あれから半月が過ぎ
子供達が通りを掃除し、笑顔で住民に挨拶をする。
ここ数週間で当たり前になりつつある光景。当然だが、無料奉仕って訳じゃない。ちゃんとした依頼だ。
あの後、グラスは約束通りに準冒険者の年齢資格を引き下げてくれた。5才から3才に。ただし、防壁外に出られるのは、相変わらず5才からだ。
それと、準冒険者は必ず3~5人のパーティーを組ませる事を徹底して貰った。そしてパーティーリーダーは、必ず5才以上の者がなる事が条件。
今は、俺が依頼を出して、子供達に受けて貰っていると言う状態だが、町の住民だって、子供達がどれだけの事ができるかが分かれば、依頼を出す者も増えるだろう。
そう、俺は『子供が仕事を受けられる環境』を作る事にしたのだ。
子供達が、盗みに手を染めて貧民街にまで押し込められなければいけない一番の問題は、『そうしなければ食べる事が出来ない』からだ。
そして、何故食べる事が出来ないかと言えば『食べ物を買うお金がない』からで、金がないのは『仕事がない』から。
逆に言えば、『働い』て『お金を稼げれ』ば『食う事』は出来る様に成る。その上で盗みを働く奴は、もうどうしようもない、そんな奴にまで手を差し伸べてやる必要なんてないしな。
この方法は、この公爵領が豊かだからできる事だ。もし、飢饉や不作で食料自体が足りなければ使えない手ではある。
なんにせよ、今は仕事があり、それに従事できる環境が出来上がりつつある訳だ。
そのおかげか、街中には『ちょっと、マシなストリートチルドレン』も増えて来た。
「師匠ォ~、お願いしますから! もう1人! もう1人でいいから人を増やしてくださいって!!」
マシな方のストリートチルドレンである所の1人、オスローが、獲物を乗せた荷車を引きながら、情けない顔でそう懇願して来る。
声こそ出さないが、後ろで押している5人の子供達も同意見らしい。ゼーゼー言いながら首をブンブン縦に振っている。
荷台に乗っているのは、俺とミカ達が討伐したゴブリン4体、オーク2体、猪1頭、鳥4羽。
合計でも1tは行って無いんじゃないか?
……そう、オークも居た。外見は巨大な猪。ただ、前肢はやはり親指が内側を向いてて、物が持てるようになって居る。それで良いのか? 鯨偶蹄目。
普通は四足で暮らし、その都度その都度で前肢を手として使って来る。
角も一応あるにはあるが、小さすぎて遠目だと気が付かない。ただ、普通の猪の3、4倍の大きさは有る上、フンドシみたいな物を身に着け、そこに棍棒を挟んでいるから、区別がつかないって事は無い。
「却下。足腰の強さは戦闘の基本だ。それ以上の人数にしたら、鍛錬にならん」
「うへぇ……」
絶望で目の光が消えたな。体も鍛えられて金も貰える。良い事じゃないか。彼らのやる気が低いのが不満なのか、周りにいたミカ、セアルティ、ガブリが「軟弱者!!」とでも言うかの様に吠えた。
ウリとバラキは素知らぬ顔。俺の両隣で、機嫌よく歩いて居る。
俺が、彼等にやらせているのは荷運びの仕事だ。これも、俺がグラスに頼んで増やしてもらった準冒険者の大事な仕事だ。
頼んだ時間に指定の場所に来てもらい、荷物を運んでもらう。当然だが、危険のある場所までは来てもらう事は出来ないが、それでも森の入口から町中まででも結構な距離があるからな。
ちゃんとした冒険者の荷運びであれば、完全にパーティーに付いて行く事も出来るが、準冒険者は必ず日帰りが出来る事が条件と成っている。
俺はオスロー達に、そんなポーターをやらせる事で、鍛錬もこなしてもらってる訳だな。
そう言う俺は、ローブと仮面を着けて彼らの前を歩いて居る。ローブの中は竹馬から進化した超シークレットシューズ。鎧のレガース部分を買って来て加工したもので、鉄下駄よりも重い代物だが、身体能力向上を使っている俺なら余裕で使用できる。これも鍛錬の一環だと思う事にした。
