1 とりあえず転生しまーす
室内に乱入してきた男たちが私に銃を向けた。
平和な日本に生まれたというのに、こんなに遠い異国の果てで、銃に撃たれて死ぬなんて。
いったい、どうしてこんなことに。
走馬灯のように、埼玉の実家が目に浮かぶ。
あと2週間で結婚式だったあの日、当時住んでいたマンションから電車で1時間半の実家に呼ばれて。
リビングに入ったら、何故か、同棲していた婚約者が先にソファーに座っていた。
隣に妹で向かいに父。
そして彼は言った。
「婚約を解消させてほしいんだ」
家族での顔合わせで妹と連絡先を交換したこと、すぐに親しくなったこと、妹はすでに妊娠していることを告げられた。
「君は強い人だから1人でも大丈夫だ。だけど彼女は、僕が守ってあげないと」
婚約者は言った。
平成だよ?(当時)昭和じゃあるまいし。
今時そんな、使い古されたドラマのような陳腐な台詞を言われるなんて。
隣で神妙に座っている女。私の妹なんだから、そんなに弱い女じゃないし、むしろ私よりちゃっかりしてるくらいなんだけど。
しかし、結果として、彼は私と別れ、妹と結婚した。
婚約者は同僚だったので、勤めていた会社は居づらくなって辞めた。
代わりに、それなりの慰謝料をもらって旅に出た。
ずっと海外に行ってみたかったので、それは素直に嬉しく、楽しかった。
フラフラしている間に、貧困地域の孤児を支援するNPOのリーダーをしている日本人の男と知り合った。
旅先で英語が通じなくて困っていた時に、日本語で助けてくれた彼。
それだけでカッコよさが5割増しくらいだったが、普通に背が高くてスタイルの良いイケメンだった。
理想に燃えて語る姿は眩しかった。
『失った恋は新しい男で癒せ』という、よくある格言のままに、彼と付き合い、彼の仕事を手伝った。
幸せで充実していた。
なのに。
その男は、私が妹のように可愛がっていた仲間の女性に乗り換えた。聞かされた時、その女も妊娠していた。
「ここは子供を産むには向いていない。二人で日本に帰ろうと思う」
二人で手を握り合う。
「君は強い人だから1人でも大丈夫だ。だけど彼女は、僕が守ってあげないと」
その男も言った。
日本では年号が変わったと聞いていたが。
令和になっても。この使い古された台詞は通用するらしい。
ちょうど、いいスポンサーが見つかって、孤児院の建設が進んでいた時だったのに。
あまりにも無責任すぎやしないだろうか。
結果、私が、NPOの責任者になってしまった。
正直に言おう。
不幸な子供たちの支援は大事だ。だが、私がやっていたのは、愛する彼の手伝いだったのだ。
彼がいなければ始めなかった。彼が去ったのに続ける意味があるのだろうか。
しかし、ここで投げ出すのはあまりにも酷いことのように思われた。
よくわからないまま頑張って、私の婚期と引き換えに、そこそこなんとかいい感じの孤児院が出来上がった。
運営を現地のスタッフたちに任せる目途もついた。
そろそろ私も、自分の幸せを求めて日本に帰ろうかと思っていたところだった。
なのに、今、よくわからないテロリストみたいな人たちに殺されて。
私の人生はなんだったの。
ああ、もし生まれ変われるなら、今度は他人の彼氏を奪う側になりたい。モテモテのらぶらぶ人生を送りたい。
人生最後に考えることがそんなことなんて。
と、思ったのだが。
どこからか、トランペットのように高らかな声が響いた。
何かのファンファーレのような。
「その願い、叶えましょう!」
叶えてくれるんだ。結構酷いお願いなのだが。
真っ白な空間に、白いシンプルなワンピースっぽい服を着た女の人がいた。
茶色の髪を結いあげて、金の冠が光っている。
手足が長く、指先が綺麗なことまでわかったのに、なぜか顔だけが曖昧だ。
「ワタクシは女神リリーナ。ワタクシの世界を救ってくれたら、あなたの望む人生を与えましょう」
