行動派乳児
公都中央に流れる川の、その最も川上側に公爵の城がある。生活用水としても使っている為、余人が公爵より先に川を使うのは罷り成らんって事だろう。
なので、公爵の城のさらに上流にあるのは森だけな訳だ。それも、公都の半分にも当たる敷地内が、だ。
中庭なら分かるが、敷地に森とかどんだけだよ。
普通であれば侵入など不可能な公爵城だが、俺には安全に侵入できる心当たりがあった。
言わずと知れた地下坑道。
あれ、公爵家の抜け道だよな。
そんな訳でグラスの話を聞いてから3日後、無事に塞いだはずのトンネルを再び掘り起こし、俺の姿は、公爵家の城の中にあった。
べ、別に公爵夫人が心配になったらとかじゃなくて。貴族側の情報が欲しくなったからなんだからね!
当たり前だが、公爵の城の中も警戒はされている。俺はいつも以上に気配を消しつつ、城内を探索した。
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広すぎじゃぁぁぁ! 公爵城ぉぉぉ!!
まさか城の中でマッピングが必要に成るとか思わんかったわ!!
まぁ、前世のゲーム知識のおかげでマッピング自体はできる。ただ、無駄に曲がりくねったり、全く同じ様な内装が続いたりしていて紛らわしいやら面倒クサイやら。
リアル城はマジダンジョンだったわ。
しかも、執務をする城(まぁ、領館だな)を筆頭に、公爵の居城とその周囲に公爵夫人達の居城と側室達の居城、そして公爵の子供達一人一人の屋敷がある。
その上、今は公子用の城を建設中らしい。
そんな金があるなら、社会福祉に貢献せいや!
そんな風に憤りながらも、俺は城の探索と情報収集を進めた。
と、言っても、そんなにすんなり行った訳じゃない。公爵にも諜報部みたいなのは確かにあって、その連中とニアミスし掛かる場面も何度か有った。
グラス相手に隠密練習をしてなけりゃ、見つかってた所だわ。
グラスのヤツ、探知能力をさらに磨きやがったらしく、最近は中々驚かす事ができなくなってきやがった。
全く、アイツを驚かす為だけに隠形技能を磨いたってのに、友達甲斐の無いヤツだ。
でも、まあ、こっちの成長速度に追従して来るなんざ、流石にAランク冒険者だったって所だな。
さて、侍女の待機室やら騎士の詰め所やら執事の私室やらに潜り込んで色々と情報を集めつつ、公爵夫人の現在の住居を探り当てた訳だ。
……いや、誓って言うが、覗きだけはしてないぞ? マジで。ちょっと侍女の待機室で室内干しをしていた洗濯物を目撃しちまっただけだ。だが、あんなところに干してるなんて誰が思うのか!
……うん、反省はしている。
それはともかく、公爵には正室を含めて第三夫人までが居て、その他に側室が4人とか、リアルハーレムじゃねーか!!
これが男の甲斐性ってやつか……
そんな公爵家事情に驚愕しつつも調べた所、俺の母……いや、最近子供を産んだ公爵夫人ってのが第二夫人らしいって事が分かった。
第一、第三夫人にも子供は居るのだが、そちらはどっちも女の子で、第二夫人が生んだ子供が待望の男の子だったって事に成る。
第一、第二夫人はどちらも政略結婚で、特に第二夫人は隣国のお姫様だったらしい。
第三夫人が、いわゆる寵妃と言う奴らしく、政略結婚だった第一、第二夫人の褥に赴くのは月に一回程度なのに拘わらず、第三夫人の所には週一位で通ってるそうだった。
それ以外の日は側室の所だとか……ある意味すげぇな公爵。
さて、その第二公爵夫人なんだけど、町の噂通り臥せっているってのは事実らしい。
その為、病気の療養って名目で、彼女自身の居城じゃなく、公爵が執務をしている城の、その四方に配置された塔の一つで生活していると言う話だ。
公爵は長らく男児に恵まれず、産まれたのが待望のお世継ぎだったって事で、専用の乳母が宛がわれて、第二夫人は子育てにかかわる事ができないのだと言う。
いや、これ、産後の肥立ちとか何とか言うより、気が伏せってるって事じゃないのか?