買取料金なんかもそうだが、ただのストリートチルドレンと準冒険者、冒険者では、社会的信頼度が違う。まぁ、仕事をしているかいないかってのはそれだけ周囲の印象が違うって事だ。
今の俺は冒険者のトールとして活動している。グラスも言っていたが、手っ取り早く金を稼ぐ為の偽の身分だ。
何せ冒険者トールは、現在10才設定な訳だからな。
準冒険者の登録年齢は支部長権限で低くは出来たが、さすがに冒険者登録の年齢までは低くは出来ない。
それ故の処置な訳だ。書類はグラスが書いた。俺は、支部長直々にスカウトして来た大型新人って設定だ。
うん、年齢以外は全く嘘じゃないからな、うん。
そのおかげで、今俺達が暮らしている教会を冒険者権限で借り受ける事が出来た。保証人はグラス。
俺としては買取りたかったんだが、公都の土地は全て公爵の物で、上物の買取は出来ても土地代は支払い続けなくちゃいけないらしいから、教会自体の借料が殆どかかっていない今の状況と変わりはないらしい。
むしろ、「お役人と顔を突き合わせなくて済む今の状態の方が良いだろう?」って言うグラスの言い分の方が納得できてしまった。
だが、そのおかげでグラスに良い感じに首輪を付けられちまったって所だな。さすが、海千山千の貴族達と渡り合って来ただけの事はある。恐れ入ったわ。
確かに言いくるめられたって部分はあるが、子供達の出入りも激しくなって居た場所だ。都合が良かったって思う事にしよう。
決して負け惜しみなんかじゃ無いんだからね!!
オスロー達をギルド裏の解体所に向かわせる。ウリとガブリ、セアルティは彼等に付き添ってくれるらしい。
まぁ、ギルド受付に行ったって、面白い事なんて何も無いからな。それでもミカとバラキは俺の方に来てくれた。
開け放しの入口から中に入ると、外とは違う喧噪が耳に届く。俺と同じ様に依頼から帰って来た者、朝から入り浸って酒をかっ喰らっていた者、冒険者ってのは本当に自由人だ。
入って来た時に少しだけ視線を感じたが、すぐにそれも逸らされる。この半月、毎日の様に通っていたってのもあるが、『新人潰しキラー』オスローが師匠と呼ぶ人物の為、畏怖の対象になっているらしい。
グラスがそう言っていた。
周りを見渡し、空いている窓口の前に行くと、中年の受付さんがニコニコと対応してくれる。支部長の秘蔵っ子扱いだからな。俺は。
まぁ、毎日の様に魔物を狩って来れる俺は、相当な実力者として彼等には映っているらしいがね。
マジックハンドを使って討伐証明の角を渡すと、受付さんはカウンターでそれを確認し「確かに」と言って割符を渡してくれる。
後は、これを換金所に持って行くだけだが、解体の方の割符をまだ持って来て貰っていないので、少し待つ事に。
ついでに依頼表の貼ってある掲示板を眺める。
文字自体はグラスに教えて貰ったが、まだ文章を読める程じゃない。読める文字だけ拾いながら、文章として成立する様に間を想像し埋めて行く。
まあ、これも勉強だな。
「トール、さま」
「アオン!」
声を掛けられ振り向くと、イブとラファが居た。彼女達の後ろには4人の男女。最近知り合ったⅮ級冒険者パーティー『緑風の調べ』の面々だ。
リーダーで剣士のアルトが人懐っこい笑みを浮かべながら片手を上げる。
「やあ、トールさん」
「……さん付けは要らんよ、俺の方が後輩だし、等級も下だからな」
実際、冒険者となって半月程だし、等級で言えばF級だ。
そんな俺の言葉に、パーティー最年長、戦士で獣人のオッサン、ダンダが片眉を上げながら呆れた様に言う。
「…………よく言うぜ、毎日、毎日魔物狩りが出来る様な凄腕が」
「確かにそうですねぇ、普通は4、5日に一回狩れれば上等なんですよ?」
同じくパーティーメンバーの魔法職のリシェルがそれに追従する。俺は、ミカ達が居るお陰で比較的魔物を見つけるのが早いが、普通はそうじゃないらしい。
