ケリを付ける
少なくとも、これでバフォメットとは1対1の状況になった。
「ほ~ら、お嬢ちゃん。ゴモリーはこっちよぉ」
「むー!!」
「アオン!! アオン!!」
「あら、偶には犬がお相手でも良いものねぇ。少なくとも、まだまだ乙女ちゃんなおこちゃま相手よりわぁ」
「むー!! むー!!」
「アオン!! アオンアオン!!」
……後ろは気にしない事にしよう。うん。
「ふむ、吾輩のライバル、トールが、この高みに来てくれたのだ。吾輩も、もう一段階上に上げるぞ?」
マジか。いや、まだまだ本気じゃないだろうとは思ってたけどもさ。
バフォメットはそう言うと、初めて構えを取った。
うえ!? これってデトロイトスタイルか!?
右手を顎前に構えて、左手はだらりと垂らした状態だ。これで左でフリッカージャブを繰り出して来たら、完全にデトロイトスタイルだろう。
まさか、こんな所でボクシングの構えを見る事に成るとはな。
ボクシングは前世でも最も洗練された拳での攻撃方法の一つだ。ショルダーガードみたいなガード方法と組合わされれば、酷く実戦的な戦闘手段でもある。
このデトロイトスタイルは、別名ヒットマンスタイルとも呼ばれていて、アウトレンジからのジャブで相手を寄せ付けない事に定評があるスタイルだったか。
だが、それもボクシングでの話だ。
いくらアウトレンジとは言っても、ファティマの方が射程は長いのも確かだ。
だが、攻撃が“速い”バフォメットには、確かにかみ合う構えだろう。
「さて、行きますよ? トォォォォルゥゥゥゥ!!!!」
空を切り裂き、ジャブが迫る。予想以上に速い!! そして予想通りに音の壁を超えて来る為、衝撃波が襲って来る。
フットワークを使い、インアウトを繰り返す。本格的なボクシングじゃねぇかよ!!
大振りになりがちな聖斧だとまず当たらない。
「悪い、ファティマ!!」
『【許諾】サー。妥当な判断だと思います、サー』
俺がファティマを手放す。彼女はロボメイド形態に変形すると、モップを構えた。
俺もその隣で拳を構え、体内循環をさらに加速させる。
今度はこっちが二人での2対1だ。卑怯とは言わせねぇ。そっちの方が格上なんだからよ。
ファティマがモップで牽制しつつ、俺が潜り込んで拳を放つ。旅中の野営のタイミングで、何度か試してみた連携の中では、これが最適解だと思う。
如何せん、試してみる時間がなさ過ぎたんで確証までは至ってないが。
だが、今はこれで押し通すしかない。
「ふむ? なる程。流石は吾輩がライッバルッ、トォォォォォル!! 初見にも拘わらず、よっくっぞっ吾輩のステップワークに喰らい付いて来てくれる!!」
お褒めに預かり恐悦至極だがよ、実は初見じゃないって言ったらどう思うかね? ボクシングも、そのデトロイトスタイルも、前世では見てるんだわ。でなければ、音速を超えるフリッカージャブの軌道なんざ、予想なんて立てられねぇわ!!
まぁそんな事、おくびにも出すつもりはねぇがな!
バフォメットのステップに必死で喰らい付きながら、俺は心の中でそう悪態を吐く。
「だ~がぁ、メ~イド!! お前はダッメッだっ!!」
そう言って、バフォメットのジャブが、ファティマにまで伸びる。俺は慌ててそれをブロックした。
「っつ」
魔力装甲越しでこの威力かよ!! 分かっちゃいたが、不条理過ぎだ!! このチート魔族!!!!
「ほ~ら、反応できていない!! せっかくのトールとの連携が、お前のせいで台無しだぁ!!」
『【要請】訂正を求めます!! 個体名【バフォメット】。サーと私は、ベストパートナーです!!』
そう言うファティマにまたしてもバフォメットの拳が襲う。俺は再びそれをブロック。
「それっ、吾輩のフェイントが全く読めていないではないか!! それに釣られ、度々動きを乱す。その分、ライバル、トールに負担がかかる」
『っつ』
流石と言うか何と言うか、この短時間でファティマの対人能力が低い事を看破しやがった。だがな……
「気にするなファティマ!! お前のフォローも俺の役目だ!! お前はお前の全力で、俺の背を守れ!!」
『【歓喜】イエス!! イエス、サー!!!!』
俺の言葉でファティマが加速する。感情があるなら、テンションによって調子が上下するのも当たり前だ。
今はファティマの横に立って居るのは俺だ。確かにコイツは対人戦闘の経験は少ない。だからこそ、フェイントに釣られてしまうのは、もはやしょうがない。フェイントや、ソレを見破る技術と言った物こそ、経験が必要だからな。
だからこそ、俺の経験が役に立つ。確かに、俺が産まれてからは1年ほどしか経っていないだろう。
だが、俺には前世の知識がある。その中には、向こうで見てた、こう言った格闘に対する知識や経験もあるのだ。だからこそ、そのフォローは俺ができる。
ファティマは、数少ない魔族に対して攻撃が通る仲間であり、俺の相棒の1人だ。
今、俺の隣に立てるのはコイツしかいないし、他に任せる気も無い。
それに、バフォメット、お前、自分で気が付いてるか?
今、ファティマに執着しすぎてるって事を。
三度ファティマを狙ったジャブを俺はかち上げた。
ファティマを狙ってるって分かってる攻撃を捌くのは、それほど難しい事じゃない。例え音速を超えてたとしても、だ!!
「おお!?」
それにな、俺とファティマの連携は、お前が思ってるほど拙い訳でもない!!
ファティマが、バフォメットの右手を牽制する事でボディがガラ空きに成る。
息を吐く。あの時の感覚を思い出す様に、なぞる。
足から膝、大腿。そして腰から胸、肩へと螺旋が繋がり、二の腕、前腕、そして拳へと続く。
空気中から、そして大地から沸き立つ龍脈の気を吸い込み、その全てを濾し取る様に呼吸を正す。
これが命流の気だと認識できた事で、大地に流れている物もまた龍脈の気だと認識できる。
螺旋の流れ、自身の循環する流れ、そして外界の大きな流れ。それらを濃く、深く、速く混ぜ合わせる。
『【応援】サー! やっちゃって下さい!! サー!!』
「応」
空を裂き、音を置き去りにして、10cmに満たない拳が、バフォメットの腹部を貫いた。




