旅の支度は大変です
(すぐに旅支度をせんとな)そんな事を考えながら、俺は教会に戻った。
幼児姿でウロウロしてるのを人目にさらしたくない為、壁を駆け上って天井裏の俺の部屋に直接入る。
と、ドタバタと足音がした。
『【要請】サー!! 救助を要請しますサー!!』
「あん?」
「ちょっとだけで良いんです!! 分解させてくれとは言いません!! ちょっとだけ、ちょっとだけ関節の動きを見せて、できれば触らせてくださ~い!!」
ロボメイドが俺に抱きついて来る。その後を追ってマトスンが……って。
俺は飛びつきヘッドシザースからのフランケンシュタイナーでマトスンを床に沈める。だって、気色悪かったんだもん。特に表情が。
『【歓喜】サー!! 有難うございますサー!!』
一瞬、俺から離れていたロボメイドが、再び俺に抱きついて来た。よっぽど怖かったんだろう。しかし、この短時間で俺がコイツに与えたトラウマを上回るトラウマを植え付けるとは!! マトスン、怖ろしい子!!
「これは、トラウマイスターとして、俺も負けては……」
「何を言っておるのじゃ? オヌシ様」
「トール、さま、おかえり、なさい」
呆れ口調でそう言ってこちらに向かって来るエリスと、ロボメイドに対抗する様に、いつの間にか無表情で抱き着いているイブ。そして、そんな二人の間にバラキがグイグイと潜り込んで来た。うん、カオス。
そしてキャルとマァナ、端っこから覗き込みながらニヤニヤしてんじゃねぇよ。
『【報告】サー!! 私の身体を見たこの者が、「ギアの接続はどうなってるんだ?」とか「ケーブルでの作動じゃないのか?」等と卑猥な言葉を呟きながら近づいて来て、怖かったのですサー!!』
あっ、ロボメイド的には卑猥な言葉なんだそれ。てか、俺の呼称“卿”で固定なんだな。
どうもロボメイドの情緒が不安定だ。存在意義が揺らいでるからじゃろか?
圧倒的な力量差のある俺が、態々ロボメイドに“嘘”を吐く必要は無いって事を理解して、マスターとやらが既に亡くなっているって事は理解できてるっぽい。いや、理解は元々してたのか。感情的納得ができなかっただけで。
まぁ、それについては受け入れつつある訳だが、そうなると、武器としては見捨てられた状態で、その上、唯一の心の拠り所だった『邪竜を封印してる』って存在意義も、この間、俺が解消してしまった訳だ。本来なら『魔人国で暗躍する魔族を倒す』って事を次の存在意義にして貰えりゃ、こっちも聖斧が手に入ったって事でWIN-WINな関係に成ったのかもしれないが、実際ソレが必須なのはエリスだけで、俺は実は素手……まぁ、魔力装甲ありきだが、それでも、一応の対抗ができる訳だ。
今の彼女の立場は言わば「俺の予備」とか「俺がメインでロボッ娘副武装」みたいな状態。
そのせいで森の中を移動している間中、俺にコンプレックスを抱えて居たっぽい。
表情が変わらないハズなのに、俺の事をずっとジト目で見ていた様に感じた。
イブとロボメイドの二人でダブル無表情ジト目。あ、イブさん、何か察しないでください、オネガイシマス。
そんな彼女の態度が軟化したのは、偏に偽装鎧のおかげだ。森の出口、街道にもほど近い場所に隠してあったソレの胸部装甲を開き、中に乗り込んだ俺を見て、目を輝かせたのだ。
どうも搭乗型はロボメイドの夢らしく、彼女の心の何かに突き刺さったっぽい。と言うか、何処を目指してるんだ? 聖武器。
それはともかく、ギルドで聞いた話が本当なら、なるべく早くここを出発しなきゃならんだろう。
「エリス」
「うぬ? なんなのじゃ?」
「王弟が宣戦布告を出したらしい……三日前にだ」
「!!」
エリスが息を呑むのが分かった。彼女の恐れていた事の一つである内戦が遂に始まってしまったのだから。
三日前に宣戦布告をし進軍を開始したとしても、すぐに全面戦争にまで発展する訳では無いが、おそらく王都を目指す上で、その道中にある国王派の領地での戦闘は避けられない。
もしくは、その領地付近にいる王弟派との小競り合いは既に始まっているかもしれない。
国王が王弟を何処で迎え撃つかにもよるが、おそらくは王都付近に成るだろう。まったく時間が無い訳では無いが、そう余裕もない。
それに、戦争が始まってしまっているなら、裏に居る魔族を倒しただけでは、この戦争を終結させる事は出来なくなった。
何せ、周辺国家の思惑とかもあるからな。
着地点を何処にするべきか? うん、これ一般幼児が考える様な事じゃないな。一般庶民ですよ? 俺。公爵嫡男だったのは“元”だし。てか、認知される前に嫡廃されてるし。
いや、そんな事を考えてる場合じゃ無かった。
「急いで旅支度をするぞエリス」
「うぬ」
俺の言葉に、エリスが静かに頷いた。
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翌日を旅の準備に当てたさらに翌日。俺達は早朝から公都を出た。メンバーは俺と犬達のいつもの狩りメンバー。ただしセアルティは留守番。スマン、消去法で留守を頼める程シッカリしてんのがお前しかおらなんだ。そして、エリスとロボメイドは当然として、何故かイブ。
隣国だし内戦中だし、魔族と闘わんとだし、おじさん、留守をしててほしかったんだが、今回のイブは強敵だった。
なんかキャルとマァナもイブの味方に付きやがるし。
いや、長距離の旅に幼女を連れてくってどうよ? と思ったんだが「トールちゃんなんか、まだ赤ちゃんでしょ!!」と言うキャルの正論にグウの音も出んかったわ。そうそう、俺、幼児だったわ。
仕方ないんで、絶対に俺の言う事を聞くって条件で、渋々だが同行させる事にした。
次に問題だったのが第二夫人。俺がちょっと長く来られなくなると言ったら駄々こねるわ駄々こねるわ。
いつもの宥めすかしからの説き伏せ、仕上げは肉体言語での子守歌のフルコースで納得(またの名を気絶)して貰った。ちゃんとお詫びも兼ねて新しいヌイグルミとポプリは置いて来たけどさ。
最期に問題だったのが何を隠そうロボメイド。今回必要ないんで偽装鎧を置いてこうとしたら、『【希望】絶対に連れて行きます』と駄々をこね始めやがったんよ。
よっぽど心に刺さったせいかと思ったら、変態の所に偽装鎧を置いておくのが嫌だったんだと。
『【追及】それにカレは、貴方の大切な外部装甲ではありませんか!! 半身であるカレを置き去りにして、どうして完全体に成れるのですか!!』
と、熱く語られたんだが、うん。おじさんには分からないかな? え? 俺の事、偽装鎧含めて1ユニットだと思ってるんか?
とりあえず、マトスンが偽装鎧の共同制作者である事、メンテナンスは彼に任せて有る事、メンテナンス用の道具も資材も教会にある事を説明して、渋々納得してもらった。
うん。なんで俺がここまで気をつかわにゃあ成らんのだ?
『【不服】サー、サーがそこまで仰るのなら、私としては非常に、非っ常ーーーーに不服ではありますが、今回は諦めましょう。サー』
あ、うん……今回?




