11 1年生 春はダンスの季節1
主人公、レベルアップ中です。
めでたく王立魔法学園に入学したリリーナ・ヴェルデガン15歳。
目下必死にガリ勉中。
この世界は前世の日本ほどには受験戦争的なものが発達していないので、ガリ勉でそこそこの効果はあがる。
私の成績1位を阻むもの。それは、淑女教育だ。
な、なななんと!
この学校では、共通のカリキュラムの普通の勉強と魔法の他に、男子は剣術を学び、女子は淑女教育を受けるのだ。
内容は、ダンス、刺繍、礼法、お茶、絵画、音楽だ。
それを知らされた時、私は呆然とした。
そんなのゲームの中でこれっぽっちもなかったよ。
基本バトルと恋愛なので、女生徒だけでやる授業なんかスチルの1枚もないよ。
私も剣が良かった。
だって、7年間、騎士の父と兄に学んで魔物で実践だよ。
自分で言うのもなんだけど、すごく強い。
今の時点では、1位位取れるんじゃないか的な自信がある。
記憶が曖昧だけど、腕前を披露するイベントもあったもの。
でも、残念ながら淑女教育は受けたことが無い。
平民だった父と母は思いつきもしなかったのだろう。
愛息子を亡くし、それでも領民の為に、新領主を育てる大伯父様も、私が淑女であることには気が付かなかったのだろう。
ただ、私には前世の記憶があった。
前世の日本の学校で美術を習っていたので水彩画は問題ないし、習い事としてピアノもやっていた。
お茶と礼法は母に一通りは習っている。内容的に、平民でもそんなに変わりないので、他人のを見ながら練習したらなんとかなりそう。
問題は…ダンスと刺繍。
どちらも経験がない。
刺繍はまだ、なんとなく想像がつく。
だが。ダンス。
ダンスと言っても、ジャズダンスとかブレイクダンスじゃなく、社交ダンス。
芸能人がTVの企画でやっているのしか、見たことないよ。
もちろん、淑女教育の中の一部分だし、淑女教育以外の科目もあるので、比重としてはさほどではないはずだ。
成績が良くなくても、そこまで順位で劣る事はないだろう。
しかし、そこそこには出来ないと困る。
どうすんの、これ。
そして、そういうことを相談できる相手もいなかった。
この学校は女子生徒の割合が低い。
魔法学園は基本的には、官僚や魔法使いになるためのスーパーエリート育成校なのだ。
高位貴族の女性は就職しないし、それ専用のフィニッシングスクールというものが存在して、そこへ通う。
なのに何故、今年に限って、公爵令嬢や侯爵令嬢が通っているのは、ひとえにフィリップ殿下のせい。
15歳で入学しなければいけないわけではないので、フィリップ様とお近づきになりたい人たちがこぞって調整したからだ。
なので、今年の1年生は、やたらと高位貴族のご子息ご令嬢ばかりになってしまった。
私と親しくなれそうな同じくらいの階層の女子生徒のほとんどが私のいる1組ではなく2組に所属している。
なんとなく交友の輪が出来ていて、入りにくい状態なのだ。
ああつらい。
そして、学年のほとんどを占める貴族のご子息ご令嬢は、当然のように家庭教師をつけられて、勉学もそれ以外も嗜んでいる。
ダンスホールに集合した時に、基本のステップしか知らなかったのは、私だけだった。
しかも、それは、教本を見て、予習した分だ。
淑女教育は時間割としては週末の午後に行われる。
同じ時間に男子生徒は剣術を行うので、そのまま寮に帰ってもいいという配慮があってのようだ。
私は何でも準備万端整えてから望みたいほうなので、まっさらの状態で臨むというのはなかなかに緊張するものだ。
しかも、私には女友達がいない。
今も、それぞれがなんとなく集まっていて、私は1人でぽつんと立っていた。
ただ、私は大人なので、他に1人でいる人をチェックして、次までに親しくなっておこうかと考える。
無駄にドキドキしている暇はない。
それにしても、ドレスで来ている生徒がちらほらいるのはどうしたことだろう。
終わったら帰るから、先に着替えているということなのだろうか。
そんなに緩くていいのだろうか。
残念ながら、その辺の常識がよくわからない。
私が転生しているからではなく、学校というもの自体が少ないので、かなり学校自体、教師自体の裁量による違いが大きいのだ。
年齢自体は日本の高校生に当たるものの、かなり専門的な高等教育であることを考えれば、大学に近いのかもしれない。
時間になって、先生がやってきた。
なんというか。
いかにも、良家の子女を教育するために存在しているような上品なマダム的な中年女性だ。
すらりと背が高く、髪をきっちりと結い上げて、上品なドレスを身にまとっている。
そして後ろにアシスタント的な男性が2人と女性が1人。皆、大きな荷物を抱えている。
マダムはレディ・ドロシア・オウスウェルと名乗った。
もう、入学してから何回目かになるが、頭の中の貴族名鑑をめくる。
オウスウェル伯爵家のゆかりの女性であるようだ。
「それでは、まず、皆さまの実力を拝見させていただきます」