隣国とは言え、見知らぬ国へ嫁いできたにも拘らず、夫はさして自分に興味を持たず、せっかく子供が生まれたのに、それが男子だった為に自分で育てる事が敵わず、取り上げられた彼女の心境はいかばかりか。
いや、俺には関係ない話だ。うん、関係ない……んだがね……
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「今更ながら、どうしたもんだかなぁ……」
第二夫人の寝室に繋がるバルコニーに降り立った俺は、こんな所にまで来たにもかかわらず、これ以上進む事に少々躊躇していた。
よくよく考えれば、俺の身分を証明する様な物なんて何一つないし、ましてや今の俺は不審な幼児な訳だ。例え第二夫人に会ったとしても悲鳴上げられてTHE ENDじゃね?
でなくとも、夜中に部屋に入り込んで来る幼児なんて、ホラー以外の何物でも無かったわ。
「取り敢えず、様子だけ伺ったら帰るか……」
そう決めた俺は、バルコニーから室内に続いている扉に手をかける。
え? バルコニーにはどうやって来たかって? 壁を駆け上がって来ましたが何か?
バルコニーの扉は不用心にも鎧戸が開け放たれていて、庶民の家ではまず見ないガラスの扉が嵌っていた。
カーテンは閉まっているが、これ、強化ガラスって訳じゃねぇよな? 場所が塔の一室ってのも理由だろうが、こんな不用心で良いのか?
まぁ、ぶち破って中に入る訳にも行かないが、閂程度ならどうとでも出来るぞ?
そう思いながら手を触れると、キィと言う小さな音を立てながらガラス戸は外側に開いた。いや、これ、不用心なんてもんじゃねぇだろ?
俺は眉を顰めながらも中を覗き込む。
……と、無数の何かと目が合ったと思った次の瞬間。ふわっと、風を感じ、俺は何かに攫われた。
室内が暗く、眼が慣れていなかった事を差し引いても、この俺が反応もできずに攫われるだと!?
驚く暇もなく正面から拘束され、ギリギリと全身が軋み、俺は思わず身体強化を強める。
だが、そんな危機的状況とは相反する様な、ふかふかの甘い匂いの何かが顔面を覆っていて、いまいち状況が掴めない。
「……、……、……」
頭上から聞こえてくるのは、ハープの絃を弾く様な声色の優しげな声。
…………
………
……
…
あれ? もしかしてこれ、第二公爵夫人か? 姑獲鳥とかじゃなく?
何とか拘束をズラす様に顔を上げた俺が、思わず悲鳴を上げなかったのは褒められて良い様に思う。
何せその時見た公爵夫人は、ゲッソリとヤツレているにも拘らず、眼だけは爛々と輝かせた状態で恍惚とした表情をしていたのだ。
何処のホラームービーかと思ったわ。
部屋の中は散乱した布団の類。ベッド以外の家具は見当たらず、公爵夫人の着ている物も、その地位(隣国のお姫様だったとかね)を考えれば酷くシンプルな物だ。
そして、一番奇妙なのが部屋のあちこちに並べられた無数のぬいぐるみ達。
成程、さっき目が合ったと思ったのはこれか。
「……、……。……」
部屋の中には公爵夫人以外は居ない。そしてこの様子から、かなりキてるのは間違いないな。成程、社交界になんざ復帰できる訳がねぇな、こりゃ。
部屋の入口は一つしかなく、……多分、外から鍵が掛けられてるはずだ。
何せ、俺が調べたところでは、ここは貴人を監禁しておく専用の部屋らしいしな。
それ故に窓だろうか扉だろうが鍵が掛けられる仕様に成っているんだとか。
にもかかわらず、ベランダ側は開けっ放し。
……まぁつまり、あわよくばって事だな。反吐が出る。
手は汚したくは無いが、都合よく消えてくれればって……な。
何せ公爵には俺と言う前例がある。秘密裏に手を掛けなかっただけでもまだマシか。
成程、公爵様の考えは良~く分かった。
なら、勝手に助かるのもかまわねぇよな?




