17 1年生秋 友達を作ろう。今更?1
「さすがはリリーナ様。すっかりお上手になりましたね」
ソフィア様はとても美しく微笑まれた。
いつ見てもお美しい。淑女の鑑のような方だ。
何故、こんなおかたと私が親しく会話をかわしていたりするのだろうか。
世の中って不思議。
ソフィア様を紹介してくれたのは攻略対象、二推しだった公爵令息クリス様だ。
刺繍の先生として紹介していただいた。
その時には、もう淑女教育は採点外だとわかっていたので、お断りしてもよかったのだが
クリス様と親交を深めるためには、ご好意を受けたほうがいいのではないかという打算が働いた。
それに、ダンスの時に学んだ。
私には友達がいない。
アンナはダンス講師に問題があるとわかっていたが、私は前情報をつかんでいなかった。
それは先輩や友達がいないからだ。
ただでさえ貴族社会は部外者にわからない不文律も多いというのに、情報を取り損ねていたら、いろんなことに出遅れてしまう。
その点、ソフィア様は伯爵令嬢で、しかも侍女だ。
王立魔法学園には高位貴族の世話をする侍女や侍従もいる。
全方位に強い方ではないだろうか。
そんな気持ちで刺繍の講義をお願いした。
そして、今はその魅力にメロメロだ。
私の部屋に訪ねてこられた女性は、ソフィア・フィルニーと名乗った。
フィルニー伯爵家の4女で、エミリアの侍女をしているという。
さっすが公爵家、侍女まで伯爵令嬢か。
でも、エミリアはフィリップ殿下の婚約者だから、将来王妃になるなら、侍女もそれなりでないと困る。
身分の低い侍女だと、王宮に一緒に連れていけないのだ。
それに刺繍の上手な人ということで紹介してもらった。
平民の女性は実用的な裁縫はするけど、刺繍はしないから、刺繍が出来るということは自動的に
それなりの家のご令嬢にもなるというものなのだ。
理解できるのだが、恐縮しちゃうよ。
伯爵令嬢ということは、身分的には私と一緒だ。
しかし、その立ち居振る舞いには雲泥の差がある。
しかも、ソフィア様は四女だというのに、実にお姉さまっぽい。
私は前世で妹がいたし、今世では兄がいるが、お姉さまという存在には縁がなかった。
なんだか優しそうで素敵。
ソフィア様は初対面の私にも優しく微笑みかけてくれた。
「課題の刺繍の件でしたわね。わたくし、去年までここに通っていたので、その辺も詳しいんですの」
まさかの卒業生。
「先生が変わられていないなら、好まれる図案も存じ上げておりますし」
持っていた鞄から布を出す。
おお。予想はしていたけど、とても美しい刺繍だ。
雪の結晶のような幾何学模様のものや曲線の美しい草花や。
なんか、考えていたのとレベルが違うぞ。
「素敵ですね。素敵過ぎて、これが出来るようになる気がしないです」
ひきつった笑みで言うとソフィア様は優美に小首をかしげた。
「リリーナ様が刺されるのですか?」
そこ、聞くとこかしら。
「クリストファー様からは、刺繍を教えていただけると聞いていたのですが」
まさか図案のアドバイスだけ?
