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知識は財産

 この世界、精神安定剤みたいなものはないから、一足飛びに状態を安定させるなんて事は出来ない。

 だが、おそらく第二婦人が()()なってしまった原因は分かって居る。

 政略結婚によって嫁いできたにも関わらず、最も頼りに成るはずの夫は彼女に対し淡白で、第二夫人と言う立場を考えれば、他の夫人からの威圧もあっただろう。

 その上で、慣れぬ異郷での生活で、やっと授かった子供は取り上げられてしまった訳だからな。


 この部屋に無数に転がっているヌイグルミは、つまりは子供の代替品って訳だ。

 ヌイグルミや人形を抱くってだけでも精神的に安定を及ぼすらしいからな。確か、ブランケット症候群……だったか?

 少し違うか。


 う~ん、物に執着するって意味では同じか?


 まあいい。少なくとも、こうしてヌイグルミを与えて居るって事は、与えられている間は多少の安定が見られるからだろう。根本的な解決には成らないが。


 ただし俺は、特効薬と言うべき物の存在を知っている。


 まぁ、俺の事だ。


 子供を取られて不安定になっているんだから、その子供を返してやれば安定するのは当たり前だ。もっとも、精神的な問題がそれほど単純な物じゃ無いって事は俺も理解している。


 だが……


「ああ、坊や。私の坊や。ああ……」


 恍惚の表情で、涙まで流しながら俺に頬ずりしている第二夫人を見れば、それ程的外れな事じゃないと思うんだよな。

 もっとも、これ、普通の赤ちゃん相手だったら圧死させてるか骨折させてるとこだがな。


 精神的なリミッター外れてんだろ? これ。こんな状態だから分からんでも無いが。


 まぁ、昼間までここに居るわけにはいかないが、せめて夜だけでも付き合ってやろう。


 一応、今世での母親らしいからな。


 一通り愛でたおかげか、第二夫人はそのまますやすやと寝てしまった。風邪をひかれても困るので、俺は彼女を寝台まで運ぶ。


 嫁いできたのが何才の頃かは分からないが、眠る夫人は20才に届かない様に見えた。頬がこけ、目の下の隈がひどいが、それが無ければ結構な美人だと思われる顔立ちをしている。

 今は安定しているから良いが、これで起きた時に俺がいなかったら、また取り乱すのは必至だろう。

 だからと言って俺が四六時中ここに居る訳には行かないし、ましてや、見知らぬ赤子がこんな所に居れば騒ぎに成るのは分かり切っている。

 それに、今夜は闇に紛れて侵入できたが、この手が何時までも使えるとは限らない。そっちの方も何とかせんとな。


「まぁ、できるだけやるか」


 第二夫人の穏やかな寝顔を見ながら、そう呟き、俺はプランを練り始めた。


 ******


「きゃ~~~~!!!! トールかわいい!!」

「トール、さま、よい、です」


 頬を押さえながら黄色い声を出すキャルと、無表情で俺を抱きかかえながら頬ずりするイブを横目に、俺は死んだ魚の様な目で溜息を吐いた。


 いや、まぁ、しょうがないとは分かっちゃいるんだ。人の目を誤魔化す為にはこれが一番良いって事位。

 だが、理性で理解できても感情で納得できるかと言われればそんな事は無い。


 俺は今、クマの着ぐるみ(コスプレ)状態になっている。


 これが俺の本意で無い事は、現状の俺の状態を見れば分かって貰えるとは思う。例え体は赤ん坊だとしても、心はすでに50歳目前(アラフィフ)だ。

 正直、自分ではかなりキッツイ精神状態になっている。


 だが、仕方ないのは仕方ない。『木を隠すなら森の中』の諺もある様に、あの大量のヌイグルミが置かれている中で有れば、この格好でもそれ程目立たないハズだからだ。


 これなら、昼間オレがあの部屋に居ても問題無いだろう。

 それと……


「はい! これ、ポプリの匂い袋ね」


 そう言ってキャルの差し出した小袋を受け取る。


『安眠や、心を落ち着かせる何か良い方法とかないか?』


 と言う俺の質問に『なら、匂い袋とか良いよ』と言ったのもキャルだった。

 そう言えば、前世でも、アロマテラピーとか流行ってたよなぁ。


 夜が明け、第二夫人が目を覚ました後、「ちょっと、散歩行って来る」と誤魔化して、俺は教会(きょてん)へと戻って来た。

 軽く流してはみたが、泣き縋る第二夫人を宥めすかして説き伏せて、「絶対に戻って来るから」と約束して「ちょっとだけだから」と言いくるめて、最後は“肉体言語の子守歌”まで駆使して何とか戻って来た訳だ。疲れたわほんと。

 と言うか、0歳児が普通に話して居る事に何の疑問も持たない夫人は、結構、理性や思考が危うい感じに成ってるんじゃないかと思う。


 そんな訳で、戻って来た俺は「伏せっているご婦人を見付けてしまったので、しばらく看病する事にした」と、俺が喋れることを知っている孤児院メンバーに打ち明け、こうして対策を練っている訳だ。

 ポンポンと匂い袋を手で弄びながら、その仄かな香を嗅ぐ。成程、リラックスできそうな香りだ。

 だが……


「……アロマテラピーなら、精油とかの方が良いんじゃないのか?」

「あろま?」

「ああ、匂いの元になるエッセンスを抽出して……」


 そう言った俺をキャルが目を見開いて見つめている。

 何か、おかしなことを言ったか?


「え? トール、方法しってるの!?」

「うん?」


 確か、煮出した蒸気を集めて、その上澄みのオイルを集めれば良いんじゃなかったか?

 なので、そう告げると「それ、調香師の秘伝だからね!」とキャルに言われた。

 え? 秘伝なのか? これ。確か、家庭でできる簡単アロマとか、そんな感じのホームページに書いてあったぞ?

 納得いかなさそうな表情のキャルとは対照的に、イブの方は当然とばかりにドヤ顔で胸を張る。

 いや、何故お前がドヤ顔をする? オジサン、本格的にこの子の立ち位置が分からなくなって来たんだけど?


 と、言うか秘伝か。

 確かに、文明が未発達なこの世界では、独占できる技術ってのは貴重だしな。

 そう言えば、地球でも料理のレシピが取引の材料になり得る時代とか有ったんだっけ。俺が転生する前の時代だと大概の事がネットで調べられたからなぁ。

 秘伝と言えば、口伝や文字じゃ伝わらない類のコツだったり、実際に経験を積まなけりゃ理解できない類の事だったりして、“秘伝”と言う情報そのもののハードルが上がってたからな。


 成程、これがNAISEITUEEEEEEE!! か。確かに『あれ? オレなんかしちゃいました?』状態だな。もっとも元ネタになった“アレ”は現代の常識もなさそうだったが。

 俺もこの世界の常識に強い訳じゃないからな、下手な事をすれば悪目立ちするか、気を付けないと。

 まぁ、必要なら自重なんざする気は無いがな。

 それに、イブの前だと色々赤ん坊じゃ、あり得ない知識とか使いまくってたからなぁ。今更っちゃ、今更だ。

 あ、だからこそのドヤ顔か、うん、イブさん俺が常識外れだって事は分かって居たって事だな。


 ……イブさんとOHANASHIするべき事が増えたわ。 

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