事件は街で起こっている
何だろうなと思う。
裏の世界にも色々事情は有るんだろう。たぶん、ノルマとかそう言う物が。
正直、待っていたって側面はあるが、ここまで露骨だと「罠なんじゃねーの?」って思わんでもない。
…………
俺とイブ、ただいま絶賛攫われ中。
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気配を隠しながら子供に近付いて来る輩なんぞ、碌な事を考えている訳はない。当初の予定では、俺だけ掻っ攫われるか、こっそり後を付いて行く予定だったんだが、それに強固に反対したのがイブ。
このところ、新しい子供達の世話や教育係として色々と面倒を押し付けてるし、公爵夫人の事も有ってあまり構ってやれなかったてのも有り、彼女のたっての希望で二人で買い物に出て居た所にこの襲撃があった訳だ。
だが、イブはその事が相当にご立腹であるらしい。
「デート、じゃま、ゆる、さない」
うん、言わんとする事は分かる。女は生まれた時から女だって言うからな。
だが、どうも「おませさんだなぁ」って感想が前面に出る。だってイブ、3歳だよ? 俺に至ってはまだ0歳児。どう見ても弟をあやしてる幼女です……スミマセン、イブさん、無言で睨まないで下さい。
まぁそれはともかく、俺にしたって最初はイブを危険な所に連れて行くつもりなんて無かったんで、それこそ、宥めすかしてお願いして、言葉を尽くして説得した訳なんだが……
「トール、さま。め、はなす、と、たおれ、てる」
って、言われれば、ぐうの音も出ない。身に覚えがあり過ぎて。
どうやら、今までは大体オスローと一緒に行動してたんでお目こぼしをして貰ってたらしい。実は結構1人で動いてたんだって言うのは、言わぬが花だな。公爵夫人の所に行った経緯とか、グラスとの関係だとか。
そんな訳で猿ぐつわを噛まされて麻袋に突っ込まれた上で運ばれているわけだ。主にイブが。
最初は赤ん坊って事で捨て置かれそうに成ったんで、ちょっと焦ったわ。
ただ、考えてみれば当たり前だけどさ。労力にも愛玩にも成らない上、身代金とかも取れなさそうな赤ん坊なんて攫うわきゃ無いわな。普通。
それでも、イブが俺を強く抱いて離さなかったことと、俺がアルビノだった事で事情が変わった訳だ。
「珍しいから売れるだろう」って理由でな。
ミカにはグラスへのお使いを頼んだ。こう言う事が起こるだろうってのは予想してたからだ。
俺とイブがって言うか、下町の子供が狙われるって言うね。
俺が子供達でも仕事ができる様にした上に、そう言った子供達が貧民街の外で暮らせる場所を提供しているお陰で、今、貧民街には、適当な子供が少なくなっているハズ。
そうなれば、次に狙われるのは下町の子供達。
オスロー達には不審な輩が居ないか見回りはして貰っていた。予想が出来てるのに行動を起こしていないとか有り得んからな。
もちろんパーティー単位でだ。だからこそ、一人でウロウロしている様に見えるイブは恰好の獲物に見えたんだろう。実は俺も居た訳なんだが、赤ん坊なんでノーカンで。
もっとも、狙ってやった訳じゃない。そう言う意味ではイブには悪い事をした。
後で埋め合わせをせんとな。
麻袋なんてものは物入れて運ぶ時には良く使われる物だし、その中身は千差万別だからか、見咎める者も殆どいない。
これが、ジタバタと動いて居たんなら不審がる者も居たのかもしれないが、イブには俺の指示で抵抗しない様に言ってある。
向こうが不審に思うかもしれないが、下手に抵抗してイブに危害を加えられるよりよっぽど良いからな。
こうして、視界を塞がれて連れ去られてる最中な訳だが、それ程心配はしていない。バラキが直ぐ後を追って来てくれているからだ。
本当は、こうして彼女が直接追って来るのも見つかるリスクが高いんだが、本犬がどうしても俺から離れたがらないんでしょうがないっちゃ、しょうがない。
何で、俺の周りの女性陣は、こう頑固な奴が多いんだか。
まぁ、即時対応ができるってメリットの方を優先したって事にする。後でミカが追って来る時にも追跡がしやすいだろうし。
因みに、いつもイブにベッタリなラファは、バラキに唸られて、情けない顔で少し後から追ってきている。
うん、直ぐ後ろに二頭も犬が居ると悪目立ちする自覚はあるのね、バラキさん。
……ガンバレお兄ちゃん。
今の所、馬車や荷車で移動しているって感じはない。さて、こっから何処まで上を辿れるやら。トカゲのしっぽ切りは基本だしな。
「んう!!」
そんな事を考えてる内に、地面らしき所に放り投げられた様だ。その前に若干動きが止まった後、何かをずらす音と、足音が響く様になった事から、おそらくは建物の内部。それも地下室に入ったんじゃなかろうか?
