16 1年生夏 夏休みはレベルアップ2
ごうっと音がして折れた木の破片が舞い上がった。
近付いていくと、小さい竜巻のようないくつも出来ていて、中央の魔物が起こしているようだ。
牛くらいの大きさの固い殻に覆われた虫みたいな魔物で、鋭い牙があり紫がかった赤色の表面がテカテカしている。
巨大なミルワームって勘弁してくれ。
あまりの気持ち悪さに吐きそうになる。
「テラサキスだ!」
トーマスが叫んだ。
詳しいな。
「危険な魔物だ。リリーナ、応援を呼んで」
「大丈夫」
こちとら経験値を積んでいるのだ。
このくらいならなんとかなる。
後ろを振り返るとユーリが青ざめて小刻みに震えている。
そうだ。パン屋見習いから立派なパティシエへと成長したユーリは剣も魔法も習っていない。
「ユーリ。兄さんを呼んできて」
「でも、リリーナを置いては」
「私は大丈夫」
魔法でテラサキスの足を止めると、ユーリは理解したようで駆け出した。
テラサキスの動きが止まったので、横からトーマスが切りつけた。果敢だ。
これは本当にトーマスのレベルアップイベントなのかしら。
「殻が固い」
カンカンと金属を叩くような音が響く。ぬめぬめしてるのに硬いってどういうこと。
このタイプの魔物は外の殻が固くて剣を通さない。
腹の内側を攻撃するしかないが、魔法のほうが効率がいい。
「ちょっと避けてて」
トーマスが離れるのと同時に雷を放った。
私もバジリスクが良かった。
こんな気持ち悪い昆虫と戦わねばならんとは。
「雷鳴」
気持ち悪い物を直視するのと引き換えに、私の魔法はまっすぐに虫を貫いた。
と、思ったら起き上がらないで!縦に、うじゃうじゃした足が見えるように立ち上がらないでえええ。
効いてないの??
それとも痛覚が違うの?
「大丈夫。効いてる」
トーマスが後ろから肩を叩いてくれた。
私の攻撃に合わせて。トーマスもテラサキスに炎をぶつける。
剣の腕は全然だったが、魔法はすごい威力だった。
さすが魔法学園だ。それまで攻撃魔法など習ったこともなかった学生が半年でこれほどまでに戦えるとは!
なんて、感心している場合じゃなかった。
ここは市街地なので、雷や炎が殻に当たって散ることで、周囲に被害が出てしまう。
「水のほうがいいかしら」
「どうかな。水には強そうだ」
「じゃあ。風」
腹の部分を狙って、かまいたちのように風を当てる。あんまり効かない。
やはり火しか効かないのか。
燃やすと苦しんでいるのだが、クリティカルヒットに結びつかない。
そして、テラサキスが起こしていると思われる小さな竜巻が周囲に飛び交って、本体になかなか近づけない。
気持ち悪いけど、剣を使うしかないか。
しかし、あれに斬りかからないといけないなんて。
本当に気持ち悪い。
私がためらっているせいで、ダメージは与えているものの、なかなか決着がつかない。
「リリーナ」
鋭い声で名前を呼ばれた。
「アル?」
なんでこんなところに。
「魔法でそいつの動きを封じて」
言われるがままに魔法を使う。
「2人でひっくり返して」
トーマスも合わせて風を使う。かなりの重量なので重い音が地面に響いた。
おおーんと濁った鳴き声がする。
虫なのに鳴くのか。気持ち悪いから止めてくれ。
しかし、テラサキスはひっくり返った。
アルがテラサキスに斬りかかった。
腹のあたりをぐさりと切り裂く。一刀両断とまでは行かないが、腹が大きく裂けた。すごい腕だ。
そして、内臓が飛び散って、あたりがすごいことに。
胃液か体液かわからない粘液を頭からかぶってしまった。
あまりの気持ち悪さに頭がくらくらする。
酸欠?というか、魔力切れ?MPが0みたいな感じ?
これって切れたらどうなるの?
