きちまった
イブとエリス、何でか二人の間に緊迫した空気が漂う。
え~と、イブさんにエリスさんや、今はこんな事をしている場合じゃ……
そしてバラキさん、何故お前もそこに乗っかるかね? ミカ、『あらあらウフフ』みたいな雰囲気出してんじゃねぇよ。
てか、こんな無駄な時間使ってる場合じゃねえんだよ。
そう思い、俺が口を開きかけた瞬間。
パチパチパチパチパチパチパチパチ。と拍手の音が響き渡る。
覚えのある気持ちの悪い気配に、思わず拳を構えながら空中に視線を向けた。
犬達も即座に臨戦態勢を取り、低い唸り声を上げる。
「バフォメット……」
蝙蝠羽根をはばたかせた、山羊頭の魔族がそこにはいた。
ガープを肩に担ぎ、俺達を見下ろした状態で……だ。
バフォメットの放つ異様な気配に、さっきまで睨み合っていたにも関わらず、イブとエリスが身を寄せ、ガタガタと震えだす。
何を考えてやがる? 今なら、奇襲を掛けられたはずだ。確かに最初もこちらが姿を確認した後に動いてはいたが、あの時はオートモードとかで、言わば本能だけで動いていたから、むしろ『何も考えていなかった』んだろうが、今のヤツは、理性を手放している様には見えねぇ。
「イヤイヤ、素晴らしい! 一度成らず二度も我々を退けるとは、実に素晴らしいぞっ! 人っ間っ!!」
「!!」
何……だとっ……
二回目にして疑問符が取れた! ようやっと人間に進化できた!! ……人間扱いだよな?
「それに……エリステラレイネ姫」
エリスが、バフォメットに名を呼ばれ肩をビクリと跳ねさせる。俺はエリス達とバフォメットの間に、立ちふさがる様に割って入った。
その俺の服の裾を二人がキュッと握る。
多少は回復してきてるとは言え、さっきの戦闘で、魔力はスッカラカンだ。
だが、怯える女の子の前でみっともない姿は見せられねぇ。
『辛い時ほどニヤリと笑え』だ!!
「見直しましたよ」
「……何の、事じゃ?」
バフォメットの言葉に、エリスが訝しげに眉をしかめる。この二人が追う者と追われる者だと言う事は聞いている。
だが、個人的にどんな関係だったかと言う事まで説明された訳じゃない。
バフォメットの様子を見ると、まるで親しい関係だったかの様な言い回しだが、当のエリスを見れば、何故こんな親し気に声を掛けられているのか理解できていない様に見える。
もっとも、俺の出会った者の中で言えば、バフォメットは、トップクラスに何を考えているか分からないヤツではあるんだがな。
「まさか、聖武器を探してい、た、と、はっ!!!!」
「そ、それが、何だと言うのじゃ!?」
大仰に手を叩いていたバフォメットだったが、ピタリと手を止め、大きく両手を広げると、天を仰いだ。
「すっばらしういいいぃぃぃぃぃ!!」
何が!?
見ろ!! イブとエリスどころかミカ達すらドン引きしてるじゃねぇか!!!!
「姫、等と言われていてもっ!! 所詮は殺戮と蹂躙と闘争から逃げ出した軟弱者の末裔っ!! パパに叱られ逃げ隠れるのが関の山だと思っていたのですがっ!! ま~さか、まさか、我々魔族を向こうに回し勝利する為に、聖武器を探そうとして居るなどっ!! ナァ~イス闘争心!!」
その姫、今まさにお前を目の前にして涙目なんだが? それに、持っているのは、どちらかと言えば闘争心と言うより愛国心だと思うぞ? 後、国民に対する責任感とか。
「逃げ惑う子ネズミの後を追っかける、つまらない仕事だと思っていたのだが、どうしてどうして心躍る展っ開っ!! いや、これが窮鼠猫を噛むと言う奴かな? 子ネズミだけにっ!!」
面白くないからな? その例え。と言うか、やはりコイツの思考回路は意味不明だな。いや、戦闘狂って事なのか?
だとしても、意味が分からない言動が多すぎる。
「ゆ、え、にっ!! 吾輩は肯定するっ!! 聖武器を探索する事をっ!! わ~れらを殺せる希望を求める事をっ!!」
……えっと? これは見逃してくれるって事か? チラリとミカに視線を送るが『分からないわ』とばかりに首を傾げられた。
イブとエリスに至っては思考を放棄しているらしく、困惑した様子で俺の背中にしがみ付いている。
いや、隠れられてないからな? おまいら。
俺は、構えを解かないまま身体能力向上だけを発動させる。
魔力装甲どころか魔力外装ですら発動させるのは厳しいが、身体能力向上は元々パッシブで発動していたからか、むしろこの状態の方が自然に感じられるんだよな。
元々、何を考えているか分からないヤツだ。唐突に気が変わってと言う事も有り得る。少なくとも、これで受け流し位はできるだろう。もっとも、今の状態だと受けた途端に腕は使用不可能になるだろうがな。
だとしても後ろの二人に攻撃が行くよりは何ぼかマシだ。
ミカ達に視線を遣り、『もしもの時は二人を連れて逃げてくれ』と言う意思を送るとウリ以外が頷いてくれた。
ウリは『ボクは一緒に闘うよ!』とでも言いたいのか、低く唸ってきた。
分かったよ、相棒。
臨戦態勢を整えつつある俺達を見て、バフォメットの瞳に愉悦が宿る。
「んん~~~~!!!! 良い闘、争、心っ!! 流石は吾輩のライッバルッ!!!!」
「は?」
今、なんつった? ライバル!? 強敵手と書いて読むあれか?
それ以前に、何故ライバル扱い?
アレか? 乾坤一擲のアレのせいか?? アレがコイツの琴線に触れたのか?
だとしても、なぜ何ホワイ?
「クククッ。良い目をしている」
そう言われ、思わず周りを見回す。
多分絶対、今の俺の瞳には困惑しか貼り付けられていないと思うんだが!?
「何をキョロキョロしている。このっ! 吾輩の【恐怖】前にして、心折れぬ者が存外するっとはっ!! 何という行幸! 何という幸福!!」
やっぱり、俺で合ってるらしい。ってか、何? その、恐怖の大魔王っぷり!! ボスなのか? 最終ボスなのか!?
あと、犬達も心折れてなんか居ないんだからね!!
「クククッ!! 貴様とは、良い破壊を行えそうだっ!!」
やんないよ!?




