ピンチなチャンス
結界から出た俺達をやけにゆっくりに見えるホバーで追いかける邪竜。この間にどれだけ兵士を助けられるかね?
『【薄情】サー、置いて行くなんて、酷いです。サー!!』
「ケンカをしてたお前が悪い」
ロボ形態で走って来たファティマをそう言って突き放す。実際、これから作戦だって前に喧嘩し始めるとか、いくら何でも緊張感がなさすぎだ。
何も言えなくなり俯いてしまったファティマに、俺は溜息交じりに手を差し出した。
「準備は良いか? ファティマ」
『【了承】サー、イエス! サー!!!!』
聖斧に変形した彼女を担ぎ、平原迄ひた走った。邪竜は体の巨大さ故に、全ての動きがゆっくりしている様に思えるが、その実、結構な速度で飛行をしている。
オドを喰らう為には生かさず殺さずってのが望ましいハズなんだが、邪竜の方に、加減をしている様子は一切ない事から、おそらく、身体を維持する為の量を得るまでは止まる事は無いんだろう。
十分な距離を稼ぎ、邪竜と対峙する。相変わらず、シルエットは龍にも見えるが、パーツ、パーツは昆虫。実際カブト虫。止まった俺達に合わせるかの様に地面へと降りる。
飛び続けるってのは、邪竜を持ってしても効率的に悪いっぽいな。
チラリとバフォメット達を見る。悔しいが、コイツ等が居て助かった。
邪竜を引っ張る餌として。
いや、だってしょうがねぇじゃん? 聖武器であるファティマ達は当然として、今は結界に包まれてる俺もオドを殆ど外に出してないんだし、そうなるとオドの塊であるコイツ等しか、邪竜を引っ張れるヤツが居ないんだってばよ。
それが分かったのは、結界から出た直後。俺達に邪竜が興味を示さんかったから。
今の俺から出るオドより、王都全体から出るオドのほうが強いってのは、言わずもがなだったわ。
それでも戦いながらだったら、引き付けられるかと思ってたんだが、魔族達が結界外に出た途端、興味を示しやがったんよ。
なら、使わん理由など有りはしないだろ。
立ってる者は親でも使うとですよ!
そうなってくると、バフォメットが俺たち側に立つ理由が分からなくなって来る。
今の俺からは殆どオドを吸収出来ないからだ。
まさか本当に、『俺がライバルだから』なんて理由じゃねぇよな?
ヤッパリ、コイツラが何考えてるかが全く読めんわ。
まぁ、邪竜が魔族にとって天敵みたいなもんだからってのはあると思うが、だからと言って、ここで戦う理由もない。逃げっちまえば良いんだからな。
俺の視線に気が付いたのか、バフォメットがにやりと笑う。
今、コイツ等は“怪人態”に成っている。
そう、バフォメットにも有ったんよ、怪人態。
つまり、ボクシング使った状態でも、コイツ、本気じゃなかったって事だ。あー、ムカつく。
絶対、後でぶん殴っちゃる。
あ、イヤ、その方が喜ぶのか、こいつの場合。なら、無視だな無視。
邪竜がドシンドシンと大地を揺らしながらこっちに近づいて来る。
「オドは、人が死ぬ瞬間、最も多く放出される。それ故に、アレはこちらをすり潰そうとしてるのだろう」
「反吐が出そうだな。……もしかしてガープが言った血の供物ってのも……」
「おそらくそうだろう」
美味しくいただくために、大量の人の死を用意しようとしたって事か。仮にも同じ国の人間だったんだろうが! アイツは!!
まぁ、すでに過去の話だ。気持ちを切り替えて行こう。
バフォメットとゴモリー以外が散開し、一旦距離を取る。アイツの言葉が正しかったかの様に、邪竜ほそのまま突っ込んで行った。
マジか。巨大な邪竜の角を掴み、押されてはいるものの、たった二人で突進を受け止めやがった。
ゴモリーの方が、少し、いや、かなり辛そうに見えるが。
動きの止まった邪竜に、ロボバトラーが手刀を突き入れる。外殻を突き抜け、黄色い体液が吹き出すが、如何せん範囲が狭い。
この巨体相手だと、マジで針を刺しただけの様なものだ……いや、俺だったら、それでも十分痛いんだが。致命傷に成らないって意味ではね。あと、昆虫、痛覚無いし。
だが、その出来た穴に、ロボウィザードが、ピンポイントで火炎魔法を命中させる。
外殻内部での爆発に、邪竜がたまらず仰け反る。
成程、聖武器同士の連携か。
「これは、俺達も負けてられんか?」
『【具申】サー、私達の一心同体の攻撃の方が上だと申し上げます。サー』
コイツ、結構負けず嫌いだよな。
思わず苦笑する。だが、ファティマの言う通りだ。バフォメットとあれだけ対抗出来る俺達が、あの二人に負けてるハズもない!
ましてや今はオファニムもいる。
今の俺達は、あの時より強い!!
ファティマとオファニムにプラーナを注ぎ込む。ファティマが灼熱に染め上げられ、オファニムの赤光が、加速し、クイイイイィィィィィィィン!! と、歓喜の声を上げるかの様な音が響く。
『【歓喜】サー!! 凄いです!! 溢れそうです!! サー!!!!』
言い方!! おまいは、ゴモリーに毒されすぎじゃねぇか? それとも天然なのか?
邪竜の懐に潜り込む様に走る。狙うのはファティマが刺さっていた頭部だろうが、その巨体故に物理的に距離が遠い。それに加えて、殆ど動きの無かった谷底とは違い、今は、身動ぎ足を踏み鳴らし、顎部付近の小さい方の触角もわさわさと蠢いている。いや、小さいって言っても、大人一人くらいの大きさは有るんだけどもさ。
頭部に一撃を喰らわす為には、先ずそこまで登らにゃならんわけだが、身動ぎ一つで吹き飛ばされる身としては、なるべく動きを制限したい所だ。ほんと、よくこんな所を駆け上がれたな、ウリ。
頭部に近付かれるのを嫌がったのか、それともファティマの事を覚えているのか、邪竜が頭部を振ろうとする。それは、魔族二人にとって押し止められるも、しかし、角の節の分は動き、俺の方に迫って来る。
やっぱ、質量があるってのはそれだけで脅威だわ。考えてみてくれ、大型のダンプが自分に掠るようにだとしても迫ってくる様子を。
俺と邪竜の間にファティマを差し込む。瞬間、意識を飛ばされる様な衝撃。何とか堪えようとはするが、身体が浮かされたる。
だが、邪竜もファティマの刃に当たって無事では済まなかった。自らの勢いが強すぎるせいで、ざっくりと外殻が切り裂かれた。ザマァ。
が、不味い。
前足が迫って来る。体が浮き気味の状態では、完全に避けるって事も出来ねぇ。
「くっ」
体を捩り、仰け反り気味にファティマを振るう。インパクトの瞬間。体内循環を加速させ、プラーナをファティマにつぎ込む。
刹那の閃光。
邪竜の前足が吹き飛ぶ。
俺は、ファティマを振り抜いた勢いで、転がるようにその場から脱出した。