HPじゃないから死なないけど。
でも、ものすごく眠い。
あああ、なんかくらくらくしてふわふわもしてる。
いかん。こんな屋外で気を失っていたらいかん。
でも、テラサキスは死んでるみたいだし、ちょこっと眠るだけならいいか。
そのまま気を失って、気が付いたらどこかの部屋のソファで寝かされていた。
普通の個人宅のようなんだけど、ここどこ。
なんか服も着替えさせられているし。
コンコン。
軽いノックの音がしたが、なんかうまく身体が動かない。
静かにドアが開けられた。
返事をしなかったのに入ってくるのかと思ったら、テーブルに何か置かれる気配がした。
晩御飯か。
眠っていると思われて、起きた時の為に用意してくれたのだな。
淑女の部屋に立ち入ってはいけないことになっているが、この世界は使用人はカウント外なので。
と、思ってたら、頭を撫でられた。
「狸寝入り?」
あのね、使用人はノーカウントだけど、アルは入ってきたらアウトだよ。
「淑女が寝ているところに入らないでくださぁい」
「はいはい。ごめんごめん」
ベッドに腰かけて、更にも髪の毛をくしゃくしゃされた。
「身体は何ともない?」
「なんか変な感じ。なんか急に眠くなったんだよね。魔力が切れたのかな」
「テラサキスの毒だよ。内臓が避けたせいで催眠効果のある液が飛び散ったから」
あ。そういうこと。
アルに引っ張られて身体を起こす。
一度起き上がるとすんなり座れた。
カップに入った水を手渡される。
身体が乾いていたのか、ものすごく染み渡った。
「あれからどうなったの?」
「どうということもないよ。魔物は息絶え、君はお兄さんにおぶわれてここまで帰ってきた。そんなに時間は経ってない」
「それは良かった」
大きく息をつく。
「ここは?」
「お兄さんの友達のパン屋さんの家だよ。そこの奥さんが着替えさせてくれた」
なんだ、ユーリの家か。
じゃあ、昔住んでた家の近所だな。
私はため息をついた。
特に被害はなく、私も無事だ。だが、この力の抜けた身体が私を憂鬱にする。
「どうかした?」
「何が」
「あんなに素晴らしい魔法で魔物を退治したのに、なんだか落ち込んでるように見えて」
「そりゃあ、あんな小物に不覚をとったからだよ」
冷静に考えたら、気持ち悪かっただけで、そこまで強くなかった。
トーマスの経験値とか関係なく、一撃で倒すくらいでも良かったのに。
駄目だったのは判断力。
あんなのに手間取るなんて。
毒を被ったとはいえ、あの程度の魔物で倒れてたら邪竜とか倒せないじゃん。
私が、全然レベル足りてないのかなあ。
そう考えると泣きそうだよ。
学園に入学して、そこそこ成績を上げていたりしていたから
なんとか上手くやれているのかと思ってたけど、そうじゃないんじゃないかという不安に駆られたから。
この世界はゲームとは違うから、ステータスとか見ることが出来ない。
今、自分がどのくらいのレベルかもわからない。
不安はいつもすぐ横にあった。
この7年ずっと。
だって、私は失敗したら、世界が滅んでしまうのだ。
ここで心配そうにしているアルも、なんだかんだ面倒見のいい兄も、友人たちも。
兄なんか、騎士という職業を考えたら真っ先に死ぬ。
ずっとずっと不安だった。
「私、邪竜を倒せないかもしれない」
口にすると、恐怖心が増した。
「世界を滅ぼしちゃうかもしれない」
「でも、邪竜とはいえ、一匹出たくらいで、世界が滅ぶまではいかないんじゃないかな」
でも、滅ぶんだもの。
ゲームで見たよ。
いや、見てないか。
『リリーナたちは全滅した。魔法王国は消え去った』だっけ。
じゃあ、外国は平気なのかしら。全然わからない。
気が付いてなかったけど、知識も不足しているらしい。
全然駄目だな。
「ごめんね」
ふいにアルが言った。
「僕は、実はあんまり本気にしていなかったんだ」
「なにを?」
「邪竜が出るとか、世界が滅ぶとか。まあ、夢見がちな女の子の空想かな、みたいな」
「はぁ?」
地獄のような声が出た。
何それ。何それ。
私はこの上なく本気だって。
怒りは伝わったようだった。アルがごまかすように笑う。
「だって、普通に考えて、学校で王子と出会って結婚、程度ならまだしも…」
「王子のほうがおまけなの。ご褒美なんだから」
メインは世界を救うほうだよ。
「うん。わかった。君の魔法は突出している。あんな強い攻撃力を見たことないよ」
「そうでしょうとも」
「だから、これからはちゃんと協力するよ」
それは…嬉しいな。
ちょっとだけ気が楽になったよ。




