歴史は夜作られるっていうじゃん
俺の姿を見たグラスは、さすがに唖然とした表情を浮かべた。
うん、その反応も予想してた。
「で? 話を聞く気にはなったかい?」
「……赤銅のゴブリンライダー……」
「……そっちかよ」
溜息を吐いて身体能力向上を解く。どの道顔バレはしたんだし、ゴブリンよりはアルビノの方が何ぼがマシだろう。
少なくとも人間だし。
「!! どう言うカラクリだ? そいつぁ」
「……企業秘密だ」
……う~ん、冒険者ギルドのギルドマスターでも、俺の様な能力持ちは知らないのか。ホント、何なんだろうな? この能力。
「……で、噂のゴブリンライダーがギルドに何の用だ? まさか、“討伐されに”って訳じゃねえよな?」
え~、その件まだ引きずるの?
「…………まず、間違いから訂正させてもらおうか? 俺はゴブリンじゃあない」
「……小柄な体で、その知能、ホブゴブリンじゃないってんのなら、ハーフフットか?」
“人間”って、選択肢はないですかそうですか。当たり前か、人間、こんな年齢でこうも動き回れないからな。
って言うか、ホブゴブリンは知能が高いのか。見た目はどうなんだろ? 進化論的な感じで人に近付いて行くとか? 猿>類人猿>人、みたいな感じで。
「御期待に沿えなくて申し訳ないが『人間』だよ」
「はぁ? 人間だってぇ? 色をコロコロ変えられる人間なんて、オレァ見た事ないんだがね」
そう言いながら、グラスは、執務机の脇に立てかけてあった剣に手をかけた。っつうか、俺の年齢で普通に話し、動き回ってることに疑問は無いんですかね?
いや、だからこその魔物扱いなのか? だとしたら、姿を見せたのは失敗だったかもしれない。
逃げるのが正解なんだろうが、入り口のドアまでは距離があるし、外に出ても冒険者達がいっぱいいる。だが、窓はグラスの真後ろだ。
それに、運良くこの場は逃げられても、すぐさま追って来るだろう事は確実だ。例え、俺が気配を隠しても見付けられそうだし、おそらく身体能力も向こうが上だろう。
さて参ったな。
グラスが剣を抜き、執務机を飛び越える。
低い! この書類がうず高く積まれた執務室で、まるで机の上から水平移動でもして居るかの様な移動の低さ。思った以上に技量が高い。
どうする? どうしたら……
少し迷ったが、俺の決断は……
『動かない』だ。
銀線が翻り、俺の前髪が数本宙を舞った。
「……」
「……」
「良い度胸だ。だが、俺が寸止めすると、何故気が付いた?」
確かに、太刀筋に不自然さは無く、殺気も籠っていた。だがな……
「……半年近い付き合いだ、性格くらい把握できると思うがね?」
お互いに、一方的に存在を知っているだけの者同士だがな。
「ま、確かにな」
「ふう」と息を吐くと、グラスは剣を鞘に戻し、そのまま来客用のソファーに腰を下ろした。そしてアルビノの俺の姿をマジマジと眺め、口を開いた。
「……成程、アルビノの赤ん坊、お前が公しゃ……」
「それ以上は口にしない方が良いと思うぞ? 俺は『忌み子』の捨て子だ。それ以上でもそれ未満でもない」
グラスが余計な事を言う前に口を挟む。やっぱり、これ位の地位に居る者だと、俺の出生に見当がつく様だ。弟を見た事が有るのか、それとも親の面影でもあるのか。
「この能力故にか?」等とグラスがブツブツと言っているが多分、見た目と迷信ゆえだと思うぞ? わざわざ指摘する程の事でも無いが。
「まあ、秘密なんてほじくり返しても良い事なんて無いか……しかしそうなると、ゴブリンライダーってのは……復讐か?」
「しねえよ、そんな暇な事。最初の噂は俺だろう。だが、後のはカタリだ。そもそも、俺はその頃、森に居たからな……あ、でも、貧民街のチンピラ殴り倒しまくったのは俺だな」
「そうかよ。しかし、森ぃ? それを証明できるものは?」
「無いな」
俺がそう言うと、グラスがクックックと笑う。
「オレが証明できるな、ギルドに忍び込む者が居なかったのがその頃だ」
「あぁ……」
不在が証明って事か。そうなると、最初のアレは煽りか。
「だが、それで、俺が悪さをしてないって証明には成らんだろう?」
「ハッ、毎日の様に情報を集めに来ていた奴が、最も情報が必要な時にだけ来ないなんて可笑し過ぎんだろう? その上、次に来たのが不自然に噂が広まった後だ。第一……」
「……何だ?」
肩眉を上げグラスが可笑しそうに口の端を歪める。
「お前にゃ、そう言った裏の人間特有の後ろ暗さが無ぇ」
そう言われ、俺の眉根が寄る。自分を邪悪だと標榜する気は無いが、腹黒いって自覚はある。何せ、40年、色々とやって来た記憶があるからな。とてもじゃないが純粋だとか言えない。
だからこそ、イブやオスローの真っ直ぐさを直視できないんだがな。
「……後ろ暗い事なんざ、した覚えは無いからな」
ただ、そうは答えておく。
「ふむ、まぁ、話は聞いてやろう。判断をするのは、先ずそれからだ」
「妥当だな」
もっとも、会話を交わすまでが一番の難所になるんだがな。俺の場合は。
「準冒険者の資格をもう少し下げられないか?」
「は? 何でまたそんな事」
「出来るかどうかだけ聞きたい」
俺の言葉に、グラスが思案気に顎をさする。
「出来るできないで言えば、出来る。だが、それをした所でメリットなんざないだろう?」
「あるさ、もっと低い年齢から働ける」
その言葉に、グラスは表情を歪めた。
「ガキ共に、危険を負わせたいってのか?」
こちらに、塊と化した殺気が圧し掛かって来る。ふむ、嫌いじゃないな、こう言う気質の人間は。
だが、一応言っておこう、俺とて子供だ。
「……壁の外が危険だってのは良く分かって居る」
魔物とか出るしな、採取の依頼だって、比較的安全な街道側の森でやるのが普通だ。それも、ソロではなく複数人でだ。
オスロー達にはパーティーを組ませたり、単体で外に出る時は「祠の所で待ち合わせてますから」って、言い訳をさせている。
「だから、町の中での仕事をさせれば良い」
「はぁ?」
俺を見るグラスの顔が、奇妙な物を見るような目つきになった。




