扉の先
地面に降り立ち、周囲を窺う。あれが“扉”だと言う事は確実だ。なら、俺は何処かへ飛ばされたはずだ。元々はエリスをここに送る筈だったんだろうがね。
「どうした、当てがはずれたか?」
気配で分かってはいたが、俺の周囲を取り囲む十数人の男達。ソイツ等は今、目を瞠ってポカンとしている。
おいおい、呆けているなよ。俺は、敵だぞ?
「レネティスティアの、“神子”だと……?」
違うよ?
大司教と同じ様な神官衣服の男の呟き。それを聞き流しながら、俺は身体能力向上を発動する。
「な!!」
それを見て動き出したのは神官戦士風の男達。その中でも最も立派な鎧を着こんだ男が、大盾を構え、他の神官達を守ろうと前に出ながら叫ぶ。
「【身体強化】を!!」
その言葉で、ハッとした神官達からの支援魔法が飛んだ。
ザっと周囲を見渡すと。暗褐色の壁に中々背徳的な壁画。祭壇上に居るのは十数人程度だったが、見下ろした周囲には百人近くのフードの人々がひしめき合っている。
誰も彼もが手と手を胸の前で組み合わせ、まるで祈っているかの様に……いや、実際に祈っていたんだろうな。
これから行う儀式に期待して。
祭壇上の神官の幾人かは儀式用のクリスナイフを手にしている。
ああ、不愉快だ。
バフォメットは星辰が揃わなければ、邪神はこちらに干渉できないとか言っていたか。
なら、コレは、ただ単にに邪神に餌を送る為の行為に過ぎないってこった。
百人近い大人達が、たった一人の子供を儀式だ、神の為だと甚振り命を奪う行為を正当化する為のバカ騒ぎ。
……いや、大聖堂で大司教は何て言った?
『我等が神の復活を!!』
違うのか! 本気でコイツ等は、これで邪神が復活するなんて思ってやがるのか!!
バフォメットが俺に間違った情報を与えるメリットなんて無い。なら、何でコイツ等はそんな勘違いをしている?
……ああ、そうか、前例があるのか。“邪神”が、その御業を見せた事が。
グラスは、魔族に成る為には生贄が必要だと言っていたか。
ガープは、何時生贄を使った?
話に聞く限り、エリスが調べるまで、ゴモリー達が魔族だとは誰も気が付いて居なかった。て言うか、ゴモリーですら、ただの尖兵だと思われてた。
そして、ゴモリーにガープが接触したのは、ゴモリーが国王篭絡に飽きた後のハズだ。で、なければ、計画の変更を、あの我侭な魔族が許す訳がない。
なら、ガープもそれまで普通に貴族として過ごしていた筈だ。
そんな奴の周囲で、行方不明だろうと不審死だろうと起こっていれば、疑問に思う奴は居るだろうさ。にも拘らずその正体をギリギリまで隠し通せたのは、ガープに代わって、生贄を用意した者が居るからじゃないのか?
もし、それまで失敗し続けても、たった一回でも成功例があれば、成功するんだと思い込む事は簡単だ。
成程、血の贄云々は、ガープの個人的な趣味の為かと思っていたが、コイツ等の神の嗜好か。
「お前ら、ガープを魔族に堕としたな?」
返答はない。だが、神官共の表情が一瞬変わる。
祭壇上に聖騎士が上がって来た。
強化された屈強な聖騎士と赤銅色に染め上げられただけの幼児。誰が見ても力の差は歴然だろう。
王女から“神子”へと変わったとは言え、彼等は惨たらしく刑を執行される、儀式を執行される幼い子供が見たいだけなんだろうな。反吐が出る。
周囲の信者共が、一気にヒートアップし、むしろ歓声が上がった。
「どうした? 何故動かん神子!! 流石に力の差が分かり怖気づいたか?」
怯えの混じっていた表情は、今は侮りと愉悦に歪んでいる。
ああ、全く持って似ている。ガープとそっくりだ。
俺は魔力装甲を展開し、大盾を持った男の、その盾を渾身の力でぶん殴った。
ドグォ!!
男が大盾ごと吹き飛ぶ。唖然とする周囲の聖騎士。
「ま、魔族だ!! 魔族へと変じたぞ!!」
……お前達が、その事で驚くか? ガープを魔族へと堕としたお前達が!!
ああ、同じ魔族だったとしても、その信望する邪神によって、有り方は千差万別だったな。つまりは味方だとは限らないってこった。
たが、一つだけ言っておく。
「俺は魔族じゃねぇ!!!!」
空を蹴り、聖騎士に接敵する。反応すらできない聖騎士に、そのままの勢いで拳をぶち込む。
その頃になって再起動した聖騎士達が剣を振るって来るが、それを避け、いなし、弾く。
ステップワークを使って懐に入り込み、カチ上げる様にボディー。そのまま上へ。空中でその男を掴み、投げつける。
数人が巻き込まれて転がるのを尻目に次の獲物へと飛び掛った。
重そうな鎧を着た大人達が、面白い様に吹き飛ぶ。
神官共が腰を抜かし、聖騎士達が恐怖で足を止めた頃には、祭壇の中央、俺の周りにはポッカリと人の空きができていた。
これなら、邪魔にならんか? ファティマもオファニムも居ないが……
その時、俺はふと思った。魔力装甲の上に、さらに外装って乗せられんのか? と。
俺はニヤリと笑う。
「やってみる価値、あるよなあああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
ブーストし、右腕の魔力装甲の上にプラーナを集める。装甲のスリットから赤光が溢れ、スリット部分がジャコン! ッと開く。
そこからプラーナが奔流の様に吹きだしたと思うと、ギュルギュルとうねりを上げて渦巻いた。
出来た!!
「ヤツを止めろおおおぉぉぉぉぉ!!!!!!」
何かに気が付いた神官が叫ぶ。
ハッ! 自分の運が良い事を精々“神”に祈っとけよ?
俺は、さらに体内循環を濃密に加速させ、右の拳を祭壇に叩き付けた!!
ビギビギビギビギッ!! ドッグラガラアアアアアアアアアァァァァァァァァァァ!!!!!!
魔力装甲に纏っていたプラーナが、祭壇に吸い込まれるかの様に浸透していたと思ったら、祭壇どころか、周囲の壁画にまで罅が入り、その空間は、俺ごと崩れ落ちたのだった。




