嬢だが、王太子の好感度を抑えることで味方にすることが出来る。
ガールズラブ要素だったのかもしれないが、女の子を広義の攻略対象に含めてるところが、ちょっと珍しかった。
そして、彼女がエミリアならば、迎えに来た兄は宰相の息子の公爵令息クリストファー様。
なんてこと。不覚。
二推しのクリス様に気づかなかったなんて。
クリス様との出会いは学園に入ってから。
OPでは馬車の中から祭を眺めるクリスとエミリアが映るだけだったから。
今日は会わないと思っていたから、完全に油断してた。
クリス様はエミリアの兄だけあって、メインのメンバーよりも二歳年上なので
実際の年齢よりもぐっと大人っぽくキャラ付けされていた。
あんな可愛いショタだと思ってなかったよ。
でも、そうなるとクリス様との出会いイベはどうなっちゃうんだろう。
学園で素敵に出会わなかったという理由でクリス様ルートが閉ざされたりしたら泣く。マジ泣きする。
いやでも、本命は、今、目の前にいるフィリップ殿下。
ゲームと違って、現実の世界では、一人しか結婚できないから。
惜しいけどクリス様ルートはないのか。
ぼんやり考え込んでいると、王子様が私に興味を示されたようです。
「お前は何者だ?お前も迷子か?」
フィリップ殿下。ゲームではイケボだったけど、現実では声変わり前なので、高くて可愛い声をしている。
「まさか。私は地元の子だよ。星祭りを見に来たの」
「そうか」
なんかもじもじしている。私の可愛さにやられたかしら。
モテモテというならそれくらいの初期設定はあっていいよね。
「一緒に見る?」
誘ったら頷いたので、そそくさと穴場に案内する。
おや、王子に案内してもらう予定だったのに、うっかり私が案内しちゃった。
でも、二人ともちょっともじもじしてて、急がないと、魔術師団による魔法が始まっちゃうよ。
あまり遅れるのは良くない。
王子がモタモタしていたので、手を繋いであげたら、キュッと握り返してきた。
あら、可愛い。
エドワードの手も繋いだら、上着の腰のあたりがもこっと盛り上がった。
ああ、剣を差しているのか。子供でも騎士の子だな。
二人とも、何とも可愛らしいことだ。
穴場は川の方に行ったちょっと小高い丘みたいになってるところ。
繁華街から少し離れただけなのに、静かで暗い。
フィリップが私の為にハンカチを敷いてくれた。
こんなに子供なのに、ちゃんと淑女には礼を尽くすのだろうか。
ちょっと、本当にテンションあがっちゃうよ。
「楽しいね」
声に出したら、二人ともにっこり笑った。
そのタイミングで花火のような音が上がる。
そして、夜空に金色の光が舞い始めた。光の粒が雨のように流れてくる。
なんて、なんて綺麗なんだろう。
フィリップとエドワードもうっとりと夜空を見ていた。
最初はゆっくりと始まった魔法は、どんどん激しさを増して渦のようにクルクルと回る。
「綺麗だな」
うっとりとフィリップが言った。
「すごいよ。見れて良かった」
エドワードがはしゃぐ。
「うん、とってもきれい」
私だけが、うっとりしながらも、イベントでどういう話をしたたんだっけと、曖昧な記憶を辿っている。
だって、オープニングだから。
三人で光の舞う夜空を見つめてただけだから。
そう考えると、ゲームの再現ってすごく難しい。
日本の小説でも悪役令嬢やヒロインに転生する物語があったけど、実際はそうそう都合よくはいかないのだなあと思わせられる。
ここで何かアピールしないといけないような気がするんだけど。
数年後に会った時に『ああ君はあの時の』と思い出してもらえるような美しい思い出を残さなくては。
そうこうしているうちに時間だけが過ぎて。
ぼんやりと、ああ、西の方に落ちていくんだと目をやった時に、そっちに人がいるのが見えた。というか、目が合った。
フードを被っているのでわからないけど、多分、同じくらいの年齢で、着ているものの感じからしたら、あまりいい御身分ではない。
王子様たちを逃がすべきなのだろうか。
子供だけど、怪しい人の手先でないとは限らないから。
迷っていたら、その少年がそっと人差し指を口に当てた。日本でも異世界でも同じ、しーっと沈黙を促すポーズ。
二人を指さしてから右手を上げて、大人を連れて来るという合図っぽいものをした。
その仕草は上品できれいだった。
これは本物の貧乏じゃないし、むしろ護衛側だな。
まあ、王子様なので、出会いイベントが終わったら無事に王宮に帰ってもらうに越したことはない。
光が少しずつ弱まって、そろそろ魔法が終わりそうな頃合いには、少年の後ろに人数が増えていた。
王子様たちが見終わるのを待っているようだ。
最後の光がすーっと空に溶けていく。
「ああ、終わってしまった」
フィリップが呟くように言う。
終わったね。
オープニングは三人が夜空を見つめていたところで終わったので、王子様たちが帰るところは入ってなかった。
しかし、王子が終わったと言ったからなのか、それを合図にわさわさと護衛っぽい人達が近づいてきて、まあ連行されていった。
なんか抗議をしてたっぽいけど、結構、荒っぽく連れていかれる。
王子様だけど子供だからな。
私も帰ろう。昼間に寝たとはいえ、8歳児の身体にこの時間は眠い。
早く寝たのに明日寝坊したらハンナに怪しまれちゃう。
階段状になっているところを降りようとしたら、手が差し出された。