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1歳になってみた

 ガサガサと藪が動き、ウリの奴がひょこりと顔を出した。

 オークの血抜きをしていた俺は、それを見て「どうだった?」と声を掛ける。


 いつもの狩りのいつもの光景。


 獲物を狩った後は、こうして俺は血抜きをして、ウリが周囲を警戒して回る。ミカやバラキは作業のせいで周囲の警戒が疎かになりがちな俺の護衛の為に、だいたいが横で侍って居る事が多い。

 ……侍る犬、サムライ犬ってか? 違うか。


 いつもなら、何も無いのであればウリも俺の隣に寄って来て、作業を覗き込んで来るのだが、この日は「アオン!」と1吠えすると、踵を返した。


「……何か有ったのか?」


 その声に振り返ったウリが、さらに1吠えし、時折振り返りながら導く様に走って行く。ウリがこうして来て欲しいと言うのなら、何か彼の手に余る事が起きたって事だろう。

 俺は、一緒に居たミカ達と顔を見合わせると、ウリを追う事にした。どうやらセアルティは留守番をしてくれるらしい。まぁ、まだ解体途中だしな。


「ウリが俺達を呼ぶってのも珍しいよな」


 なにがしか戦闘力が必要だったとしても、ウリは大概1匹で何とかできてしまう。最悪、逃げるだけなら樹上を走れるウリに追いつけるような生き物はほぼいないしね。


 てか、ウリが戦闘で困る様子が思い浮かばないんだが?

 さっきのオーク狩りも、3頭居たオークの内1頭は、ウリ単独で撃破したんだぜ? 一歳の子犬が、だ。

 相変わらずの超生命体っぷりだわ、ホント。


 ******


 誘拐事件から半年程が経ち、俺は一歳に成っていた。

 と言っても劇的に何かが変わったって訳じゃないがな。

 母親はまだ療養中だし、町にはストリートチルドレンが溢れている。

 それでも、働いている子供達の姿が目立つようになって来たし、彼等に依頼をする様な人間も増えて来たらしい。ソースはグラス。


 赤銅のゴブリンライダーの噂も収束しつつある。やっぱり、噂の出本はあの人攫いたちだったって事だ。

 で、そんな日常生活に戻った俺達が今何をしてるかって言えば……


「こんな感じでどうですかね?」

「……肘関節と弦の干渉が若干気になるが、まぁ、許容範囲か」

「いや、気になるならもっと煮詰めて行きましょうよ()()!!」


 俺の偽装用の鎧を再分解しながら、眼鏡をかけた少年が俺の事を先生と(そう)呼ぶ。

 コイツの名はマトスン。俺の教会(きょてん)に身を寄せる孤児の1人で、手先の器用さと好奇心の旺盛さに目を付けた俺が、直々に偽装鎧の整備士にスカウトした。

 今後も仮面冒険者トールとして活動を続けるにあたって、流石にあのハリボテでは厳しくなって来たからな。

 偽装鎧は、細身の鎧にペダルとレバーで操作し、主にギアと弦で動くアナログな仕組みだ。設計したのは俺だが、実際に加工したのがマトスン(こいつ)と言う訳だな。

 中に入る俺自体は、胴の部分に収まり、ピンホールレンズの原理と光の屈折を応用した画面で、鎧内部から外の状況を確認している。

 もっともそれだけだと、完全に周囲を確認できる訳じゃないから、気配やら音の響きなんかも利用している訳だが。

 まぁ、出来の良いパペットの様な物だが、それでも当初使用していたハリボテよりは随分()()になったのは確かだ。


 歩行はペダルを漕ぐ事でギアが回り、それによって静歩行での歩行ができ、左右に曲がるはレバーを使って左右の足の軸を回転させる事によって向きを変えている。

 これ、操作に慣れるまでが大変だったわ。

 本当なら、ギアの変更での動歩行も出来れば良かったんだが、流石に常に()()()バランスを()()ながら移動する動歩行は、危険すぎる為に断念した。

 まぁ、普段この偽装鎧を着て走ったりする事は無いから構わないだろう。


「ヒャンヒャン!」


 俺とマトスンの話がひと段落付いたのだと察したのだろう。バラキがすり寄って来た。俺が公爵の城に行く事も多いので、こういう時にはここぞとばかりに甘えてくる。見た目だけなら、成犬と変わらない位に成って居るってのに、随分と甘えたがりだ。

 まぁ、ミカもその辺は似た様な物だけどな。正面から飛びついて来るバラキとは違って、ミカの方は後ろから体を擦り付けてくる。


「……なんだ?」


 マトスンが不思議そうな顔で俺を見ていたので、そう訊ねた。


「いえ、先生って、見た目だけは赤ん坊じゃないですか、なのに成犬2体にじゃれつかれてもまったくよろめかないのが不思議で……」


 傍から見てるとそんな感じなんだな。


「……慣れだ」

「はぁ」


 俺の言葉に、いまいち納得が行ってないのか、マトスンが首を傾げるが、俺だって、自分の異常な身体能力については、その全容を理解している訳じゃないんだから、説明なんぞ出来んのだ。

 これは、こういう物だと思ってもらうしかない。


「トールさま……」

「イブか、どうした?」


 そんな風に話をしている俺達にイブが声を掛けてくる。

 視線をそちらに向ければ、周囲に緋色の蝶を纏わせる彼女が歩いて来る所だった。

 彼女もすっかり完治して、今は全く問題なく生活ができるようになって居る。背中の傷も目立たなくなっていて、保護者代わりの俺としては、胸を撫で下ろすばかりだ。

 そんなイブの脇にはラファが追従している。相変わらずの“イブ大好きっ子”っぷりに苦笑するしかない。

 何度イブの傷跡を嘗めようとするのを押し止めたか。その度に鉄拳制裁を加えていたお陰か、すっかり俺の前では大人しくなってしまった。まぁ良いけど。


 緋色の蝶は、ゆらゆらと彼女の周りを漂っている。実はこれ、魔力制御の練習であるらしい。

 この蝶はイブの一番得意な炎系の魔法によって形作られている。

 本来なら相手に向かって飛んで行く“炎の玉(ファイアボール)”を制御してそのまま留めるどころか、形状を変化させ蝶の様にした上に周囲に侍らせる様に漂わせている訳だから相当な物だ。

 これ自体は『緑風の調べ』のリシェルから出された課題であるらしいが、王都の魔法学校でも教えている物であるらしいので、問題は無いだろう。


 もっともリシェルは「これ、高等科の課題なのよ?」と言いながら、地面に「の」の字を書いていたから、イブの才能はそれ位あると言う事だ。

 まだ4才位なのにな。


 そして意外な事実として、リシェルは魔法学校卒業者なのだと言う。ああ見えて結構良いとこのお嬢様らしい。

 何で、お嬢様が冒険者なんかやってんだかって気もするが、色々事情があるんだろう。たぶん。


 そんな感じの俺達の様子をウリは寝転んで、欠伸をしながら見ていた。

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