聖斧
奈落の谷の上まで駆け上がった俺達は、無事にミカ達と合流した。
「って、念の為!!」
そう言って俺は、崖の上を渾身の力で殴り、崖の際を崩し落とす。
おおう、流石に漆黒の魔力装甲、思ったよりも広範囲の崖が崩れた。
とは言え、さすがにこの谷の全てを埋めるって訳にゃ行かなかったが、この規模なら、邪竜がこっちを追跡しようとか思ってたら、その邪魔にはなってるだろう。
あわよくば、瓦礫で潰れてたら……良いなぁ。
まぁ無理だろうけど。
邪竜を何を以て邪竜としたかは分からないが、たった一匹で4kmからの土地を不毛の大地へと変えられる生き物だ。
実際、昆虫ってのは怖い生き物でもある。あの小ささで人間位殺してしまえたり、大量発生で災害級の被害を及ぼしたり……飛蝗なんか良い例だ。
討伐された理由は多分それだろう。害虫駆除って訳だな。カブト虫だけに。
『【警告】私を元の場所に戻して下さい。個体名【邪竜】の封印を継続しなければなりません』
聖斧から警告が来た。そう言えば「抑えてる」的な事を言ってたっけか。
「トール、さま?」
「な、何じゃ? 聖斧から声が聞こえるのじゃ」
『【警告】私を元の場所に戻して下さい。個体名【邪竜】の封印を継続しなければなりません』
この世界には、意思を持つ武器と言う概念は無いんじゃろか? 聖斧が発する声にイブが俺の方を伺い、エリスが目を見開いている。
無機物が言葉を発する事に頭の中で疑問符が湧いているんだろう。
「まぁ、人格のある武器だって事だよ」
エリスは納得いってない様子だが、イブの方は「さすが!」みたいな表情をしている。
いや、おじさんちょっとイブさんの無垢具合いに不安が湧いてきたんだが?
とりあえず置いとくか……
「悪いが、まだ戻す事はできねぇ。こっちだって必要だからお前を探してたんだ」
『【異議】それはそちらの一方的な事情です。私にはマスターの命令を遂行する義務があります』
確かにそうかも知れないが、そのマスターってのは数百年前の人間の事だろう? 今まで放置してたって事は、邪竜を何とかする方法が見つけられなかったか、とりあえず封印できたって事で良しとしたか。もしくは、邪竜の一件を誰かと共有する前に亡くなったか……
「なぁ、エリス」
「何じゃ? オヌシ様」
「邪竜討伐をした人物ってのは、その後どうなった?」
「うん? 確か当時の王女と結婚して、幸せに暮らしたと伝えられてるのじゃ」
……一番か二番か……いや、邪竜は討伐され、聖斧は失われたって事に成ってるって事は……
「何か後世に言葉とか残さなかったのか?」
「いや、特に残した言葉は無かったと思うのじゃ」
聖斧は、邪竜の機能を麻痺させるために頭に突き刺さっていた。おそらくだが、当時も聖斧は、同じ様に話す事ができていたハズだ。
って、事は、邪竜は討伐なんざされてなく、ただ、麻痺して動けなくなっているだけだって事は、そのマスターとやらも分かっていたハズなんだ。
にも拘らず、邪竜は討伐された事に成っていて、その上、後世には何の伝言も無い。
「二番で確定かな?」
「何の話じゃ?」
「いや、無責任な話もあったもんだと」
「オヌシ様が何を言いたいのか、まるで分らんのじゃ」
「気にするな」
俺はウリから聖斧を受け取ると声を掛ける。
「任務に忠実なのはわかるが、少しばかりこちらに協力をして貰いたいんだよ。その後なら、邪竜についても対策を考えるからさ」
『【拒否】個体名【邪竜】対策は、マスターが行っています。私の任務はそれまで個体名【邪竜】を抑える事です』
うん? マスターとやらが既に亡くなってる事を理解できていないんか?
確かに、この手の知性のある無機物係の話だと、よくある展開ではあるが。
「悪いが対策なんて進んじゃいねぇよ。マスターとやらは、すでに亡くなってるし、それから何百年も経っている」
『【異議】貴方の言葉に信憑性はありません。マスターが死亡していると言う根拠を示して下さい』
その言葉を聞き、俺は大きく嘆息する。杓子定規のAIじみた存在かと思っていたが、そうでも無いってこったな。
そしてコイツは死亡と言う状態を理解している。ただ、そうなると自身の存在意義が失われかねないから、ソレを守ろうとしているだけだ。
「“不在”を証明する事はできない。それはむしろお前の方が“理解”できる事じゃないのか?」
『!』
「うぬ? どう言うことなのじゃ?」
イブとエリスが揃って首を傾げている。
「つまりな、“いる”って事を証明するためには、実際に見せてやれば良いけどさ、“いない”って事を証明するためには、一瞬で今の世界の全てを見せて、いないって事を見せない限りはできないだろ?」
「そ、その様な事、不可能なのじゃ」
エリスの言葉に、イブもコクコクと頷く。
「そう、そしてそんな事はコイツも理解しているだろう。何せ、人間の様に感情に理由をつけて物事を考えるんじゃなく、理論ありきで思考しているハズなんだしな」
『……』
「普通、人間は何百年も生きられない。そして、死ぬと分かっていたなら、待たせていると思っている相手を……」
「きっと、ほうち、しない」
「だよなぁ、普通。その上で、後世に何の言葉も残さなかったって事は」
「なる程、それで無責任だと言ったのじゃな」
そんな風に話をしていると、突然、聖斧からの衝撃が腕に走った。
「っと」
魔力装甲のおかげて痛みはないが、予想外の事につい聖斧を取り零してしまう。ガシャンッという音を立てて聖斧が地面に落ちた。
『【否定】貴方の言う事は信じられない。私はマスターの言葉を信じる』
こんな状態でも自身を振動させる事位できるらしい。しかし、『信じられない』に『信じる』か、どう言う理屈で自意識を持っているのかは分からないが、もし、AIの様なプログラムからの発生だとすると、既にシンギュラリティーを超えてるんじゃねぇか?
『【宣言】私は個体名【邪竜】を封印する為に戻る』
いや、ガタガタと動けるくらいじゃ無理だと思うんだが? 空中浮遊でもできるんなら、また別だと思うがよ、現状、それをやってないって事は、つまりできないって事だろ?
第一さ。
「その状態で邪竜の所まで戻ったって、まともに動けない以上、再び頭に突き刺さるのは無理だろ」
『【宣言】できる。私には奥の手がある!!』
「何?」
奥の手? もしかして、ソレが邪竜を動けなくしていた能力なのか?
『【宣言】見ていなさい!! 私の【変っ身っ】!!』
なん……だとっ……




