腹を決める
低い、低い重苦しい羽音をさせながら、小山の様なそれが空中を飛んでいる。たぶんその場に居た全ての人が同じような表情をしていただろう。
確かに瞳に映ってはいるんだが、脳がその光景を否定しているかの様に“理解”と言うものが追い付かねぇ。
あーうん。うん。確かにそうだ。カブト虫って飛ぶじゃんね。分かっては居たんだ。カブト虫が飛べるって事も、あの個体に羽があるって事も。
でも、実際に飛んでる所を見ると、何か“理性”がそれを拒絶しそうになる。
何と言うか「悪い夢の様だ」って感じで。
ブワリ、と忌風が吹いた気がした。
『【行使】【結界】ですわ!! シェルト・ウェル・コクット・バルティ・アズル・テオ・グラッパ・メイウルト・デケン、魔法名【サンクチュアリ】、ですわ!!』
誰よりも早くロボセイントが動いた。この場に広域結界を張る。虹色のドームが王都を包み込んだ。
結界を境にして、その外にあるあらゆる植物が、乾涸び、朽ちて行く。結界の外に残っていた兵士達も顔色を蒼白にしながら次々に倒れて行った。
「……なんだこれは」
思わずそう呟いた。前に対峙した時はこんな現象なんて起らなかった。『私の任務はそれまで個体名【邪竜】を抑える事です』。
手に持ったファティマを思わず見る。コイツが抑えていたのはコレか?
目的を果たす為の最短の行動。邪竜の能力を押さえていたファティマ。目覚めて……いや、目覚めてすらいなかったが故に、本能だけで行った反撃。全てが上手くかみ合って、それで訪れただけの幸運。
あの時、本当に運が良かっただけだったんだと思い知らされる。
必要ではあったが迂闊な行動。もしあの時、コレが発動して居たら……倒れる兵士とイブやエリス、ミカ達の顔が重なる。
「ふむ、オドを啜っている様だな」
耳元に無駄美声。ビクリと肩が跳ねた。
バフォメット!? ややこしい時にややこしい奴が!!
そう思って振り向く。
「……誰?」
この金髪イケメン。
「つ~れないではないかっ!! 吾輩のライッバルッ、トオオオォォォォォルよっ!!!!」
なんだ、バフォメットか。って、イヤイヤ、魔族相手に、なに安堵してんの? 俺!!
「そうよぉ、トールちゃんの愛人、ゴモリーも来たわよぉ」
誰が愛人か!! いらんわそんな物!!
俺の嫌悪が混じったオドを吸収したのか、ゴモリーの表情に欲情が混じる。もうヤダこの淫魔!!
ああ、ゴモリーも美女モードだ。なる程、魔族の姿だと問題があるもんな。
とりあえず、こっちに駆けて来ようとして、ゴドウィン候に羽交い絞めにされてる国王は見なかった事にしよう。
って、言うか。
「邪竜が、オドを?」
「うむ、啜っているな」
邪竜もオドを啜るタイプの魔物だって事か? オドを啜られ過ぎると……
「なる程、不毛の大地に成る訳だ。ってか、アレも魔族なのか?」
「ちっっっが~~~~~~~う!! あ、ん、な、本能だけの化け物とっ吾輩等を一緒にしないで貰いたいっ!!」
「そうねぇ、どっちかって言うと邪神様の在り様に似てるわねぇ」
え? 邪神って、そんな感じなの? 居るだけで世界が滅ぶ様な!? なんちゅう迷惑な!!
「で、もぉ。勘違いしないでね? トールちゃん」
「あん?」
「邪神様はぁ、思考の次元が違うだけで、ちゃんとゴモリー達を庇護してくれる存在なのぉ。だから、【加護】とかも与えて下さる訳! 本能だけしかなく、全てを喰らおうとする邪竜なんかとは違うんだからね!!」
いや、迷惑なのは変わりないだろう。つうか、どうする? この状況。
近付くだけで昏倒からの死って、理不尽にも程があるわ!!
今はロボセイントの【結界】のおかげで何とか持ってるが、それも何処まで持つか。
ってか、もしかして、もしかしなくてもこれって俺達のせいか? 確か、昆虫って嗅覚も鋭かったような? フェロモンで情報を伝達するくらいに。それって、俺達の匂いを覚えていて……
「この状況、俺達のせいか?」
『【否定】サー、おそらく、個体名【邪竜】は、戦場の空気を辿ってこちらに来たのだと思います。サー』
「で、あるな、戦場に蔓延する恐怖と歓喜、それと狂気に惹かれたのであろう」
「……」
まいったな、まさか魔族に慰められるとはな。うん、ネガティブになってる場合じゃ無い。
ピンチの時こそ成長するチャンス!! ピンチ有難う!! 有難うピンチ!!
良し!! 気合が入った!!
「うむ、それでっこそっ!! 吾っ輩っのっ! ライッバルッ、トオオオォォォォォォルっ!!!!」
うぜぇ。
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『【実行】【付与】【行使】【結界】ですわ!! ネベル・エウプテル・セプツ・レーネ・シェルト・ウェル・コクット・バルティ・アズル・テオ・グラッパ・メイウルト・デケン、魔法名【サンクチュアリ】、【付与】いたしますわ!!』
オファニムを虹色の結界が包む。ロボセイントが俺に【付与】をしてくれた。
「これで、結界の外に出ても大丈夫に成ったんだな?」
『【許諾】【結界】に注いだ魔力が尽きるまでは、ですが』
結界も魔力なんか。神聖力とか、何かそう言う謎エネルギーじゃないのな。
カブト虫が、王都に掛かっている結界にゴッツンゴッツン体当たりをしている。その所為もあって外に兵士を回収に出られないし、ロボセイントもここから離れる事ができない。
いやぁ、こう言う姿見ると邪竜も昆虫だって思うな。迷惑度が段違いで違うが。
しかし、ロボセイント、ここまで色々協力してもらうと、何か悪い気になるな。お礼とか必要かね?
「なぁ、何かお礼とか欲しいか?」
『【確認】どんな事でも宜しいのですか?』
なんか俺の手をとって、前のめりで聞いて来る。圧が凄いって圧が!
「お、おう。俺ができる範囲でなら……」
『【歓喜】ならば、ワタクシにも固有名を……』
『【不可】サー、聖弓は、この国からお礼を貰うので、サーが特別に与える必要はありません! サー!』
食い気味で言葉を遮るファティマ。えっと? そう言うもんか?
確かにロボセイントこと聖弓の使い手はエリスだしな。俺は、何故かガップリ四つに組み始めたファティマとロボセイントを放置して、結界の手前まで歩みを進める。
俺の横には、邪竜の影響を受けないロボバトラーとロボウィザード。
それと何故か、バフォメットとゴモリー……
いや、ロボバトラーとロボウィザードは分かるんよ。うん。
「何で?」
「ライッバルッ、トールが戦おうと言うのなら、吾輩がっ横に立たずに~、どぉうすると言うのだっ!!」
どうもしねぇし!! てか、お前絶対俺のオド狙いだろう!? 『あれ? 分かっちゃいました?』みたいな顔してんじゃねぇよ!! そんなツラすら似合うから無駄美形はムカつくんだよ!!
「ゴモリー、トールちゃんの愛人になる為にぃ、がんばるよぉ!」
愛人募集してねぇからな? つうか、お前、国王の側妃だったんじゃねぇのかよ!!
あっ、飽きたんだったか? 飽きたんですよね? そうか、飽きたか……残念だ。
いやまぁ、もうどうでも良いか。力貸してくれるってんだから。
そんじゃま、邪竜倒し、行きますか!!