美しい発音でレディ・ドロシアはエミリアを指名した。
ひらひらのドレスを着たエミリアが前に進み出て、優雅に一礼した。
その所作はとても美しい。
フィリップの婚約者である公爵令嬢エミリアはゲームの中では悪役だ。
性格がキツく押し出しの強い女性で物言いもはっきりしている。
しかし、目の前の彼女はとてもそうは見えない。
数少ない1組の女生徒だが、クラスの中でも物静かなほうだ。
もちろん、一言も喋ったことはない。
音楽が流れた。
この世界にもレコードのようなものがあって、魔力で動かす事が出来る。
アシスタントが抱えていたのはその機械らしい。
ゆったりとした三拍子でワルツを踊るようだ。
女性のアシスタントがエミリアの手を取る。
え、男性じゃないの?と思うものの、よく考えたら男性教師が未婚の貴族令嬢と踊るという選択肢はないようだ。
女性がダンスのパートナーを務めるものらしい。
エミリアが滑るように足を踏み出した。非常に美しいステップだ。
何度かくるくると回って曲と共にダンスが終わった。
お手本のようなダンスだった。
素晴らしい。
他の女生徒達もほうっと息をつく。
もう、教わることなんてないんじゃないのか。
「大変よろしい。お帰りください」
エミリアは一礼して部屋を出て行った。
出て行った。
授業中なのに。
私は茫然と、その後ろ姿を見送った。
「次。ブリジット・フォンブロン様」
侯爵令嬢の名前が呼ばれる。
この人も同じように踊り、許可を得て帰って行った。
次も侯爵令嬢で、この人もとても上手に踊っていた。
次も、その次も、父親の爵位順に指名されて同じことが起こって。
踊れた人は、この後の授業は出なくてもいいということで、次々と帰っていった。
私は思わず隣の女生徒を肘でつついた。
「ねえ、これってそういうものなの。偉い順に呼ばれて、帰っていいって」
彼女は怪訝な顔をした。
「だって、出来ている皆様はご自宅で習ってらっしゃるんですもの。
わざわざ習う必要はないでしょう?」
なるほど、貴族の皆様にとっては普通のことらしい。
よくよく考えれば、爵位順に審査するのも、理が無いわけではないなと思った。
ダンスが踊れると想定される順に踊って、出来る人には帰ってもらい、出来ない人だけを集中的に指導した方が効率が良い。
みんなクルクル踊るんだもの。
私は、一応は伯爵令嬢なので、真ん中あたりだったが、当然のように居残りだった。
この辺から、微妙な人が増えていく。
学年には3人ほど、平民の生徒がいるが、この3人はとてもダンスが上手だった。
平民なのに、この学校に来れるような子は、平民の中でも豪商とか、いいお家のお嬢様なのだ。
平民の中流家庭や貧民層だと、女の子に教育を受けさせるという発想自体が無くて
魔力があるかどうかも判定されなかったりするので、この学校には来ない。
なので、私と、あまり裕福ではない家の生徒たちが数人残された。
「基本的な嗜みくらいは入学するまでに習得されているものだと思うのですがね」
レディ・ドロシアは上品な溜息で遺憾の意を示した。
そういうものなのか。
全くの白紙ではいけなかったのか。
試験にはなかったし、教本には基本のステップから載っていたので、そこからやるのかと思っていた。
しかし、レディ・ドロシアは驚くべきことを言った。
「では、各自で練習するように」
そのまま立ち上がると、女性アシスタントが上着を持ってきた。他の助手たちも荷物をまとめて帰り支度を始めている。
え?
今から出来ていないところを教えてくれるのではないの。
私は勢いよく挙手をした。
「まだ時間じゃないですよね」
質問した私を、先生は無視した。
そして、そのままスタスタと出て行った。
それは学校の授業としてどうなのか。
見られただけで、明らかにきちんとステップを踏めてないのに、なんの指導もない。
追いかけて文句をつけようかと思ったら、同じく居残っていた男爵令嬢のアンナにそっと止められた。
「淑女教育というのはそういう時間なのだそうです」
アンナが言った。
「そういうって?」
「御令嬢たちの息抜きの時間と言いますか」
息抜き。
「この学校は習うべきことが多くて、とても詰め込まれてますよね。
なので、最初からできることを科目にして、休憩時間を取ると言いますか」
「それってすごく限られた人たちだけだよね」
「女子生徒はそういう家の人が多いので」
高位貴族でお金持ち。
もちろん、その人たちが家で学んだことを否定するわけではないけれども。
アンナの家は貧乏で、ダンスを習うお金も時間もなかったけれど、
王都に家があったので、交流のある家も多く、そういう常識はあった。
高位貴族に対する特別扱いはどこにでもあることらしい。
でも、彼女たちが授業を免除されるとしても、先生は出来ていない生徒を教えるべきではないのか。
「そうですね。でも、しょうがないことなのです」
アンナは悲しげに微笑んだ。




