初心に戻れ
一瞬の隙を突いて放った拳に纏った魔力外装が、バフォメットの毛皮をあたかも削り切らんとするかの様に流動するも、その強靭さによって阻まれ、まるでグラインダーの様にチリチリと音を立てる。
「チッ!! やっぱり通らねぇかよ!」
怒りに狂ったバフォメットは、反撃とばかりに俺達に無造作に拳を叩きつけて来て、それだけで地面は抉れ木々が薙ぎ倒される。
辛うじて受け流しはしてるが、威力がえげつねぇ。何の技術もへったくれもない、ただの身体能力で、これだけの攻撃力。
「この、環境破壊魔め!!」
こっちは身体能力向上からのアドアップとブースト、その上、魔力外装まで全部乗せにしてるのに、辛うじて捌く事しか出来ねぇ。
てか、若干捌き切れなくて良いの幾つか貰っちまってる。それで吹き飛ばされ出来ちまった隙は、ウリが何とか凌いでくれてはいるが、ジリ貧なのは違いない。何せ、反撃の機会が殆どなく、あってもダメージに直結しないんだからな。
口の中を切って溜まった血を吐き捨てる。
うおおい!! まだ歯が生えきってないってのに、折れたらどうすんだ!! あ、永久歯が生えるのか。だが、それまで歯が無いって事じゃん!! ダメじゃん!!
荒ぶるバフォメットを睨みながら、その反面、思考だけは冷静にシミュレートを続ける。効果的に反撃したとしてどれ程ダメージを上げられる? 何せ俺の最大火力ですら、ほぼノーダメージだったしなぁ。
あれ? もしかして俺等詰んでる?
イヤイヤ、駄目だ! ネガティブが襲って来てる!
ポジティブだポジティブ!
ピンチの時こそ成長のチャンス!! 襲ってこいピンチ!! 成長するための足掛かりだ!! 有り難うピンチ!!
よし! ポジティブはチャージ出来た!!
それに考えてみれば、今の状況はこっちにとっても都合が良い。あいつの目的があの少女だと言うのなら、俺達がここで引き付けている間は向こうにむかう事は出来ないってことだからな。
その間にできるだけ遠くに逃げてくれれば、少なくともこの悪魔の目的を潰す事も出来るかもしれない。
いや、もしかしたら、すごく真っ当な理由があるのかもしれないが、少なくとも出合い頭に襲ってくるような奴がマトモだとも思えねぇしな。
だとしたら、こんな悪魔よりも少女の味方をするに決まってる。偏見まみれなのは認めるがな。
「グッ!!」
受け損ねて直撃を喰らう。拙いか? さっきよりも被弾率が増えてる。もっとも、だいぶ苛立っているのかバフォメットの手数が増えてるってのもある。
普通の少年漫画的展開なら、怒りや苛立ちで手数が増えても、その分攻撃が雑になって反撃のチャンスがっ……て所なんだろうが、残念。コイツの攻撃、最初っから雑でしたから!!
やべぇ、笑えねぇ。
俺の被弾が増えれば、1頭で凌がなけりゃならなくなるウリの負担が多くなる。
そうなれば、相手の意識を分散させるのも上手く行かなくなり、余計被弾も増える。悪循環だ。
どうする? 結構な時間は稼いだはずだ。撤退も視野に入れたい所だが、果たして逃げ切れるのか? 相手は空を飛ぶって言う絶対的なアドバンテージを持っている。だとすると、俺のアドバンテージは何だ?
考えろ。考えろ。考えろ。考えろ。考えろ。考えろ。考えろ。考えろ。考えろ。考えろ。考えろ。相手が冷静さを失ってるってのなら、思考を巡らせ続ける事こそ俺の唯一のアドバンテージだ。
バフォメットは頭に血が上っているのは確かだが、視野狭窄って程何も見えて居ない訳じゃない。それはこうしてまともに攻撃がかち合ってる事でも確かだ。
ただ、ウリの死角からの攻撃は喰らってるって事は、視界に頼らない手段で周囲を認識してるって訳じゃないって事だ。
つまりは、視線の外からの攻撃ならアイツに届くって事でもある。
だがそれでも、相手に対して有効な攻撃手段が俺達には無いのは確かで、しかし、攻撃ではなかったら?
ミカ達が逃げてからどれくらい経った? 1分か? 2分か? だが、それだけの時間があれば結構な距離は稼げてるだろう。
問題は、コイツをここで放置して、町の方まで来ちまう事だが、それは結局、俺達が倒せない以上現状どうしようもないってのは変わらない。
街にはグラス達冒険者も居れば、公爵の兵士もいる。ここで俺とウリだけで対応するよりマシなのは確かだ。
クソッ、ここは一旦引くのが正解か?
チラリとウリを見る。あちこち血が滲み、吐く息も荒い。だが、眼だけは爛々と輝いてやがる。
コイツはまだ諦めちゃいない。
そうだ、諦めは即死亡。俺は生まれた時からそうだったな。それはウリたちも同じで……
初めてだ会った時、既に死んでいたと思っていたバラキを思い出す。アイツも、諦めなかったから今生きてる。
……ハングリーさを失ってたか? 下手に強さに対する自信がついていたせいで、変な余裕ができちまってた様だ。
そうだ! 諦めは即、死亡だったな!!
「ウリ!!」
「オンッ!!」
「倒すぞ!!」
「アオンッ!!」
バフォメットが拳を叩き付け、それを俺達が散開する様に回避する。狙いの優先順位は俺の方が高いらしく、俺の方に向かって来る。大振りな構えからの拳。それでも音速を超えるソレは、俺の目にはギリギリで見える程度の速度を有する。
俺は魔力外装の流動を加速させ、それを受け止める。体中がバラバラになりそうな衝撃が突き抜け、俺は吹っ飛ばされる。
それでもバフォメットに視線を固定し、後ろに飛びながらバランスを保って何とか着地した。
俺は魔力外装を……いや、体中の魔力の循環を更に加速させる。魔力が物理的に影響を与えるってのは確かな事だ。イブの放出された魔力が暴風の様に吹き荒れたのは俺も見ていた。
実際、あの時は吹き飛ばされるかと思ったしな。
翻って見るに、今の俺はあれ程の物理的影響を出せているか?
答えは否だ。
ならば、俺はもっと魔力で物理的に干渉を行える筈だ。
魔力は全身の細胞で作り出される。そのエネルギーの元に成っているのは何だ? おそらく、生命力的な何かだ。
魔力を枯渇させた後、俺がぶっ倒れたのはそのせいだろう。
ウリがバフォメットを牽制する。おそらく、俺の考えを見抜いて、時間を稼ごうとしているんだろう。必死で喰らい付くウリに、バフォメットも鬱陶しいのか次第にヘイトが移っている様に見えた。
てか、ウリがうっすらと赤い靄を纏い始めている?
おいおい、アイツも身体能力向上を発現し始めているのか?
まったく、本当に戦闘センスはピカ一だなウリ。
なら、俺もリーダーとして負けていられないな!!




