下種と外道と
おねい、ちゃん? お姉ちゃん……か?
イブに姉妹がいたなんて話は今までされた事は無い。ただ、一人だけそう呼ばれそうな相手には心当たりは有る。
「!! あんた……」
顔見知り。だとすれば、間違いないだろう。
「イブ、わたし、なまえ……」
「そっかそっか」
「ほ~う? 顔見知りか? そりゃ良かったな! もっとも、引き取りが来るまでの間の短い時間の邂逅だけどよぉ!」
空気の読めないオッサン達がゲハハと下品に笑う。
イブにお姉ちゃんと呼ばれた少女は、不機嫌そうに睨み付けるが、それすらも、オッサン達には良い嘲りのネタになる様で不愉快な笑みを深くしていた。
だが、不意に一人の男が笑いを止めると、お姉ちゃんの髪を引っ掴み、引き寄せる。イブが「おねいちゃん!!」っと声を荒げるも、そんな事など気にもせず、声を低くしてオッサンが言う。
「頭のお気に入りだからって、あんま嘗めてっと痛い目見る事に成るぜ? こっちだって、いい加減、その反抗的な態度にゃイライラしてんだ。口裏合わしゃ、証拠だって残らねえしよ」
「な!」
「テメェが反抗的だってのはここに居る連中なら誰だって知ってる。逃げたって言やあ、疑われなんてしねぇだろうよ!」
オッサンの恫喝に、顔色を悪くしながらお姉ちゃんが顔を顰める。だが、決して自己の保身を考えての事じゃないだろう。
今、自分がいなくなったら、牢に鎖で繋がれてる子供達がどういう扱いになるか分からないと考えたからだな、あれは。
チラリと牢の方を見てから顔を顰めたから確かだろう。
こんな状況下で、自分よりも他の子供達の事を考えられる彼女は、大したもんだ。
「落ち着け、イブ。でも、確かに彼女は、お前が慕うのも分かるな」
イブがコクンと頷く。俺が「落ち着け」と言って無けりゃ、今にも飛び掛りそうだ。
お姉ちゃんの様子を見る限り、これ以上反抗的な態度を取って、わざわざ自分から相手を挑発する事は無さそうだが、しかし、この手のクズは、相手がしおらしければ増長して来る事が多い。
実際、恫喝したオッサンも、お姉ちゃんをいやらしい目でジロジロと見て居た様だが、その顔の傷を見て舌打ちをする。
「……イブ、“お姉ちゃん”には顔に傷なんてあったのか?」
その質問に、イブは首を振った。だとしたら、ここ半年前後で負った傷か。たぶん、俺の予想が正しかったなら、あれは自分でつけた傷だろう。
自らの“商品価値”を下げる為に。
だとしたら、そんな彼女の気質を気に入った“お頭”とやらが、ここで使って居るって所か。
むしろ、手下のオッサン達は商品にも成らないガキがお頭に気に入られたのが気に食わないんだろうが、それは逆恨みも良い所だ。
さて、いい加減イブに危害が加われない内に何とかしたい所だか、お姉ちゃんとやらが世話役なら、それ程手荒な事には成らないか?
なら、やはりもう少し様子を見た方が良いかもしれないか。コイツ等が『赤銅のゴブリンライダー』だと確定したわけじゃないしな。
もし、全く関係がなかったとしても、それはそれで潰すがね。ガキを攫って売り捌く組織なんぞ、潰れた方が世の為だ。
俺が、そんな事を考えていると、オッサンがイブを見てニヤリと笑った。
「クククッ、折角知り合いが来たんだ、お前のカワイイ所を見てって貰えや」
「な!」
その言葉を聞き、別の意味でお姉ちゃんが青ざめる。オッサンのイヤらしい目付きには彼女も気がついているだろうしな。
「あ、あたしに何かあれば、ブィロウズだって……」
「はっ、オマエさえ黙ってれば、気付きなんてしねぇよ! オマエさえ黙ってればな!」
暗に黙っていろと言う要求。回りの男達も止める気はないらしく、ニヤニヤと笑っている。
それどころか、テメェの股間を擦っているヤツすら居るって事は、参加する気満々って事だな。
確かに、傷跡さえ直視しなければ気分が萎える事も無いだろうだがな、うちの子の前でそんな不埒な事をさせる訳には行かねぇな。教育に悪すぎるわ!!
