決着はついた
邪竜が、自由になった角をまるで周囲にいる者達を見下すかのように持ち上げる。
判っている。アレは擬態似すぎない。
それでも……
「必死に戦ってる者を! 見下してんじゃねぇぞ!! ボケェ!!!!」
プラーナを1滴残らず絞り出す様に全身の細胞を活性化させ、それを限界まで、いやさ、限界なんざ超えるまで身体に注ぎ込み、かつて無いほどの勢いで体内を高速で循環させる。
耳元にまでドクンッドクンッと響く鼓動と、全身が揺れる程の脈動。
自身の体温が上がっているのを感じながらも、さらに注ぎ込み注ぎ込み注ぎ込み注ぎ込み注ぎ込み注ぎ込み注ぎ込み注ぎ込み注ぎ込み注ぎ込み加速加速加速加速加速加速加速加速…………
オファニムのスリットが赤白化するほどに加速し、甲高いキイイインと言う音が、まるで悲鳴の様に鳴り響く。
そんな俺の様子に何かを感じたのか、邪竜が向きを変え、バフォメットの方へと移動を始める。
逃げるなよ、邪竜。
そして、わざわざバフォメットの所へ行こうとすったぁ、それはオドを啜る為って事だよな?
なら、バフォメットは、まだ生きている。
なら、むしろ行かせるかよ!!
そう思って飛び出そうとした俺の一瞬先に、邪竜に【爆発】の魔法が次々に着弾し、その進行を止めるかの様に、一つの影が前へと飛び出した。
『【屈辱】ワタシ達は完全無視かい? これでも、“神すら斬る”と謳われた聖剣なのだがね?』
『【瞠目】何か、凄い攻撃をするデスね? ボクは興味深々デス。なので時間位稼ぐデスよ? 出来れば世界を統一できるくらいのヤツを期待するです』
有り難い……が、ロボウィザード。お前は俺に世界征服でもさせたいのか? どうも、発言が物騒な感じに……
まぁ、とりあえず置いておこう。
プラーナを浸透させているファティマが、さらに熱量を増し、周囲に陽炎が立ち込める。
俺は、周囲に漂うプラーナを濾しとる様に、大きく、深く呼吸を繰り返した。
プツリと、小さな音がし、目と、鼻から何かが流れ出る感触の後、鉄の匂いが立ち込める。
頭がグワングワンと鳴り、視界が赤く、そして狭くなっていくと、今度は逆に周囲がやけに静かになって行く。
手に持ったファティマの熱をオファニム越しにハッキリと感じる。だいぶ無茶をさせちまってるな。
「悪いなファティマ」
『【覚悟】サー。私の事は気にしないで下さい! サーの方がよっぽど……』
何故か涙を堪えてる様な、だが、ハッキリとした覚悟を感じる。そしてそれは、オファニムからもだ。
コイツにも、生まれたばかりで随分と無茶をさせちまってるな。
そう思ったが、それに対し“否定”の意志を感じた。“自分は大丈夫”だと。
俺は、周りの者に恵まれてやがるな。
今も、邪竜を足止めしている聖剣、聖槍。王都に結界を張って守っている聖弓。幼いながらも国を守る為に立ち上がったエリス。
倒れるまで力を振り絞ってくれたバフォメットと、一応ゴモリー。
こうして、無茶に付き合ってくれているファティマ、オファニム。
グラス、第二夫人、オスロー、マァナ、キャロ達、公都の皆、魔人族の王都で待っててくれてるだろうミカ達、そしてイブ。
……また、無茶してと泣かれるんだろうか?
光が消える。目が、見えなくなったか。音もしない。耳が、聞こえなく成った様だ。
だが、視えるし、聴こえる。
プラーナの流れを今まで以上に感じる。
俺自身の、ファティマとオファニムの、聖剣と聖槍の、バフォメットとゴモリーの……
そして、邪竜の。
何かが、ポンッと、背中を押してくれた気がした。
ドンッ!!
と言う音を残し、俺は壁を破り壊す。
1歩駆ける毎に加速する無音の世界。
邪竜の驚愕と恐怖の感情が手に取る様に分かる。
大地から足、大腿、腰を経由し、腹、胸、肩と伝播する。腕の力は抜く。むしろ。流れに添わせる。
邪竜の畏怖と絶望を一身に受ける。どうした? 恐怖を感じたのは初めてかよ、邪竜?
音を超えたまま踏み込み、ファティマを振るう。刹那、それに合わせる様に動けたのは流石は邪竜と言うべきか。聖武器ですら、動けずに居るってのに。
邪竜の角と、俺の振るったファティマがかち合う。生じた衝撃波をオファニムが受け、耐える。
邪竜の角が半ばから吹き飛ぶも、更に反撃しようと残った角を振るう。
もう1歩、踏み込む。
グルリと回転させ、さらに加速させたファティマを邪竜の振るって来た角に叩き付ける。
「う、おおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」
『キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ!!!!!!!!!!』
悲鳴。
邪竜の角が崩壊し、巨躯が、分断された。
******
俺が意識を取り戻した時、覗き込んでたファティマはまるで泣いてるかの様に見えた。ロボなのにな。
「……どれ位眠ってた?」
『【回答】サー、3時間ほどです。サー』
枯渇からの回復が随分早いな……ああ、オファニムの力か。俺が気を失っている間にも、プラーナの増幅循環をやってくれてたっぽいな。
俺が起き上がると、少し離れた所に真っ二つになった邪竜が居た。いや、有るの方が正しいか。
今度はちゃんと死骸だろう。まったく、ファティマに残心を意識しろとか言っておいて、討伐したと思った直後に気を失うとか締まんねぇな。
ともあれ、皆にお礼を……
「……魔族共は?」
見回して最初に気が付いたのは、見張りをしていたらしい聖武器の二人だった。だが、それ以外の者は居ない。
『【謝罪】サー、申し訳ありません。気が付いた時には消えていました。サー』
「そうか……」
まぁ、アイツらの事だ。その内にまたひょっこり顔を出すだろう。
正直、倒したと言う実感はない。だが、目の前には、二つになった硬質で巨大なな邪竜の亡骸。
ならば、終わった……のだろう。
「終わったな」
『【肯定】はい! 私の任務もこれで完了です! マスター』
その回答に、俺は苦笑しながら、「そうだな」と言ってやった。
「さてと」
『【質問】、これからどうしますか? マスター』
ファティマが質問をする。その答えなんざ、既に決まってるだろう。
「イブ達を迎えに行かなくっちゃな」




