アジテーション
遅くなりました。
申し訳無い。
「貴君等は何の為にここまで来たああぁぁ!! 矮小な嫌がらせの為かあっ!? それとも、自国の公爵子息を犠牲しての、下らん外交ゴッコのマウントを取る為かあっ!?」
そこまで言いきって、俺は一呼吸を置く。眼前には隊列を組んだファルトヘルト王国の兵士達。若干の困惑をその表情ににじませながらも、しかし、真剣な様子で、俺の言葉を聞いている。
「違うっっ!! 断っじてっ、違うっっ!! 貴様らは護る為に来たのだっ!! 卑劣にも、薬と魔法とによって心身を病ませられっ、ついには暴走してしまった公爵家子息をっ!! そしてその公爵子息によって傷つけられるかも知れない、国元からこの領地までに居るっ! 道中の草民達をっ!!」
さてさて、俺がこんな茶番をうってるのには理由がある。いや、何もなくてやってたら、相当にアレな人間じゃんね。
と言うのも、まぁ、性懲りもなく来たんよ手紙が。ファルトヘルト王国からなぁ。内容的には前回と一緒。『兵を戻せ、損害賠償をしろ』って言うのをやたらとこねくり回して勿体ぶって上から言って来ただけ。
謝罪の言葉も無ければ、スターリンの事に言及する事もない。まぁ、百歩譲って謝罪が無いのはしょうがない。だって国だし、王族だし。辺境伯でしかない俺に頭を下げる様な事なんざ出来ないってのは分かる。
ただそれでも、他国に嫁いだ第二夫人にそれも利用した挙句、危険に晒しといて謝罪も無いってのは、俺として到底納得出来る様な事じゃぁ無いんよね。やっぱりさ。
例え国としては無理だとしても、個人的に私信を忍ばせ、そこに謝罪やら労りやらの言葉を載せる位は出来ると思うんだよね。王族なんだから、その手紙を検めるとか出来ない訳だし。
正直、その位しても良いと思うんだ。家族なんだし、さ。
ただ、それすらもない。
詰まりは、あの国の王族にとって第二夫人ってのは、その程度の価値で、自分達の言うことを聞いて当然な相手ってぇ認識って、事なんだろう。
本当に、馬鹿にしてくれる。
「公爵子息はっ! 未だに完全に癒えたと断言出来る状態では無いっ!! ならばっ!! 貴君等は護らねばならないだろうっ!! 公子のっ! 身体をっ! そして何より“心”をっ!!」
俺は、この場に同席してくれたスターリンを見ながら、そう鼓舞する。
確かに事は彼の心の傷の問題でも有るから、完治したとか見て分からんのよね。逆に言えば、そのことを理由に、何時までも拘束し続ける、なんて事も出来る訳だ。まぁ、せんが。
「貴君等の祖国は、哀しいかな、貴君等の国で起こった悲劇の被害者でも有る公爵子息を手に余るとして治療もせず切り捨て、あまつさえ政争の道具として利用しようと、その命脈が途絶えても構わぬとばかりに使い捨てにしようとした!! こんな事が許されて良いのかっ!?」
俺の言葉に動揺が走る。兵士の中には、名目上の『療養』なんて言葉を信じていたものも居るだろう。
実際、俺が治しても居るしな。だが、それと同時に、『使い捨てにしようとしていた』と言うのもまた、真実だと感じたはずだ。
何せ、到着1番、暴走して、これもまた俺にぶっ飛ばされているのも見ているのだから。
「否っ!! 断じて否であるっっ!! だがっ私は貴君等が母国と争うような事を望んでいる訳では無い」
兵士達の困惑が、手に取るように分かる。それはそうだろう。『あんたらの国は許されん事をした。だが裏切っちゃなんねぇ』って、『じゃどうしろと?』ってぇ感じだしな。
「貴君等に望む事は唯一つ!」
ゴクリ、と兵士達が息を呑む。
「今迄通り、祖国から見放された公子殿をっ、その身体をっ、心をっ、護って欲しいと言う事だっっ!!!!」
俺がそう言うと、スターリンも『どうか、よろしく頼む』と頭を下げた。
「これ以上、オレが罪を重ねぬ様、皆の力を貸して欲しい!! オレは、これ以上、自分の所為で不幸になる者など見たくはない!!」
スターリンがそう言うと、兵士達は『うおおおぉぉぉ!!』と言う、雄叫びを上げた。
よし、これで兵士達は自らの意思で、スターリンに力を貸してくれるだろう。
『【愉悦】素晴らしい扇動です。マイマスター。これで、あの国に潜在的な離反者を送り込めますね』
いや、そこまでは考えて無いよ?
『【承知】はい、分かっておりますとも。我々は関知しない。そう言う事ですね?』
いや、そうでなく……
『【愉快】分かってます。マイマスター』
いや、ホントに。




