リスク管理
その日、俺の姿は貧民街に有った。
自分がゴブリンだと勘違いされていると言う話を聞いてから、討伐されるリスクを下げる為、色々と策を講じているのだ。
……あれ? 違うよな? 俺、ゴブリンじゃないよな? 確かにゴミ捨て場に捨てられた訳だからアレだけど、実はゴブリンだったから捨てられたってオチじゃないよな?
いや、双子双子、禁忌の双子だったから捨てられたんだって!
イヤ、まぁ、例えゴブリンの方が理由だったとしても、狩られたくはないんだが。
「よし、ミカ、ウリ、行くぞ」
「「オンッ」」
首筋をポンポンと叩くと、彼女は貧民街を音もたてずに走り抜ける。
ウリの方もそれに追従する。驚いた事にウリの身体能力はずば抜けて高い。それに、狩りのセンスも良いらしい。
何せ、飛んでいる鳥を仕留める事ができるからな!
壁を使った三角飛びで空中に舞った姿を見たときは、何の冗談かと思ったわ。
そんな二頭は競う様に加速しながら貧民街を疾走する。
表通りは、隠れながらコソコソと移動したけど、貧民街に入ってしまえば、むしろ、突っ切った方が良い。
見廻りの憲兵なんて、殆ど、いや、ほぼ来ないし、貧民街の住人の言葉では彼等は動かないだろう。
何せ、むしろ憲兵が捕まえるべき犯罪者何かが、貧民街ではうろちょろしている訳だからな!
だから、むしろ捕まらない様にスピード重視での移動の方が良い訳だ。
さて、何で俺がこんな所に来たのかと言えば、防壁をこっそりと抜ける為である。
と、言っても、別にこの街から拠点を移そうと考えている訳じゃない。
色々と情報を仕入れた結果、この街から離れるのは無謀だと分かったからだ。
いやぁ、流石は冒険者ギルド、下手な所行くより、情報が集まる集まる。
もちろん、正面から行った訳じゃない。下手すりゃ、そのまま討伐されかねないからな!
壁をよじ登り、天井裏や太い梁なんかに隠れつつ、盗みぎ……ではなく偶々聞こえて来た職員や冒険者の噂話何かを集めた結果、そう判断した訳だ。
途中、カンの良い冒険者に見つかると言うハプニングも有ったが……
なぜかその冒険者、悲鳴をあげて倒れたんだよな。なぜか。
後日忍び込んだ時、赤ん坊の幽霊が冒険者ギルドに出るって噂がたってたのは、俺には関係ない事だろう……うん。
だって、俺がされてるのはゴブリン認定だけで、幽霊認定なんて受けてないしな!
それはさておき、この街の名は『コールワート』と言い、一応、公爵領の公都らしい。
で、俺がゴブリンに間違われた事でも分かる通り、この世界には魔物が生息している。
魔物! 魔物ですわよ奥さん!! 魔法と並ぶファンタジーワード!!
まぁ、俺、魔法もまともに使えないけどな!!
さてさて、そんな魔物は、街の外に出れば、うじゃうじゃって程じゃ無いけどエンカウント率はわりかし高いらしい。
この公都から一番近い都市までは10日近くかかるそうなんだが、その場合でも道中2、3回は遭遇する程度には出てくるって話だ。
それも、定期的に討伐が行われ、比較的安全だと言われる街道で、だ。
当然だけど、ただでさえ魔物扱いされる俺が街道なんかを使える訳はない。
そうなると、道なき道を突っ切る事に成る訳なんだが、当然、エンカウント率はさらに上がると考えて良いだろう。
さっき、近くの街まで10日と言ったけど、小さい村や集落なんかは、もう少し近い。
ただ、そう言った場所だと人も少ないから、この街みたいな隠れられる場所は少なくなるし、俺の事がバレるリスクは高くなるので、そっちに移り住むってのも選択肢からは除外される。
なら、どうするか?
街の中にいくつか拠点を作るのは当然として、魔物の出現率の低い街の周辺にも避難場所を作っておいた方が良いと考えた訳だ。
リスクの分散ってヤツだな。
あわよくば、弱い魔物を倒して地力を上げられれば……なんて事を考えている訳なんだが、まぁ、そう上手く事が運ぶとか思ってる訳じゃないし、こっちは“できれば”って程度の可能性として考えているだけだけどな。
で、当たり前だが、俺が門から出入りできる訳が……1人ならできそうだけど、そんな事をすれば家族を置いて行かなけりゃならないから当然脚下だが……無い訳で、そうなると、他に出入りできる場所を作らないと行けない訳だ。
そこで白羽の矢が立ったのが貧民街だ。
先に言った通り、憲兵はほぼ来ないし、防壁からもそんなに離れていない。
怪しい人間の出入りなんてしょっちゅうだし、騒動なんて日常茶飯事だ。
つまり、こっそり何かやるには、うってつけの場所って訳だな。
なら、貧民街に住めば良いんじゃって意見もあるだろうが脚下だ。治安が悪いからとか色々理由は有るが、匂いとか、ニオイとか、臭いとか、とにかく無理だ。
……うん、無理だ。
それはさておき、俺は目的の建物に入り込み、半ば朽ちた廃屋の、その倉庫だったと思しき土間へと足を踏み入れた。
普通、こう言った場所には浮浪者やら野良犬なんかが入り込んでいるものなのだが、今は誰もいない。
いや、初めて見つけた時には有ったよ? 死骸。何のとは言わないけど。
最初はビビったし気分も悪くなったけど、良くも悪くも、人間、慣れる生き物だ。
今は、我慢すれば何とか、うん、我慢さえすればな。
俺もそろそろ新生児から乳児へランクアップする頃だ、弱音をはいている場合じゃない。
幸い、この貧民街なら死骸掃いて捨てるほどある。
人として何か大切なものを放り捨ててる様な気もするけど、今は『生存第一』だ。
……何で俺、街中でサバイバルなんてやってんだろ? 今さらか、今さらだな。
そもそも、この貧民街の連中だって十分サバイバルをやってるしな!
俺が土間に降り立つと、盛り上がった土の後ろからガブリとラファが飛び出してくる。
全身泥だらけで。
「ぐお! ちょ、ステイ! ステイ!」
俺が来た事が、そんなに嬉しいのか、尻尾をブンブン振りながら、飛び掛かってきたガブリ達を受け流し、マウントを取った俺は、そのまま『首筋ワシャワシャから入る愛犬可愛がり48手』の封印を解き放った。
伊達にコイツ等と、毎日戯れては居ないのだよ!!
その後、我慢できずにのし掛かって来たミカとウリに押し潰されたがな!!




