雑談、噂話
俺は一旦教会に帰ってから、またギルドに来ていた。今度はローブを脱いだ姿で、支部長室に一人で。
「おおよそ、順調かな?」
「お前んとこの孤児院も、だいぶガキの数が増えた様じゃねぇか」
「……まあな」
俺達がホームにしてる教会を、グラスの奴は皮肉交じりに孤児院と称している。確かに保護をしちゃいるが、その代わり労働を強いている訳だから、孤児院と言うよりは職業訓練校って所だな。
今は三歳未満の子供には簡単な家事手伝いとキャルが魔法を教えている。それで気が付いたのがタクトの重要性だ。
やはり、魔法の発動にはタクトが必要な者が多い。イブや一部の子供は、タクト無しでも魔法の発動が出来るが、それでも、タクトがあった方が発動はしやすいらしい。
ややお高めなアイテムではあるが、それでも必要経費だろうと思い、5本程のタクトを購入した。
人数に対してタクトの数が少ないから、共用で使って貰っているが。
ただしキャルには、それとは別に専用の物を一本プレゼントした。
「ありがとー、トール! だいすき!!」
との言葉を貰いキャルから抱きつかれた。それを見ていたイブとオスローから、えらい表情で睨まれたが。
オスローはシスコンだからまだ分かるが、イブにも同じ様に専用のタクトをプレゼントしただろうに、なぜ俺を睨むのか。
それはともかく、何故、俺がここに来ているかと言えば、文字を教わる為だ。この世界、識字率は低いが、上流階級に行くにつれその需要は高まる。
元冒険者だと言うグラスが今は文字を書ける様になって居るのが良い証拠だ。
授爵をした後、貴族の嗜みだと言う事で覚えさせられたのだと言う。
「あの時がオレの人生で一番大変だった」とは本人の弁。
もっとも、低位貴族の中にも読み書きができないものも多いらしく、そう言った者達は読み書きのできる家臣を抱えて、それ等にやらせる事の方が多い。
それを知った時、グラスはガックリと膝を落としたらしい。
そんな感じで、文字の読み書きができるってだけでも職業選択の幅は広がる。それも良い方に。
もし、御貴族様に見初められて侍女として連れていかれても、読み書きが出来るってだけで早々無下には扱われないだろう。
冒険者だったとしても、依頼書を読む為には文字を知っていた方が良いしな。もっとも、ギルドカードを受付に出せば、ギルド職員が良さそうな依頼を見繕ってくれるんだがね。
それでも、自分で探せる様に成れば、依頼に対する不満も溜まりにくくなるのも確かだ。
「トール、ちょっとこれ、見てくれるか?」
「……あー、これ、合計の数が間違ってるな」
「……おま、そんなチラっと見ただけで……そ、そうか、分かった、ありがとう」
「ん」
本を読ませてもらいながら、分からない単語をグラスに聞く形で勉強をしている訳だが、その間、グラスも分からない計算などがあると俺に聞いて来る。要は計算機代わりだな。
そのおかげで数字に関しては真っ先に覚える事ができたし、ギブアンドテイクってやつなのでそれは構わない。
それに、確かに計算は俺の方ができる。これで、読み書きもできる様に成れば読み書き計算は俺が教える事ができる様になる訳だ。
これだけ覚えておけば、子供達も食いっぱぐれはせんだろう。
しばらく書類にペンを走らせる音だけが執務室に響く。
「……動きは有るか?」
「まだだな、貧民街の方の子供も教会に保護を求めつつあるが、さて……」
俺がそう言うと、グラスは頭を上げた。
「まだるっこしいな、一気にカチコミは掛けられんのかね?」
……どこのヤクザかと。
「向こうが動くまでは静観するさね」
「モヤモヤするな」
「仕方なかろう? 俺とて一般人だ。ハッキリとした証拠があるなら兎も角、『多分』『だろう』で動けはせんよ」
「……お前が一般人かよ……そういう物言いは、御貴族様みてえだがな」
その言葉に、俺は顔を顰めた。余程その表情がお気に召したのか、グラスはクックッと笑いをかみ殺し、書類に視線を戻した。
モヤモヤするからって、俺でウサを晴らさんで欲しいんだがな。
さて、俺達が何の話をしてるかと言えば、偽……いや、ここまでくると本物の“赤銅のゴブリンライダー”の話だ。
元々の都市伝説のソレは、まぁ俺の事だったんだろうが、今語られているゴブリンライダーは当たり前だが別の存在だ。
一時期、下町をうろちょろして目欲しい拠点になる場所を探したり、貧民街からのトンネルを掘っている関係で、見つかりそうになった相手を吹っ飛ばしたり、ついでに子供にちょっかいかけてるヤツを吹っ飛ばしたりしていた為に、色々と噂に成ったんだろう。
その後の商家や民家を襲撃ってのは、おそらく便乗犯だと思う。
そう言った輩が居たとしても、今の今まで、赤銅のゴブリンライダーなんて噂が続いてるのは不自然だ。
このネットも無い世界で、ここまで残ってるってのは特にな。
そして最近は、その噂話が『人攫い』に集約されている。
つまり、現在進行形で行われているのは人攫いなのだろう。
それまでは下町や貧民街の子供を攫っていたんだと思うが、その子供が今、俺の教会の方に保護されつつあり、それ以外の子供に関してもギルドで仕事を受けれる事で、突然居なくなると不自然な環境が整いつつある。
さて、そうなれば、人攫いを稼ぎにしている連中はどう出るか?
「そろそろ、手を出してくると思うんだがね」
「分かってる。今以上に、ソロでって依頼には注意する」
仕事の時に手を出し辛い様にパーティー制を推奨して貰ってる訳だしな。
恐らく、この裏には貴族連中も関わっている。
だからこそ、『他国に連れ去られて~』なんて噂も出るし、それは真実なんだろう。
基本、奴隷売買の無い公都で、人を他国に連れ去る事ができるなんてのは、それなりの権力が必要だからな。
日陰に居た子供達は日向に引っ張り出した。無いとは思うが、そのまま日陰に引っ込んで居るってんのなら、これ以上追おうとは思わない。
だが、表にまで手を出そうと言うのなら……
噂は前々からあったし、実際、子供達を保護する中で「知り合いがいなくなった」と言う彼等の言葉も聞いた。
場所がスラムなだけに野垂れ死んだって可能性も無くはない。だが、数が多すぎだ。確実に“誰か”が係わってるだろう。
さて……どうでるかね。
「そう言えば、知ってるか?」
雑談の延長の様にグラスが口を開く。
「公爵婦人だがな、産後の日立が悪いらしくってな、社交界に戻ってねぇらしいぞ」
「……だから?」
その情報に俺は思わず顔を顰めた。グラスはそんな俺をニヤニヤと眺めながら「気にしないってんなら、良いがよ」と思わせ振りな感じで言う。
……するわけなかろうが、公爵家と俺とは、何の関係もないんだからな。
ただ、その後は何故が集中出来なくなり、俺は早々にギルドを後にする事にした。
グラスが何か生暖かい目で俺を見ていたが、それは無視だ。うん。




