乾坤一擲
破壊される木々に、地面が抉れ飛んで来る石礫。そして、バフォメットの拳が音速を超える度に引き起るソニックブームを耐えながら、俺は全身の魔力を加速巡回させ、更に身体から魔力を絞り出す。
だが、無駄に量を増やす訳では無く、もっと強固に、もっと濃密に。一滴たりとも外に漏らさない様に。その上でさらに加速。加速。加速。加速……
暴れ回る魔力を強引に押さえ込む。魔力の臨界点を突破したのか全身が熱い。一切の魔力は外に出さない様に、しかし、空気中の魔力すら呼吸から濾し出す様に「フーーーーーー」と、長い息を吐き出す。
ウリとバフォメットの戦いは、ウリが防御と回避に徹して居る事もあって、何とか膠着していると言った状態だ。
俺は、全身が脈動する様な感覚に襲われながら、腰溜めに拳を構えゆっくりと目を開ける。
その瞬間、何かに気が付いたかの様にウリとバフォメットがこちらの視線をよこし、ウリがその場から飛び去った。
一瞬、俺を瞠目したバフォメットだったが、しかし、次の瞬間、雄叫びを上げながら、こちらに突っ込んで来た。
やっと、脅威だとみなしたって事か? だがな、少し遅かったぜ。
俺は一歩踏み出すと、つま先から膝、腰、胸、肩、二の腕、肘、前腕、拳へと数珠つなぎに回転させながら、その威力の全てが、そして今の俺の全ての魔力が拳に乗る様に前へ突き出した。
『ッボ』
文字にすればそんな感じの音が響き、バフォメットの右肩から先が全て消失した。
一瞬遅れて、びちゃりと、血が地面に落ちる。
「……とっさに拳で迎撃してくるかよ」
心臓に一撃入れるつもりだったんだがな。あれだけ激昂して居た様に見えて、結構冷静だったのか? それでも多分もう利き腕は使えないだろうし、出血多量で命も長くは無いだろう。
「確かに渾身の一撃だったけど、ちょっと威力在り過ぎだろう、コレ」
多分、生命力まで使った為にクラクラする頭を押さえながら、俺はバフォメットを撃ち抜いた拳を見る。
「ってなんじゃこりゃあああぁぁぁぁ!!!!!!」
そこにあったのは極限まで赤を煮詰めた様な、漆黒とも思える黒い外骨格の様な拳。その外骨格の繫ぎ目とも言う様な隙間からは、脈動する赤い光が漏れ出ている。
いや、ホント何コレ? 何なの? コレ!!
人外か? やっと人間に類するモノに成ったのにまた人外化か!?
大慌てする俺の周りを、ウリがキラキラした瞳で跳ね回る。その尻尾も嬉しさが天元突破してる様に高速で振られていた。
「……う〜ん。少し、オートで放置し過ぎた様だね」
え? 誰、このイケボ。
そう思って、視線を上げると、先程まで欲望と怒りで濁った瞳をしていたバフォメットが、知性を湛えた眼で、こちらを見ていた。
ただ、ブルリと身を震わせる様な不気味な雰囲気は、さらにマシマシで……だ。
「すっばらしい! 吾輩に傷を付けるとは、たかが人種の……うん? 人種か?」
そこは人だと言い切って貰いたかった。
「ともかぁく!! たかが人種の所業にしては賞賛に値するっ!!」
ゴホンッと咳払いをした後、バフォメットはそう言って手を叩こうとし、自らの右腕が消失して居る事に気が付いた様に視線を向けた。
「ふ〜む、これは少し不便かな?」
と言うが早いか、バフォメットの肩から骨が生え、筋肉が纏わりつき、皮膚で覆われて行く。
マジか、こっちの乾坤一擲の攻撃だったんだぞ?
パチパチと大仰そうにバフォメットが手を叩く。その姿からは先程まで片腕を失っていた様子は微塵も感じられなかった。
「ふ〜む、本当は“姫”は確保しておきたかったのだが……うむ。君達の奮闘に敬意を表してぇ……」
これで「見逃してやろう」なんて言うと思う程、頭の中はお花畑じゃない。
俺はフラ付ながらも呼吸を整える、魔力外装を流動させ……流動……流動……あれ?
魔力外装が動かない……だと?
チラリと足元を見る。
………………
…………
……
脚も外骨格に成っとるやんけ!!
アカン、詰んだ。マジ詰んだ。
これは現実逃避をしてるんじゃない! 現実を直視してるだけだ!!
だが、隣のウリは臨戦態勢になってる。
最悪、ウリだけでも逃がせば、何とか街に情報が……情報、届けられるかなぁ?
いや、ミカが連れてった女の子が知らせてくれるかも!! なんか重要な関係者みたいだし、バフォメットとは敵対してるみたいだし!!
覚悟を決める。最後まで抗ってやらぁ!!
「ここは一旦、引い〜て、あ、げ、ま、しょう!!」
って、「え?」
******
ガサガサと藪を掻き分けながら、俺とウリがミリの中を進む。ウリに匂いを追わせながら、俺達はミカ達を追いかけていた。
あの後、バフォメットは約束通り、去って行った。
何か色々と釈然としないものはあるが、あのタイミングで引いてくれたのは正直助かった。魔力も体力もスッカラカンだったからな。
謎の外骨格はバフォメットを見送って、気が緩んだのかぶっ倒れた後、気が付いたら消えていた。そしてその後、さらに休んで、多少は回復したんで、こうして移動を開始したって訳だ。
しばらく気を失っていたせいで、随分と日が傾きかけている。
早めに戻らないと、荷運びを頼んだオスロー達が来ちまうな。
ただ、今日の獲物の数は何時もの半分程度だった。それもこれもあのバフォメットの所為だ。アレは悪魔だったのか? 初めてみたが。
そんな事を考えながら歩いて居ると、ウリが「アオン」と吠えた。
と、何かが突然俺に覆い被さり……
「ぶわっ!! コラッ!! 止め!!」
猛烈に顔を嘗めてくる。それも2頭で、だ。
うん、ミカとバラキだ。心配をかけたからな。うん、これはしょうがないか、うん。
******
「で? これはどう言う状況だ?」
涎でべとべとになり、死んだ魚の様な目をした俺の前では、例のゴスロリ少女がオークの生肉にかぶりつき、それをセアルティとガブリが必死で引き剥がそうとしている。
ウリは大欠伸をしてるし、ミカとバラキは何か俺を上目使いで困った様に見ていた。
……うん、わからん。