俺達が居た所から、運ばれた距離を考えると、下町のどこかだとは思う。例え、麻袋万能説を唱えたとしても、上級商人街だと不審に思われるだろうからな。
麻袋が解かれ外の様子が見えると、案の定と言うか、気配でだいたい分かってはいたけど、周囲には強面のオッサン達。視線を巡らせると、地下牢の様な所で、子供の泣き声もするから一時保管しておく所だろう。
俺を抱きしめているイブが、オッサン達を睨む。でも、めっちゃ震えてるな、当たり前だ、怖くないなんて事ありゃしないだろう。
できれば、もうちょっと上の、事情を知ってそうなヤツが出て来るまで時間を稼ぎたい所だが、イブに余り怖い目を見せたくないし、その辺はケースバイケースだな。
最悪、この場所を壊滅させるだけでも活動は縮小せざるをえなくなるだろうし、その上で逆恨みして報復なんて事をするんだったら、その時にキッチリ落とし前を付けさせればいい。
アジトに戻ったからなのか、すぐに牢屋に突っ込むつもりだからなのかは分からないが、猿ぐつわも外していたオッサンが、イブの顎を掴むと、強引に自分の方を向かせ、ニヤリと笑った。
「ほう、結構な別嬪さんじゃねーか」
「……」
なん……だとっ……!
ロリコンがおる!! 確かに最近のイブはめっきり肉もついて来て痛々しさは抜けている。容姿も整っている方だし、身だしなみにも気を付けている様だから、清潔感もあって、身内贔屓な事を差し引いても可愛い方だろう。
しかし、3歳児だぞ!? 幼女だぞ!?
………あ、そう言えば出会った当初も、イブ襲われかかってたやん。性的に。
何? 公都、ロリコン多いの? ロリコンの楽園なの? うっわぁ~、引くわぁ~、ドン引きやわぁ~。
てか、もしかしてイブの方が出してるのか? ロリフェロモンみたいな物を!!
……うん、冗談はこの位にしておこう。まぁ、この男は後で再起不能にしておくがな。
周囲を取り囲むオッサン達は、暴力を生業としている者特有の雰囲気を醸し出してはいるが、威圧感的な部分で言えば町のチンピラと大差はない。
むしろ、そう言った部分で言えばグラスの方が圧倒的に圧が強い。まぁ、こっちを嘗めてるってのも理由だろうが。
ただ、一対一なら、イブでもどうにかなるレベルではあるが、多人数だと連携に対応できない分、イブでは荷が重いだろう。
今も、俺を守ろうと抱きしめている彼女には悪いがな。
もっとも、俺はイブを戦わせる心算なんぞ、1mmも無い。もし、イブに指一本でも手を出したなら、この世の地獄を見せてやるけれども。
「おい! 子供を怯えさせてんじゃねーよ!! アタシに任せるって話だろう?」
さて、どうするかって思っていると、背後から、威勢の良い女の声が聞こえて来た。振り向けば、茶髪の気の強そうなねーちゃんがいる。
中々の美人ではあるが、惜しむらくは目の下から顎にまでかけて大きな傷がある。
「チッ、分かってるよマァナ! だが、そう思ってるんなら、とっとと世話をしやがれ!!」
どうやら世話役の女らしい。ただ、この連中との仲はあまり良くない様だな。
ふと、イブの震えが治まっているのに気付き、彼女の顔を見ると、目を見開いて呆然としている。何だ?
「おねい、ちゃん……」
はい?




