改教するとこうなると言う例
しばらく進むと視界が開け、渓谷の様な場所に出た。何と言うか、石切場? なんかそんな感じの場所だ。昭和の特撮で使ってそうな所だな。
「うむ、ここが邪竜が縄張りにしていたと言う『竜の渓谷』なのじゃ!!」
「まんまだな」
分かり易いが。
エリスに案内され、森の中を移動すること3日。予定よりも随分かかったな。
日帰りのつもりだったんだが。
いや、エリスが犬達の背に乗れたら日帰りができたんだ。空飛べるくせに犬に乗るのを怖がるとはどう言う事だ!! 俺なんか生後三日と経たずに犬にライドオンしとったわ!!
おっと、今はそんな事で憤ってる場合じゃ無い。イブ達の我慢が限界を迎える前に事態の収拾を図らねば。
イブのやつ、あれで結構な心配性だからな。俺が何か面倒事に巻き込まれて居るとなれば、じっとしていないかも知れない。
まぁ、心配性の原因、俺だけどな。伊達にイブの前で何度も倒れてないわ!!
とは言っても、相手が相手だ、イブも結構強力な魔法を使えるが、果たして太刀打ちが出来るかと言われれば疑問符が付く。
第一、普通の手段じゃダメージを与えられないらしいしな。
そもそもの話、あの子を戦わせると言う選択肢は俺にはない。
う〜ん。大人しく待っていてくれると良いんだが……
「どう思う?」とバラキに訊ねると、『無理なんじゃないかな?』ってな感じに首を傾げた。
そうか、お前もそう思うか。
まぁ、どうにもならない事を悩んでてもしょうがない。為る早で聖斧を見付けるべさ。
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渓谷は森の中にぽっかりと空いた穴の様に、その場所だけ木々が殆ど生えていない。まるで、その場所だけ切り取られたかの様に、赤くヒビ割れた岩石の様な地面に変わっているのだ。
「……どう言う理屈だ? これ」
「うぬ、この土地は邪竜の邪気で、草の生えない土地へと変質したと言われておるのじゃ」
邪気ねぇ。最近のファンタジーではあまり聞かなくなったワードだなぁ。今だと瘴気とかか?
「……のう、報酬の事なんじゃが……」
「ああ、だから、全部解決した後にお前のおとっつあんに請求するってばよ」
「ぬう」
まだ納得して無かったのか、この娘は。
詳しい話を聞いた後、当然、報酬の話に成ったんだが、エリスのヤツ、「ワシを好きにしてくれて構わんのじゃ」とか言い出しやがった。
何でも、今、俺に差し出せるモノがそれ位しかないからって事だが、こんな状況だ。報酬なんて全てがマルっと収まらにゃ、当然、払える訳も無い。
なんで、俺は全部解決してから、正気に戻ったエリスパパから貰うと言っているのだが、何故かあまり納得して無いらしい。
そもそも、好きにしてって、幼児に何をしろと?
何かむくれているエリスをサクッと無視して、ガラガラと崩れ落ちる赤土の地面を下に下にと進んで行く。
伝承通りなら聖斧は奈落に、つまりは底すら確認できない程の谷底に落ちてるって事に成る。邪竜の亡骸と一緒に。
だが、この渓谷が森の中の一区域だとしてもけっこうな広さがあるのも確かなんだよな。この星が地球と同じ大きさだとしたら、地平線が見えてたって時点で直線距離で4km以上はあるって事だからな。いや、俺の身長だともっと近いか。
まぁ、それはどうでも良い。
広さがあるって事は、それだけ探すのも時間が掛かるって事だ。何とか時間を短縮できないかね。
これだけ谷間があちこちにあると、エリスに上空から見て貰っても、どれが目的の峡谷か分からねぇ。
聖斧とやらの匂いとか分かればミカ達に追って貰えるとは思うんだが、そんな都合の良いことなんざあるわきゃねぇしな。地道に探すか。
そう思って溜息を吐いた俺だったが、次の瞬間、冷や汗がブワリと噴き出た。
ミカ達も臨戦態勢で尻尾を上げ、俺も不快感の元となっている気配の方を見上げる。
「なーる程、成程? 姫は聖武器が欲しかったんですね」
こめかみから角を生やし、背中には蝙蝠の様な羽根。一見するとエリスと同じ様な姿だが、その纏っている雰囲気はバフォメットに近い。
「ガープ!! この裏切者が!!」
エリスが叫ぶ。知り合いか? 裏切者って事は、元は味方で今は敵って事だな。成程、グラスに聞いてはいたが、“魔族”と“魔人族”。確かに雰囲気が違い過ぎる。
こうして姿が同じだと、その違いがはっきり分かるな。
ガープと呼ばれた魔族は、ニヤニヤとした笑みを張り付けてこちらを見下ろしている。いや見下していると言った方が良いか?
