ワンダリングアタック
ウリの案内で、俺達は森のさらに奥へと進んで行った。
流石にここまでの奥地へと入り込んだ事は無かったが、入り口付近とはまるっと雰囲気が変わって来る。倒木やシダ類で“道”なんてものは皆無だし、縦横無尽にぶら下がっている蔦等で視界も悪い。その上、虫も多いしな。全く鬱陶しい。
「……ウリ、お前、こんなとこまで様子見に来たのか?」
先行するウリの耳がピクリと跳ね、そそくさと逃げる様に歩みが早くなる。あ、コイツ、最近弱いモンスターとした遭遇して無かったから、より強いモンスター探してどんどん奥に向かってやがったな。
何処の戦闘民族だ。
ちょっと帰ってからOHANASHIの必要があるな。
そんな事を考えながら、ミカ、ガブリ、バラキを引き連れて歩いて居ると、不意に立ち止まったウリが振り返って「アオン」と吠えると藪の中に頭を突っ込む。
そして咥えて出て来た物を見た時、俺は唖然としてしまった。
「!! ウリ!! お前、まさか!!」
ウリが引き摺って、茂るシダ植物の葉っぱの中から飛び出してきたのは、きめ細やかな透き通る様な白い手。
え? 人間? まさかウリ、ついにやっちまったのか!?
そんな俺の思考を読み取ってか、ウリの奴がブンブンと首を振る。心なしかミカとバラキもウリを訝し気な目で見ている。
「く~ん、く~ん」
ガブリがその白い手に近づきフンフンと鼻を利かせ、ウリはオロオロと俺達の周りをうろつき回った。
俺はそんなコイツをとっ捕まえると、半目で顔を覗き込む。ジタバタと足搔くウリは、珍しく焦っている様にも見えた。
まぁ、冗談はこの位にしとくが、まだ一匹でこんなに遠くまでうろつき回った事を許した訳じゃないんだからね! そこは反省するんだぞ!!
ぐりぐりと首筋をこね回しつつ、そうウリに説教をしてから、俺はガブリが鼻を突っ込んでいる藪の中を覗き込んだ。
そこに倒れていたのは革製のロリータファッションとでも言うのだろうか? 何かヴィジュアル系? なファッションの黒髪の少女。
額からは一対の山羊の様な長い角を生やし、大きく開いた背中から、蝙蝠の様な羽根が見えている。
……山羊の獣人? にしては背中の羽根は……
もしかしてこっちにも中二病が有るんじゃろか?
(それはともかく、倒れているとしたら助けねばならんか)
そう思って少女を担ぎ上げた次の瞬間、ミカ、ウリ、ガブリ、バラキが臨戦態勢を取った。
周囲に異様な臭いが漂い、心なしか黒い靄の様な物が見え、グチャグチャと湿った音が聞こえる。
「GyooooBoooooGaaaaaaaGoooooooo!!!!!!!」
「な、何だ?」
獣じみた絶叫が轟き、その為かミカ達が低く唸る中、俺は気色の悪い気配を感じ空を見上げた。
「!! ありゃあ……」
そこに居たモノに、俺は思わず目を瞠る。
辛うじて動物の特徴を備えている人型と言う事が共通項かも知れないが、その姿は人種どころか獣人種からすら掛け離れ、怖気を伴うシルエットを有していた。
五体四肢の数こそ人間と同じだが、その頭部は、そのまま山羊のそれだし、その背には蝙蝠によく似た羽根がバサバサと羽ばたいている。
それは、自分の記憶の中にある、サバトの悪魔として有名なバフォメットに酷似していた。
悪魔。
そう言われて真っ先に思い浮かべられるであろう姿がそこに有った。
色々と斜め上なファンタジー生物と遭遇してきたが、むしろ、こんなまんまストレートな魔物? に出会うとは。逆に新鮮だわ。
いや、もしかして、この世界の天使がコレとか言うオチじゃねぇよな?
仮称バフォメットは、血の滴る何かの肉をクチャクチャと咀嚼しながら、俺達の事を見下ろしていた。その目には、隠しきれない程の侮蔑を嘲りが見て取れ、酷く気分が悪い。
つか、あの肉、もしかしてオーガか? オーガくらい簡単に倒せるって意思表示か? 残念でしたぁ、オーガなら、俺達でも倒せますぅ~!
何はともあれ、眼前のバフォメットからは友好な雰囲気は見て取れない。いつでも動けるように身体能力向上を発動し……
!!
頭上にいたハズのバフォメットが俺達の眼の前に一瞬で移動する。パンチですらないただ散漫に振るわれた腕が空気を裂く音を響かせ、俺達を空中へと舞い上げる。
「グッガァァ!!!!」
魔力外装が無けりゃ、ミンチに成ってたぞ!!
俺が一瞬抵抗したおかげで、ミカ達も威力を逃す事に成功した様だ。だが、殺し切れなかった余波だけで、全員が吹っ飛ばされた。
てか、マジか! 空気の壁を突き破った音がするって、瞬間的に音速超えてたって事だろう!? どんなスピードだよ!!
吹っ飛ばされこそすれ、俺たち全員が無事だったのを見たバフォメットは、気に入らなかったのか首を傾げた。
てか、あんなもん、魔力外装無しで受ける事なんかできねぇぞ!! 俺は兎も角犬達に直撃したら重傷間違いなしだ。
俺は、ミカに目配せをすると、アドアップも発動させ、魔力外装を流動させバフォメットに突っ込んで行く。
俺の意を汲んだミカは、バラキ達に1吠えすると、倒れていた女の子の襟首を咥えて走り出す。
バラキもガブリも、それで理解したらしく、それぞれ少女の服の一部を咥えると、それに追従した。
だが、ウリだけは俺に並走し、バフォメットへと飛び掛る。
チッこの戦闘狂め!! だが、今はそれが心強い。
俺は、空の飛べるバフォメットが上空へ逃げない様に、あえて上から叩き付ける様に拳を下ろす。ウリも、それに追従する様に退路をふさぐ形でバフォメットの斜め後ろから飛び掛った。
「嘘だろ!」
「ギャン!!」
バフォメットは億劫そうにグリンッと上半身をまわす。その仕草だけで俺達は弾き飛ばされた。
クソ!! 戦闘になってねぇ!!
てか、向こうには“敵”だとも認識されてねぇ!!
全く俺達を相手にしないバフォメットの、その視線の先に居るのは……ミカ達? いや、もしかしてあの少女か?
バフォメットはマルっと俺達を無視し、少女の方へと飛び去ろうとし……
「って、させるかあああぁぁぁぁ!!!!」
「ウォオオオオオォォォォォォン!!!!」
身体能力向上とアドアップに加え、ブーストも追加した俺は、脚の魔力外装をドリル回転させ、バフォメットの延髄に蹴りを叩き込んだ。
何ぼなんでも、こっちを甘く見過ぎだ!! 流石に、移動自体は音速を超えないらしく、俺の蹴りはバフォメットに届く。だが……
「硬ってえ!!」
巨木を貫通する蹴りが、毛皮で止まってやがる。
鬱陶しそうに、俺に視線をよこしたバフォメットだが、次の瞬間、天を仰ぎ盛る事と成った。ここに居るのは俺だけじゃないんだよ!!
俺の陰から飛び出たウリが、バフォメットの脚に噛み付き、引き倒したのだ。
一瞬、何が起こったのか分からなかったらしいバフォメットが、次の瞬間、怒りに瞳を歪ませ、俺とウリをその目に映す。
やっと、こっちを認識たかよ。
さて、仕切り直しと行こうか!!




