触手と対峙する事になったんだけど、何か質問ある?
俄に周囲が騒ぎ出す。
当たり前だ。周りにいる参拝客から見れば、地震の後、唐突に謎の魔物が地面から出現した様な物だからな。
俺達を見下ろす様にユラユラと揺れる触手は、まるでただ、そこに生えただけの様にも思えた。まぁ、それくらい敵意も殺気も感じんのよ。
だとしたって竜神とやらと俺達のサイズ差的な事を考えれば、向こうから見れば、こっちの事を態々“認識”する程の存在と思えんのだがね。
だとしても、牛でさえハエが鬱陶しければ掃いもする。もしかしたら、その位のつもりで、こっちに攻撃を仕掛けてくるって事だって考えられる訳だな。
とは言っても、このタイミング。態々認識するかとは思っていても、俺達が来た事との、何らかの関連性を見出したくなるのも確かなんよね。
犬達は、触手と一定の距離を置きながら、警戒するように取り囲んでいる。
その様子にただならぬ物を感じているのか、参拝客達も、取り敢えずは距離を取って見守ってくれているが……
これ、俺等が仕切ったとして、周りの人達は言う事を聞いてくれるか?
問答無用で襲い掛かられたなら、そのままどさくさ紛れに号令を出す事も出来るんだろうが、現状だとちょっと難しいかも知れない。
何せここでの俺は、ただの一般参拝者でしかなく、ちょっと目立つだけの子供でしかないからな。
さぁて、どうするか。
「トール、様?」
『どうするの?』的にイブが視線を寄越すが、正直、出来る事なんざ殆ど無い。
俺達が避難誘導をする義理もないんだが、それ以上に、こっちの指示を聞いてくれるとも思わんし、触手に過ぎないコレに攻撃を仕掛けて本体が出て来る様な事態も避けたい。
特にこう、周囲に人がいる状況だと、被害がデカ過ぎるからな。
強いて言えば、距離を取りつつ、逃げられれば良いんだが、果たして向こうがソレを許してくれるかどうか……
「イブとジャンヌは【魔法障壁】の準備だけしてくれ」
「ん!」
『【了承】オッケーデス!』
何かあった時の為に、一応の準備。本当なら【拘束】系の魔法を準備させた方が良いんだろうが、あのミニチュアで見る限り、ここに有るのは幾本もある触手の内のたった一本。つまりは、コイツを拘束した所でほとんど意味がない所か、それで刺激しちまったら、この辺一帯を崩壊させながら幾本もの触手が地面から出て来る、なんて事にも為り兼ねんのがな。
こんなもん、周囲の人達を人質に取られた様なもんじゃねぇか。
問題はそれだけじゃなく、この触手が、いったい何故ここに出て来たかって事だ。
これが無作為に俺達の前に出で来たってんのなら、例えば全力で逃げたとしたら、逃げおおせる事も出来るかも知れんが、どうにも、こっちを見下ろす様な位置関係を考えると、触手の目的は俺達の内、誰かの様な気がしてならんのだわ。
触手はただユラユラと揺れているだけだが、ここ一帯にエライ緊張感が漂っている。そりゃそうだ、たとえこの世界が魔法有り、魔物有りのファンタジー世界だろしても、通常であれば魔物なんざ出現する事のない筈の社の敷地内で、全く未知の……うん。予想はついていたとしても、確証が有る訳じゃないから未知だな。の、魔物が出現してるんだ。特にこっちの大陸だと魔物の領域と人間の領域とは割とはっきりと線引きが成されて居るんで、下手すりゃ、この中にも今まで魔物に行き遭った事のない人間だっているだろう。
下手に動けない事も有って、異常な緊張感に包まれる。何かあると、一気に状況が動いちまうって感じだな。
……
…
「おおっ!! 神子さまっ!!」
「!!」
唐突な大声に、思わず視線がそっちに動く。周囲の人間がビクリと反応した。
不味い!! 触手が、反応しちまう、か?
周囲の参拝客を飛び越え、高く飛び上がり、大柄な男はこっちに……
触手は、まだ、動かない。
男は……土下座!?
え? 何で、土下座? ドゲザ、ナンデェ!?
一瞬呆気にとられちまった。大柄な男が行ったのは、何故かジャンピング土下座。それも俺達の方へ向かって、だ。その上、この男がジャンプする前に言っていた言葉は『神子さま!!』だったか?
え? 神子って、アレか? 神の愛し子とか、神の御使い的な意味の!
だが、ちょっと待て、何故俺達の方に? 神子と言われる様な事をした覚えは……そう思い、しかし、俺に肩車されている真っ白な少女を仰ぎ見る。
もしかして光教会じゃなくてもアルビノは神子扱いなのか? そう言えば、むしろ前世の神社なんかだとアルビノの蛇なんかが、神の御使いだったけか。
そんな多分神子なアルビノ少女は、意味が分かんないっといった感じで、俺の肩の上で首を傾げている。
いや、もう、これどんな状況だよ!! ってか、この触手について何か言う事はないんか!! その服装を見る限り、この男、ここの司祭さんだろう!? 祭ってるモノが、ここに居るんじゃが!?
周囲は騒めき、司祭が土下座し、俺達は困惑する。
そんなこちらの様子を……目も見当たらないのに係わらず見ている、触手が、首(?)を傾げると、やけに幼い感じの声で、こう言った。
『イジメる?』
「イジメねぇよ!?」
何だこのカオス。




