ザ・サード
俺達が近付くにつれ、警告される回数が多く、間隔が短く成って行く。
そしてついに……
「デカイ、デカイとは思ってたけど、角が立ち上がるとアホほどデカいな」
邪竜は動き出し、俺達を威嚇するかの様に角を持ち上げた。竜と言うのにカブト虫とはこれ如何に? いや、まぁ竜って言ったって俺の中のイメージなだけで、この世界ではコレが竜なんだろうけどさ……そう言えば、トンボって英語だとドラゴンフライだったっけか?
なら、カブト虫が竜でも可笑しか無い……のか?
しっかし、数百年以上前の生き物がまだ生きていたって方が驚きだ。でもまぁ、そもそも虫ってのはエネルギー効率の良い生物だそうだし、前世でのダイオウグソクムシなんかは、何も食べずに5年も生きていた個体も居るらしい。
それに冬眠なんか、4か月以上も一っ所で動かず過ごす訳だしな。もしかしたら、この数百年、クマムシみたいに仮死状態になって居ただけって可能性もある。
まぁ、その辺はどうでも良い。
成程、こうやって見ると、あの角は首長竜が頭をもたげている様に見えるな。擬態と言う奴だろうか? だとすると、別にドラゴン的生物も存在するのか?
実際のコイツの頭は角の付け根にある訳だから、角を頭部だと勘違いして攻撃しても、左程効果は無いのは当たり前だ。
何せあそこは角だ。戦う為の器官なんだからな。攻撃されて当然、攻撃して当然の場所だ。だが、俺達の目的は邪竜に勝つ事でも邪竜と戦う事でもない。
聖斧を手に入れる事だ。ならば、俺達がやらなけりゃ行けない事は……
ウリに目配せをすると、『分かってるよ』とばかりに一吠えし、狙いを絞らせない様にかフットワークを使って左右に場所を移動しながら走る。
俺は、灼熱化まではした魔力装甲を纏うと、空中に身を躍らせた。
昆虫の耳は実は脚にある。その為、地面の振動を細かく察知する能力に長けている。そして、眼の方も複眼なんで、下手すりゃ人間以上だとも言われている。確か、紫外線や赤外線まで見えてるんだったっけか?
だが、脳は発達してなくて、身体の胴体部分に神経塊と言うべきものが有り、それらが、体の各部をコントロールしているんだったか。
恐竜なんかに見られたと言われる副脳の様なもんだな。
だからこそ、その反応は本能に根差した反射的な物が多くなる。
ウリが俺に先んじて攻撃を仕掛ける。邪竜は当たり前の様に角を使ってウリに反撃をした。そうだよな、地面からの振動が感じられてるんだから、そっちを優先するよな。
反射的に行動をするって事は、その反射反応を使って動きを誘導できるって事でもある。
俺は、空中で身を翻すと大気を蹴って、邪竜の頭部に刺さってる聖斧へと一足飛びに近付いた。
別に邪竜は、俺らが聖斧を狙ってるなんて事は理解していないだろう。ただ、自身に近付いて来るものを排除しようとしているだけだ。
地面からの振動に敏感だからって、空中に居りゃあ、こっちに気が付かないだろうなんて思っちゃいない。何せ、昆虫が人間以上に目が良いなんて事も分かって居るんだからな。
俺は、角をウリに振り下ろした反動も使って、こちらに振り回して来た尻尾を空中で受け流す。当然だが、自動車サイズもある物体が、ぶつかるどころか掠りでもすれば、赤ん坊の俺なんてひとたまりもない。
普通ならな。
漆黒の魔力装甲が、物理法則ごと極太の尻尾を叩き下す。ただし反動で斜め上に弾き飛ばされ、壁面に叩き付けられた。
魔力装甲が無けりゃ、死んでいた所だ。
そもそも、まともに受けるつもりは無かった。重要なのは地面に尻尾が降りている事、尻尾の位置が前方向に行っている事で、後はどんな状態でも構わなった。特に、俺の状態なんてな。
前方に伸びる角と、後方に伸びる尻尾。昆虫って事も有って、筋力が普通の生物より強力だったとしても、この二つを動かすのは並大抵の事じゃないだろう。
俺達が邪竜に向かっていく時、角を持ち上げる為に、コイツは、先ず尻尾を水平に伸ばした。要はそうしなけりゃ角が持ち上がらなかったって事だ。
つまり、邪竜は角と尻尾でバランスを取って居るって事に成る訳だな。
ウリを叩き潰す為に角を振り下ろし、俺を叩き飛ばす為に振り回した尻尾は弾き下ろされた。頭の方へだ。
こうなると、再び角を持ち上げる為には先ず尻尾を後方へ戻さなけりゃならない。つまり今、本当の頭部はがら空きって事に成る。
もしこれが動物だったとしたら羽根で防御するって事が有るかもしれないが、昆虫は、とくにカブト虫の羽根は頭部の方にまでは可動しない。そしてそれは脚部も同じだ。これが蟻だったりしたらまた違うんだがね。コイツがカブト虫で助かったわ。
なぁ邪竜さんよ。確かに俺は弾き飛ばされたが、お前と対峙しているのは俺だけじゃないって事、忘れて無いよな?
「ウリ!!」
「アオ―――――――――――――ン!!!!」
邪竜の体表を駆け上がったウリが、聖斧の柄を咥え、一気に飛び去る。
俺も、壁を蹴って邪竜の上を突っ切ると、そのままブーストまで発動してポカンとしているイブとエリス、尻尾を振るバラキを掻っ攫って走り抜けた。
今回はスピード勝負。だからこそ身体能力向上の使える俺とウリだけで邪竜と対峙した。バラキも、それが分かって居るから渋々手を引いてくれた訳だ。
「あ~~~~ばよ、とっつああぁぁぁん!」
「アオ~~~ん!!」
怪盗風味で走り去る。
俺達の目的は邪竜を倒す事なんかじゃない。聖斧を持ち帰る事だ。なら、何を優先させるかなんて事は決まっている。
多分、何が起こっているかなんて理解していないってか、そんな知能も無いだろう邪竜を尻目に、そのまま俺とウリは壁面を駆け上がって行った。