顔がわからないのに、すごくキラキラしていることだけが伝わる笑顔で言われた。なんかイヤだ。
40年培った私の危機管理能力が、この人は危険だと告げている。
「女神様なら自分で救えないんですか」
一応聞いてみた。
「神にも神のルールがあるのです。ワタクシは自分自身の世界には干渉できません。そして生きて意思のある人にも干渉できません。
人は皆、自分で選んだ人生を生きるものなのですから」
女神と名乗る女性は堂々と言った。
さすが女神。声がいい。
しかし、言ってる内容はどうなんだろうか。
「でも、それじゃあ、出来ることあんまりなくないですか」
神様なのに、何も干渉できないなんて。
「そんなことはないです。夢を見せたりできますし、死んだ人ならどうにでもなります」
「死んだ人って」
私か。私なのか。
意識があるから、まだ死んでないかと思ったけど、やはり死んでいるようだ。
女神が頷く。
「あなたに素晴らしい能力を与えて、転生させることが出来るのです」
なるほど。
「ワタクシはこの世界の人に夢を見せて、ワタクシの世界の知識をゲームとして形にすることに成功しました。
あなたはワタクシの世界の危機を具現化したゲームをプレイした中で、一番、救世の乙女に向いています」
なるほど。理解した。
間接的に干渉して事を運ぶ。
宗教風に言えば、神のお告げを見せるみたいなことなのか。
それが現代風になるとゲームになるのだな。
なかなか面白い。
そういえば、日本では、日本人がゲームの世界に転生して現代の知識を活かして活躍する話が人気だと聞いた。
乙女ゲームの悪役令嬢に転生して、逆ハーになったりするらしい。
それはいい。すごくいい。
けれども。
ゲーム。ゲームしてたっけ。
全くやらなかったわけではないけど、私が学生の頃とか、会社員になってすぐとかじゃないのかな。
少なくとも日本にいた頃だ。
そんな知識があっても、もう忘れている。何せもう40歳だ。10年以上前の知識だ。
「大丈夫です。まだ生まれていない貴方には、必要に応じてゲーム内容を思い出せるというすごいチートがつけられます」
それってチートなの?
「もっといい能力くれないんですか?」
世界を救うんだから、ものすごく秀でた特殊能力があるとかじゃないと困る。
「初期設定では普通の女の子なので、そこはなんとも」
女神は困ったように眉を寄せた。困り眉の女神。
なんだよ初期設定って。
「ただ、真面目な努力家ということになっているので、努力でレベルが上がりやすくはできます」
そうですか。
「ゲームは一番起こるであろう未来なので、あなたの行動によって未来が変わります。
世界のヒロインなので、他の人より影響力があります。そこは気を付けてください」
なんか、ついでのように恐ろしいことを言われた。
「それって私が失敗したら、世界が滅んじゃったりみたいなことですか」
女神がにこやかに笑ったまま答えなかった。
「大丈夫、あなたならできます」
YesNoの代わりによくわからない安請け合いをされた。
「素敵な世界ですよ。作る時に頑張ったのでイケメン多いですしね。モテモテです」
女神がにっこりと笑う。
さすが、神様だけあって、私の弱いところをついてくる。
何を隠そう、私はおそろしいほどの面食いなのだ。
乙女ゲームだか何だか知らないが、せっかく攻略するのであれば、いろいろなイケメンがいたら、さぞや楽しいことだろう。
それだけで、モチベーションがすごくあがる。
女神が両手を広げた。
「あなたの望みをかなえましょう。モテモテらぶらぶになってみませんか」
それもいいか。
「では、よろしくお願いしますね」
女神の右手が振り上げられた。
え?もう?
まだ何か聞いておいたほうがいいのでは。
慌てた時には目の前が真っ白になっていた。