無知って事は時に残酷だよね
自分の知ってる世界が、ひどく矮小な物だと知らされた気分だわ。
俺達が、情報を聞きに来ただけの客ですらない存在だと理解したヴィヴィアンなんだが、ちょっとSETTOKUが効き過ぎたみたいで、洗い浚い……でなくて、必要な情報を教えてくれた上に、自分が研究用にって保管してた植物型魔物を分けてくれたんよ。
植物型の魔物ってのは、それ独自に固有種名を持ってる物も勿論いるんだが、殆どが元になった植物の姿そのまんまなんで、逐一固有種名とか持って無くて、大体が植物型魔物って事で統一されてるらしい。
チラリとファテマが抱えた籠を見る。その中に植物型魔物が居る訳なんだが、ヴィヴィアンから手渡され、ソレと目が合った瞬間を思い出す。
そう、目が合ったんよ。ウリ科の、緑色の実に有った目と口。そこから生えたディフォルメされた人体の様な手足をばたつかせてた姿を見た時、俺は酷い既視感に襲われたんだわ。
…………
妖怪だああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!
あれだよあれ!! 鳥山石燕とか水木〇げる御大とかの妖怪画で見た様な99年生きたって言うあれだよ!!
ファンタジーっちゃ、幻想的だけんどもよ!! 方向が違くね? いや、前世的に言えば、海外の人から見りゃ、こっちの方がミステリアスな上にファンタジーなんだろうけどもよ!!
もはや俺の中では北方山脈、日本アルプスか八甲田山のイメージだわ!!
一応、この瓜お化け、ヘチマに相当する薬効の魔物らしいんだけどさ、これから化粧水を採る? なんか嫌だわ。
てか、どうやってヘチマ水を採るんよ。確かあれって弦を切って、そこから出る水分を溜めるんだよな?
あの瓜お化けのどこを切って水分を出させるってのよ。もう最初っから手詰まりなんだが!?
******
とりあえず煮込んでみた。ヴィヴィアンも煎じるか煮出すかだって言ってたしな。
鍋の中で散々暴れてくれたが押さえ込んださね。ドロッドロになるまで煮込んだモノを漉してみたんだが、これ、顔につけるのか? 確かにエキス的な意味ではかなり濃ゆいのができたと思うが。
制作過程を見てたマァムの方を見てみたんだが、ブンブンと首を振られたわ。まぁ、元を知ってる身としてはコレに顔を付けるのを躊躇う気持ちは分からんでもない。
かと言って事情も知らん連中に試して貰うのも何か悪い気がするというね。
……仕方ない。しばらくは俺が被検体やるか。
洗顔して微妙な気持ちに成る経験とか初めてだわ。
とりあえずマトスンを探す。機織り機ができたって話だったからな。
本来なら糸紡ぎの方が先なんだろうが、ウチの布作りは今まで着てたもん解しての再利用だからな。
まぁ、それの手助け程度だと考え……
俺は機織り機の前でドヤ顔をしていたマトスンに、飛び付きヘッドシザースからのフランケンシュタイナーを決めて、床に沈めた。
本格的過ぎだあああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!
なぜこんな大型機織り機を作りやがった!!
これじゃ、解し糸程度だと長さが足らんのじゃあああぁぁぁぁ!!
なぁ、俺、今の布機織で使えるやつって言ったよな? 言ったよな?
聞いてて作ったのがこれって何なんじゃ!?
多分、作ってて『どうせなら本格的なヤツを』とかって、元の目的を見失ったんだとは思うが、だとしても使えないもの作ってどうすんじゃ!!
あー。ヴィヴィアンに聞かんきゃ成らんことが増えたわ。
あれだな、綿花か、もし魔物として存在してるなら、バロメッツの群生地の情報を吐かせんとな。
また、北方山脈かねぇ。
それと、マトスン。もう2回りくらい小さいサイズで、織り機、作っとけや。
******
取り急ぎ、やらんといかん事は終わったんで、第二夫人の顔を見に行くか。
煉瓦積みの地下道を通り、地上に向かう階段を上がる。壁の取っ手を掴み、横にスライドさせた。
「ト~ルちゃ~ん!!」
柔らかく甘い香りに掻っ攫われる。
「は、放してください!! 母上!!」
何故だ!! さっきまで第二夫人の気配はリビングのソファの所に有ったんだぞ!? なんで一瞬でここにこられる!!
てか、剥がせないだと!! 確かに怪我をさせたくないから加減をしてるが、それを差し引いても抱擁から抜け出せんとは、どう言う事だ!?
「これが母の愛の力よ!!」
「思考まで読まれた!?」
第二夫人、この2年で、大分回復してはいるが、正直、精神的にはまだ不安定だ。城内の評判だと、もうすっかり元に戻った風な話に成ってるけんども、絶対に猫を被ってるのは確実だな。
だって実際、今はこんなだし。
要は“俺”に執着し過ぎなんだよな。
いや、それに関しては甘えるに甘えさせてた俺の責任も有るんだけどもさ。
気塞ぎの病気が快復したってんで、第二夫人は自分の館に戻っている。その際に、ちょっとだけ館を弄らせてもらって地下通路を追加した。
それが今回使った地下通路。因みに教会から直通に成っている。もっとも、隠し通路の先に部屋を作って、その部屋の隠し扉を見つけんと本物の隠し通路には入れんようになってるんだがね。
シンプルな一本道だと立ち入られる可能性とか0じゃないし、別に緊急避難用な訳じゃないんだから、通り易くしてやる必要もないしな。
「はい、あ~ん」
第二夫人の言葉で、俺が口を開ける。口に差し込まれるのはシロップ漬けの果実。
いや、一人で食えるんだがな。第二夫人が放してくれねえのよ。
そんな俺達をジトッとした目で見ながらも紅茶を淹れてくれるのは、第二婦人専任メイドのジョアンナ。
なんか、俺の周りジト目率多くね? 気のせいか?
それはさておき……
うん。流石にバレたわ。ヌイグルミの中に隠れてたんだけどな。それでも見つかったのが2歳になるちょっと前位で助かった。言葉を喋れても疑問視されない年齢だったからな。
もっとも、ちょっと流暢過ぎたかもしんないが。
それでも黙っててくれるのは第二夫人に対する忠誠なんだろうかね?
色々と怪しい自覚の有る俺だが、それでもジョアンナが俺が、第二夫人の子供だって認めてくれたのは、第二夫人が頑なに『自分の子供』だと主張して居る事と、俺の弟、公爵家嫡男のレオバルトくんと俺が瓜二つだったからだそうだ。
公爵家内でも、俺達が双子だったって事は秘密にされているんだが、ジョアンナは第二夫人本人に赤ん坊は二人いたと知らされてたらしい。
その上で、俺が白子だった事で、何かを察した様だった。
******
第二夫人に駄々甘に可愛がられた後、また明日来る事を約束させられて拠点に戻った俺だったのだが。
『【質問】マスターが以前、個体名【キャロライナ】に伝授したというエッセンシャルオイルですが……』
え? 何?
『【説明】花を煮出して水蒸気を集めた蒸留水の上澄みを集めると言う……』
ああ、精油の事か。
『【確認】それって確か化粧水として使用できたはずです。マスター』
……………………
……………
………
速攻、ヘチマお化け水を投げ捨てましたとも。ええ。




