手練手管と人は言う
リシェルを見送って部屋に戻る。
さて、問題は朝からずっと武器形態で沈黙を守る聖武器達なんだが、なんかあったんかね?
おーい、ファティマ。なんで黙ってる?
……
返事がない。ただの屍の様だ。
で、なくて。
何だ? 不機嫌そうな雰囲気は伝わって来るんだが……
「おーい。聖槍?」
こっちはピクリとは反応をするんだが、やっぱり黙ったままだな。
どうすっかね? 狩りに行こうと思ってたんだが、どうも初っ端から出鼻を挫かれた気分だわ。なんかやる気を削がれた。
うーん。とりあえず犬達をもふるか。
ミカ、バラキをわしゃわしゃしてたら、他の犬達も集まって来たんで、イブと一緒に犬達をブラッシングする。
ミカとバラキ、セアルティ辺りは大人しくブラッシングさせてくれたんだが、ウリとガブリは遊びたかったのか、追いかけっこのつもりらしく、取り合えず捕まえる所から始まる。そうなると、ミカ達もうずうずして来たのか、ウリ達を追いかける俺を追っかけて圧し掛かって来た。カオス。
俺等がそんな事をやってる間、ラファはイブにブラッシングされて、むしろ幸せそうってか、飼いならされたオス犬って感じでダランとしてる。
中庭のいつもの所で寝そべってたイグディが、ノソリと近づいて来て、むしろ『ブラッシングさせてやっても構わんのだぞ』って副音声が見える態度で腹を見せて来たんで、オスローとキャルをよんで二人にブラッシングをやらせた。
うむ、興が乗ったな。今日は犬達と遊ぶ事にしよう。狩りも良いがこう言うのも良いだろうしな。
ただ、本格的に遊ぶとなると、教会じゃ手狭になる。よし、門外の、まだ安全な所にでも行くか。オスローもいるし。
******
公都門外の壁近くで遊び倒してみた。この辺りは、森から離れて居る事と、少し行くと農耕地があるおかげで兵士が定期的に巡回しているからか、魔物とかはほぼでない。ここで、『取ってこい』を散々した訳だが、ミカ、バラキ、ウリ、ガブリ、ラファ、セアルティ6頭に対し、俺、イブ、オスロー、キャルの4人だけだとちょっとこっちが不利だったわ。ウチの犬達の運動能力半端ないし。
あれだな、今度はマトスンにフリスビー的な物を作らせよう。足踏み式のろくろの設計図でも渡せば、喜んで作ってくれるだろうさね。マトスンだし。
さて、一日遊び倒して、放置して見た訳だが、この、未だに沈黙を保っている聖武器達は、そろそろ本格的に如何にかせんと行かんか?
呼びかけてみても無視するってんのなら、声を出させてみるかね。
俺は聖武器達を掴むと、身体能力向上からの魔力装甲ギリギリの魔力外装状態にまで密度を高めたプラーナを強制的に注入する。
『【歓喜】ひゃ! あ! マ、マスタアァァ!?』
『【快感】ボ、ボク、こんなの!! ら、らめデスゥゥゥ!!』
ガシャンガシャンと床に倒れ、何かビックンビックンと動いている。
床に倒れてビクンビクンしてる武器て……中々にシュールな光景だな。
さて、声を上げる事ができるって事が証明された訳だ。だとすると、突然言語機能が失われたとか機能停止したって訳じゃないってこったな。
つまり、コイツ等は自身の意志で黙ってるって事になる。
俺は、少し威圧をしながら声を掛けた。
「さて、おまいらがしゃべれるってのは分かった。何で黙ってるのかを話してもらおうか?」
『【黙秘】っ!!』
『【警戒】……』
ほう、それでも沈黙を貫くか。なるほどなるほど。
んじゃ、先ずはもう一回。そしてエンドレス。
『『【悲鳴】!!』』
******
“くっころ”が“堪忍して”に変わるくらいに強制注入をした所で一旦止める。
途中でフォアグラって酷い作り方だよなとか思ったわ。美味しいけど。いや、まぁ、特にそう思った事に意味はないんよ。うん。
『【悲痛】個体名【トール】がイケナイんデス!! 個体名を!! 個体名をくれるって言ったのにデス!! 言ったのにデス!! なのにボクを放置して!!!!』
聖槍が、若干自棄気味にそう叫ぶ。
ああ、そう言う事か。だが、それに関してはコイツの責任もあると思うんじゃが? リシェル凹ませて、そのフォローをしなくちゃいけんくなったんは、ロボウィザードのせいじゃん?
ちゃんと名前をやる気はあったんよ? まぁ、後回しにしたのも確かだけどさ。
でもまぁ、それくらい楽しみにしてたって話でもあるか。仕方ない。これ以上もったいぶってもしょうがないしな。
「ジャンヌ、だ」
『【動揺】っ!!』
「お前の名前はジャンヌだ」
まぁ、分かるかもしれないが、ジャンヌ・ダルクから取ってのジャンヌだ。
ある日、啓示を受けて従軍したって言う農家の娘で、彼女は成功率の低い作戦に参加して、それを見事勝利に導いた訳だな。
確かに有名な聖女ではあるが、教会によって魔女ともされた女性でもある。
魔女と魔法使いって違いはあるが、槍でもありウィザードでもあるコイツには、妥当だと思うんよ。
『【歓喜】オーナー!! 大好きデス!!!!』
一瞬で変型して抱きついてくるジャンヌ。その瞬間、ファティマからの怒気が大きくなる。
成程、そう言う事ね。それで拗ねてたわけか。確かにお前、反対してたしな。
なぁ、ファティマ。聖槍に名前を付けはしたが、別に俺は武器替えをしようとか思ったわけじゃないぞ?
…………
相変わらず返事は無いが、この念話はきっとファティマに届いてる。それ程薄い“絆”じゃないと、俺は信じてるからな。それ程の死線をファティマと乗り越えて来たって言う自負も自信もある。
聞いてくれファティマ。俺のメイン武器は斧なんだし、それを変えるつもりはない。もっとも手に馴染んだ武器でもあるしな。
だが、お前は武器であり、相棒でもある。
たとえば、大切な人達を守る場合に、他の相手に託す場合だって出てくると思うんだ。それこそ、最も信頼できる相棒であるお前にとかだ。
もし、そんなメインの武器であるファティマが使えなかった場合、サブの武器を用意しておくのは、戦士として正しい姿勢じゃないか?
『【理解】っ!!』
そうだ、メインはあくまでお前だファティマ。ジャンヌは“もしも”の為の備えなんだよ!!
だから、お前を蔑ろにする訳じゃない。むしろやれる事の選択肢が増えるんだと思って欲しいんだ!!
そう俺が念話をした後、ファティマが人型に変形して、俺に対し深々と頭を下げてきた。
『【謝罪】っ!! 私が浅慮でした。マスター』
うん、良かった良かった。だが何だろう。ジャンヌにしがみ付かれ、ファティマに頭を下げられてるこの構図。そこはかとなくチャラ男が修羅場で女達を良い様に言いくるめた感が漂うのは。
別に間違った事は言ってないはずなのにな。うん。
だが、これで丸く収まった……よな?