バフォメットよりも人に近い姿をしてると言っても魔族は魔族だ。俺は身体能力向上からのアドアップ。そしてブーストまでを一気に発動させると、魔力外装を高速流動させながら密度を上げて行く。
バフォメットに放った最後の一撃、それを撃った状態をなるべく再現する為だ。
魔力は物理現象に干渉できる。それは、実際俺自身が体験して居る事である。魔力外装なんて、ソレの最たる事だしな。
一見、何の武装もしていないバフォメットが俺の攻撃に何の痛痒も感じていなかったのは、魔力外装と同じ様な理屈で『魔力による防御膜を纏っているからじゃないのか?』それが俺の考えた理屈だった。
なら、何故、最後の攻撃だけ通用したのか? それは、あの最後の攻撃が高密度の魔力による攻撃だったからじゃないか? と考えた訳だ。要は、ダイヤモンドに傷を付けられるのは同じダイヤモンドだけだって事だな。
「おやおや、本当の裏切者はどちらでしょうね? 我々魔族は、邪神様に力を与えられた選ばれた存在だったと言うのに。その我々を裏切って出来たのがあなた方魔人族なのですよ?」
「そ、そんな、この世界全てを破壊するなんて言う邪神に味方など出来る訳無いのじゃ!!」
「ははは、別に邪神様はこの世界の全てを破壊などしはしませんよ」
否定の言葉にエリスは目を見開く。少なくとも彼女は邪神の目的をそう聞いているんだろう。
「選ばれし一族は生き残れるのですから」
それを聞いて、彼女の顔が再び曇る。それってつまり、魔族以外は皆殺しって事だろ? 選民思想もここに極まれりって感じだな。
「ですので、安心して我々の傀儡になりなさい!!」
そう言ってエリスに襲い掛かるガープ。俺は「チッ」と舌打ちを一つすると、襲い掛かるガープの横っ面に拳を叩き込んだ。
「させるわきゃねぇだろ!! エリスは俺が守るって約束したんだよ!!」
「オヌシ!!」
「グッ、下等生物如きが!!」
少しよろめいたガープだったが、瞬時に反撃をして来た。鬱陶しい小虫でも払うかの様な裏拳。音速こそ超えてはいないだろうが、少し掠っただけで、俺は吹き飛ばされた。
「オヌシ!!」
ふう、魔力外装が無かったら死んでいた所だった。ってか外装を圧縮して無かったら顔面陥没してたところだったわ!!
今の動きを見れば、どうやらガープはバフォメット程の速度は出せないんだろうと感じる。
先程の二人の会話から推察すると、このガープとやらは、元々魔人族で、魔族に寝返ったって事だろう。なら、魔族としてのレベルが低いか邪神の力とやらに慣れていないか……
それでも、普通の人間なら爆散しててもおかしくない高速流動する魔力の拳を受けて、少しよろめく程度で済んでるんだから、生物としての格が違う。
それにバフォメット戦でできた魔力の圧縮外装……魔力装甲としておくか……にまで圧縮できていなかったからか効果がイマイチだ。
チラリと犬達を見る。それだけで俺の考えを読み取ってくれたミカ達がガープに波状攻撃を仕掛けた。おそらく、時間を稼いでくれようとしている訳だ。
魔力外装を魔力装甲にまで圧縮する為には時間が必要だからな。だが、バフォメット程じゃ無かったとしても、ガープの攻撃だって一撃で瀕死に成るほどの攻撃力は有りそうだ。
身体能力向上を使いこなし始めたウリを中心に、ミカ、バラキ、セアルティ、ガブリが牽制して動きを封じ込める。
一撃でも喰らえばアウトな状態で、良くやってくれるぜ我が家族!!
これは、一家の長として期待に応えなくっちゃな!!