俺は、イブが我慢できずに手を出す前に宙を舞うと、ギンギンにしていたオッサンに延髄切りを喰らわせた。
オッサン達にしろお姉ちゃんにしろ、イブの抱いていた赤ん坊が攻撃を仕掛けてくるなんて予想外だったんだろう。呆気にとられた表情で俺を見て居る。
たがな、オマエ等もうちっと危機感持てや。
俺は嘆息しながらもオッサン達を次々に蹴り倒して行く。
そうして意識を失ったオッサンを牢屋に放置されていた縄で、イブが縛り付けていった。
「おい、鍵とか無いのか?」
「え? あ、ああ」
俺に声を掛けられ、お姉ちゃんがハッとして動き始めた。
さっきオッサンは、「引き取りが来るまでの短い時間」と言っていた。
例えば、明日、引き渡されるのなら、そんな言い回しはしないだろう。
多分「明日まで」とか何とかに成るだろうからな。
だとしたら、今日の内に相手は来るだろう。お頭とやらか、取引相手か分からんが。
外に居るバラキが大人しくしてるって事は、少なくとも近くに怪しい相手は居ないはずだが、いつ相手が来るかは分からない。
ここに捕らえられてる子供達には、とっとと脱出して貰おう。
「イブ、お姉ちゃん達を教会に案内してやれ」
「……でも」
「俺はまだやらなきゃいけない事がある、バラキも居る、大丈夫だ」
「……」
イブが眉根を寄せる。俺と離れるのが嫌らしい。
まぁ、この後、確実に荒事になるだろうからな。心配するのも分からんでもない。
ただ、だからこそイブには避難していて貰いたいのだが。
「あ、あたしなら平気だよ? この街にだって長いんだ。場所さえ教えて貰えれば、自分達だけでだって行けるさ」
「あんた等は……」
呼び掛けようとして言葉につまる。そう言や、名前を聞いてなかったな。
どうやら、向こう間その事に思い至ったのか、自分の胸にてを当てて、一礼をした。
「マァナだよ、あたしの名前」
……貧民街に居た割に、しっかりとした礼儀だ。
貴族令嬢とまでは行かなくとも、商人の娘だったのかもしれない。
「……マァナ達は良いかもしれんが、教会の方で受け入れができるか分からん。少なくとも、事情を話せる身内が居なけりゃならんだろう?」
「それは、そうかもしれないけどさ」
半ば嘘だがな。今、教会は、孤児達の受け入れをしている。それは、普段イブの下で手伝いをしているキャル達にも周知している事なので、特に何も言われなくても、マァナ達を受け入れてくれるだろう。
だが、こうでも言わなけりゃ、彼女はイブを同行させないだろうからな。
その辺は顔見知りの強さか。心情的にイブの味方をしたがっている様だ。
だが、ここは折れて貰わにゃならんだろう。荒事に成るからってのも有るが、子供に見せるのにゃ、きっつい場面に成るからな。
「たのむ、危険にさらしたくないってのは、理解できるだろう?」
「トール、さま!!」
イブがすがる様に言うが、さっきまでと事情が違うんだ。理解して貰わにゃならん。
元々、拐われた子供が居ようと居まいと、イブは帰すつもりだった。事によっちゃ、ラファに引っ張って行って貰ってでもな。
ここまでが一線。裏と表の線引き。
ここからは世の為人のため何かじゃない、赤銅のゴブリンライダーを消滅させる為の、俺の我儘だからな。