もっとも、俺は魔物の出現率の高くなる森の奥まで入り込めるからってのも理由ではある。
身体能力向上を常時で使える為、森での移動速度が他の冒険者より早い。特に、普通は魔物等との遭遇を考えて慎重に移動するしな。
それに、俺の行動は必見、必殺なんで、むしろ魔物との遭遇をメインにしている為、あまりそう言った事を考えないで良いからってのも理由の一つか。
「そうだよね、いったいどうやって、魔物を見付けてるのさ」
パーティー最後のメンバー、斥候職のユーネはそう言うが、普通に森の中に突っ込んで行って遭遇したら狩ってるだけなんだがな。
確かに先手を取れる様に立ち回ってはいるが、特別何かをしてるって事は無い。
「……結構遭遇するぞ? 普通は違うのか?」
「話、聞いてた? “普通”は、4、5日に一回くらいなんだってば!」
「ふうん、なら、俺は運が良いんだろうな」
「魔物との遭遇を“運が良い”なんて言えるのはアナタくらいですよ」
「普通は“運が悪い”って言うからな?」
そう言って、俺の肩に手を置こうとしたダンダをヒョイっと避ける。
ローブで隠しているとは言え、その中はハリボテだ。さすがに触られるのは拙い。
「何故避ける?」
「いつから俺が、素直に肩を叩かせると勘違いしていた?」
「ほほう?」
口の端をピクピクさせながら、ダンダが俺の肩を叩こうとムキになる。俺は、それらを次々に避けまくった。
上げ底シューズを履きながらの回避って、結構辛いんだが?
そんな事を思っていると、唸り声をあげながら、ミカとバラキが俺達の間に割って入って来た。続いてイブが立ち塞がり、ラファが追従する。
「ほらほら、ダンダ、子供相手に大人気ないってば!」
「そうですよぉ、ダンダさん」
「ちっ」
パーティーの女性メンバーに窘められ、ダンダが手を引く。
「トール! 次にあった時は、必ず肩を叩いてやるからな!!」
どんな捨て台詞だ。まあまあとアルトに窘められながら、ダンダはギルド備え付けの酒場に向かって行った。
「トールくんもトールくんです! 大人をからかう様な言い方をしてはだめですよぅ?」
「そうそう、特にダンダは単純なんだからさ!」
「そうだな、すまん……それと、イブが迷惑をかける」
「いえいえ、イブちゃん、とっても優秀だからぁ、私も、楽しんでますよぉ?」
「ホント、すっごいよね! 威力は段ちだし、覚えも早いし!!」
今、イブは彼女達に魔法を習っている。身内贔屓ではなく、イブは魔法の才能があると思う。なら、今の内からそれを伸ばしてやるのも保護者としての務めだからな。
話を聞く限りでは、イブは既に攻撃魔法と補助魔法の初級レベルは覚えたらしい。回復魔法は特殊な部類で、神職に無い者が覚える事は出来ないとか。
俺達、教会に住んでるんだから、それで大目に見てくれないもんだろうかね? 駄目か、駄目だよな。残念だ。
それはともかく、専門職の彼女から見てもイブの才能は凄いらしい。具体的に言えば、全ての魔法の威力が一段上の魔法と遜色ないどころか超えている位だとか。
「でも、これは結構危ないかもしれないですよぉ?」
「……あー、貴族に見つかると厄介か」
才能の有る身寄りのない子供なんて、貴族が話を聞き付ければ手を出さない訳がない。それに、他のヤツ等も……
「それに関しちゃ、俺が守るさ、家族だしな」
そんな俺の言葉を聞いて、イブが嬉しい様な困った様な複雑そうな顔をする。
「くっふっふぅ……イブちゃんも女の子だねぇ」
ユーネが楽しそうにイブの頬をつつく。リシェルも意味ありげな笑みを浮かべている。
それに対し、イブは真っ赤になると、ぽかぽかとユーネを叩き始めた。
そんな彼女等をミカ達も楽しそうに追いかけ回し始める。いや、騒ぐなよ。何やってんだか。




