忍び寄る陰
「これがその?」
「はい」
サイレンの伝言を聞き、残った書類をエクスシーアに押し付け……で、なく、任せて、取り急ぎ獣人の王国に向かった。
あんまりイブ達に聞かせたくはない情報だったんで、俺と犬達とジャンヌだけってぇ少人数で、だ。なんで、乗って行ったのはケルブに直接跨っててぇ乗馬スタイルで。
国王君の伝言では、ソレは、獣人の聖女に託してあるってぇ事だったんで、王都には向かわず聖女の拠点である屋敷のある街へ、そして突然の訪問にも関わらず快く受け入れてくれたスーリヤから、国王君に託されたと言う丸薬を見せて貰った。ってか、国王君からスーリヤに話は通ってたってぇ訳だ。考えてみれば当たり前だけんどもよ。
そしてコイツが最近巷に出回ってるってぇ薬な訳だ。何でも『疲労回復、滋養強壮に効果を発揮し、感覚が研ぎ澄まされる』ってぇ代物なんだとか。
それをサイレンから聞いたからこそ、俺は大急ぎでここまで来た訳なんだがよ……何か前世でも聞いた様なフレーズなんだよ、悪い意味で、さ。特に『感覚が研ぎ澄まされる』ってぇ辺り。だから徹夜での受験勉強にも最適だとか何だとか……
「……もしかしなくても、依存性があるだろ? このクスリ」
クスリを使ってる間だけ感覚が鋭くなったり、疲労感を感じなくなってるってのなら、ソレが解消されっちまった時に、再び同じ感覚を求めて手を出すなんてぇのは、予想に難くない。
「分かりますか」
そう言うスーリヤの言葉に、自分の表情がゆがむのを感じる。まんまかよ。いや、丸薬ってぇ時点で、前世のアレとは違うってのは理解している。だが、“手を出せば身の破滅を招く”ってえ部分は同じなんだろうなぁ。多分。
てか、市民の皆さんは、よくこんな妖しげな物に手ぇ出せるよな。俺なら先ず手を出せないわ。こんな虹色に光る赤紫色って時点でもうさ、怪しさ全開だし。
「どうやら、これは冒険者を中心に出回って居る様なのでございます」
イネスさんが、そう追加の情報をくれる。冒険者ってぇ事はヴォルフガングが何かしてるってぇ事か? それとも別口なのか。その辺りの情報は、まだ届いてないらしい。
たださぁ、依存性があるってぇ時点で駄目じゃねぇのか? 普通。
「これって、取り締まれないのか?」
「依存性と言っても、嗜好品と同程度のモノですし、中毒性と言う程激しいものではありませんから……」
そう言ったスーリヤから詳しい話を聞けば、コレは押収品って訳じゃなく、普通に兵士の中にも広まりつつあるモノであったらしい。
ただ、あまりにも怪しげな見た目である事もあって、見咎めた新しい軍務卿によって回収されたものなんだそうな。まぁ、兵士が怪しげなクスリを常用してるとか、人聞きが悪いなんて物じゃねぇしな。
そんなこんなで、それが国王君経由で、俺の方まで来た、と。
『怪しい薬が出回ってる』って聞いた時は焦ったわ。まぁ、中毒性があるって程、酷い物じゃなくて良かったけんどもよ。
ただ、聞く限り、出回ってから、結構な時間が経ってるっぽいんだよな。それで中毒者とかが出てないって事は、それほど危険って訳じゃないのか? いや、そう考えるのは危険か。むしろ。それだけ広く浸透してるってぇ事自体が危険かもしれない。そもそも、冒険者を中心に広まってたってぇ話なんだから、ソレが、普通なら取り締まるであろう兵士にまで手に入るくらいに、当たり前にありふれた物に成ってるってぇ事だろ?
あれ? もしかして、俺が思ってるより不味い状況なのか?