こっちはまだ初歩の初歩なので、運指から教えてもらいたいレベルなんだけども。
しかし、ソフィアさまの戸惑いは、そういうことではなかったらしい。
そこから先の話は超ビックリな展開だった。
なんとなんと。
ソフィア様がおっしゃるには。
刺繍の授業の評価は提出物で決まるのだが。
授業はそれぞれが刺繍を刺して、わからないところがある生徒が、先生に質問をして教えを乞うものなのだと。
そして、その場で作ったものが提出されるかどうかはチェックしない。
チェックしないんだってさ~。
なので、高位貴族のご令嬢は上手な人が作ったものを提出するらしく、侍女には必ず刺繍の名手が選ばれるのだそうだ。
エミリアの提出物は、当然のようにソフィア様の作品だ。
クリス様は、その辺のこともよくご存じで、ソフィア様にお願いしたらしい。
という話を、お昼休みの図書館でアルとクリス様にした。
アルとクリス様は他の同学年の生徒よりも年齢が上のこともあって、昼休みは教室ではなく図書館や生徒会室にいることが多い。
クリス様は生徒役員でもあるのだ。
アルの家は男兄弟らしく、私と同じくらい驚いていて、クリス様は私たちが驚いたことに驚いていた。
「そういうものだと思っていたので」
伝統的にそうなんだって。
「それで、ソフィア嬢に作ってもらうのかい」
「まさか」
私はただでさえ頑張れば出来る子なのに、それはさすがにズルっ子でしょうよ。
「教えてもらうのは教えてもらいますけど。いいですか?」
訊いたのはクリス様に。
ソフィア様くらいの腕前なら、請け負ってさっくり作るほうが、教えるより早いと思ったから。
私に教えていたら、ソフィア様の時間が無くなってしまう。
ソフィア様は優しく了承してくださったけど、雇用主にもお願いしなければいけないだろう。
「もちろん構わないけど。でも、ソフィアは真面目だから厳しいかもしれないよ」
嫌な予言だ。
「リリーナ嬢は頑張り屋だな。淑女教育はほどほどでいいのだよ」
妹がいるクリス様はその辺のことにとても詳しい。
クリス様がおっしゃるには、高位貴族の令嬢でもダンスも刺繍も下手な人は下手なのだそうだ。
ダンスは男性のリードも任せて揺れててもよくて、他のことでも、
偉いんだから、自分でやらなくてもいいじゃん、みたいなことらしい。
なんだかなあ、それ。
不平等にムカつきつつも、ちょっとうらやましい。
でも、私は世界のヒロインだから、まあそれにふさわしい人格でありたいと思う。
なので刺繍の腕もあげなくてはならない。
世界のヒロインって、ちょっとツラいな。
そして、本当にソフィア様の指導は厳しかった。
本当は刺繍に全く興味が無いことも、早々に見透かされた。
でも、それは別にいいらしい。
「私も打算で選んで練習したので」
意外にも、特に刺繍が好きで始めたわけではなかったらしい。
「私は四女なので、最初から持参金が用意できないのがわかっておりました。早めに手に職をつけたかったのです」
とても驚いた。
人は見た目ではないというものの、ソフィア様はとても美人だ。
きめ細やかな白い肌に、空色の切れ長の瞳、整った鼻筋、くちびるも肉感的ではないがとても形がいい。
普段は侍女らしくメイド帽の下にまとめているが、蜂蜜色の緩やかなウェーブのかかった美しい髪をしているのを知っている。
なのに、持参金がないだけで、嫁の貰い手がないなんて。
ちょっとした驚きだったが、条件を下げれば話はあったらしい。
ただ、年寄りの後妻や平民に嫁ぐよりは仕事に生きることにしたのだそうだ。
「刺繍が上手い侍女は引く手あまたなんですよ。いいお家の侍女になったら、1人でもずっと暮らしていけます。
面倒見のいい雇い主だと、縁を世話してもらえることもありますよ」
公爵家の侍女になれたのは幸運だったという。
「エミリア様の侍女であれば、いいお家にお仕えする人と知り合う機会もありますしね」
ソフィア様的にもチャンスがあっていいのだそうだ。
なるほど。
下位というほどではないが、貧乏な貴族でもそれはそれでたくましく生きているらしい。
でも、個人としてはいいのだろうが、社会のシステムとしてはどうなのだろう。
「ソフィア様は、ご令嬢たちが他の方がつくったものを提出するのは不公平だとは思われませんか」
ちょっとだけ聞いてみたいと思った。
平民育ちで山猿丸出しの私にも優しくて、まっすぐな気持ちのある人だと思ったので。
「思うところが無いわけではありませんが、そこはやっぱり刺繍が好きだからでしょうね」
ごくごく静かな声だった。
「刺繍は下手な人でも、時間をかけて一刺し一刺し丁寧に刺せば、それなりのものが作れます。
確かに慣れが必要な図案もありますが、簡単なステッチを組み合わせて幾何学的な模様で美しさを出すことも出来ます」
ソフィア様は鞄からハンカチを取り出した。
雪の結晶の美しい図案だ。
とても美しい出来ではあるが、まっすぐの部分が多くて、確かに技術自体はそこまで必要ではなさそうだ。
「工夫とやる気次第ということですか」
「長年やっている人が雑に刺すより、初心者が丁寧に作ったもののほうが綺麗に出来たりする。
気持ち次第でいいものが作れるなら、不公平を跳ね返すこともできますよね」
なるほど。
私が素晴らしいものを自ら作って見返せということか。
それはそうだけどさあ。そこまでちまちまやってられないじゃん。
とか思う私がいけないのだけど。
「出来栄えは、刺繍と向き合う、人の心の問題だと思うのです」
ああ。なんと美しい心映えであろうか。
「美しいものを作る人は心まで美しいのかしら」
呟くと、ふふっと笑われた。




