働かなくては食べられません
この世界の子供が逞しいって事は、イブやオスロー、キャルを見ていれば嫌でも分かる。それで、ふと思っちまったんだ。「彼等に働ける場を提供したらどうなるだろう」って。
いわゆるストリートチルドレンが街の人達に嫌われるのは、不潔で臭いからってのもあるが、その殆どが“盗みを働くから”だ。
子供らは生きる為に、食べる為に盗むし、大人達は自分の飯のタネであり、財産である商品を盗まれるのを嫌がる。
当たり前だ。商品が無くなれば自分等だって食っていけなくなるんだ。だいたい、苦労して仕入れて売って居る物を簡単に掻っ攫われたら堪ったもんじゃない。
ストリートチルドレンの方にしたって盗みが悪いなんて事は分かって居る。にも拘らずそれを遣るのは、ひとえに“他に食べ物を得る手段がない”からでもある。
大げさに言えば生存競争ってヤツな訳だ。
この街、コールワートは公爵領の公都でもあるせいか、物の出入りが多く人の出入りも激しい。商人の出入りが多いって事は、護衛の役目も多いって事で、そう言った事を生業とする冒険者も多く集まって来る。
この辺りの地形は緩やかな丘陵が多く、隣町に続く平原の逆側は深い森に成って居る。人手の入ってない森は野生動物と魔物の宝庫だし、それはイコール素材の宝庫って事でもある。
公都にふさわしいだけの大きさを持つ冒険者ギルドは、それに応じた数の冒険者が所属してるって証明でもある訳だ。
何せ、この公都だけで冒険者ギルドの支部が6つも有りやがるんだからな。
そして、それだけ依頼や冒険者が多いって事は、同じ位命を落としている輩も多いって事で、そんな冒険者の子供だったヤツ等は相当な幸運にでも恵まれ無ければストリートチルドレンになる。
そう言ったヤツ以外だと、身籠った娼婦が秘密裏に捨てた子供とかかな。
旅人が多いって事は、そう言う商売も多いって事に成るって寸法で、家族計画の概念がどうなっているかまでは分からないが、処置をしていないなら、やればできる。身籠って当たり前だ。
この町は中央に生活水の為の川があり、それを中心に町が作られているらしい。公爵家の敷地が川上に有って、貴族街、高級商人街、上級住民街、商人街、と続き住民街と下級商人街や職人街が入れ混じる様にあり、歪なひし形の様な防壁の一角に、まるで盲腸の様に貧民街がある。
公爵の城は敷地の中の川下側に有り、広大な敷地の殆どは森になっているらしい。敷地の中に森とかアホじゃなかろうか?
この公都の規模に比べると貧民街の大きさは驚く程小さい。
もっとも、住民街の通りを一つ入ればガラの悪いのが増えるんだから、特に質の悪いのが貧民街に押し込まれたり、逃げ込んだりしてるってだけな気もするがな。
ただ、そう言った親無しの子供の多くは、そんな貧民街に集まって来る。最後に逃げ込む場所がそこだからだ。
そうして、ゴロツキやチンピラ、地下組織に拾われれば、見事な犯罪者の出来上がりって訳だ。
それはともかく話を続けよう。現状を見ても分かる通り、この街に孤児政策ってヤツは無い。そもそも社会保護って概念が有るかも怪しいしな。
教会なんかが在るのは見るが、炊き出しの様な事をしてるのは見た事が無い。当然、孤児院もだ。
ボランティアなんて、当然、存在しない。
誰も助けてくれないってんなら、子供達は子供達で、勝手に助かっても良いよな?
幸いと言って良いか、俺達にはそこそこ食料は有り、その上、労働力が足りてない。
なら、その人材、使う分には構わんよね?
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俺は、オスローやキャルに、顔見知りの孤児達に声を掛けさせる。当時は餌場を奪い合うライバルであったり、時には大人から身を隠す為の協力者だったりした彼等に、仕事をさせる為だ。
労働の対価は食事と寝床。教会内部にも空き部屋は十分あるし、無くなったら、以前作った拠点を与えればいい。どうせ破棄するつもりだったんだしな。
集まったのは20人近い浮浪児達。まだ小さいヤツは乳飲み子から、大きければ7才位まで。
「おい、オスロー。オレら集めてどうすんだよ!」
「お腹いっぱい食べさせてくれるって聞いたから来たんだよ?」
「そうだそうだ!!」
「あ! 犬さんだぁ!!」
「おねいちゃ、おなかすいた」
「……?」
「オギャア! オギャア!」
「おなかすいたぁ……」
「うえ~ん!! うえ~ん!!」
「ちょっと、泣かないでよ!!」
流石に騒がしい。それでも当初の予定通り、オスローには進めさせた。俺? イブに抱っこされて見守っていますが、何か?
今回は、色々なリスクを考えて、俺が矢面に立つ事は無い。
大まかな指示は俺がするが、実行するのはオスローとイブだ。
チラリと俺の方を見て、オスローが咳払いをする。
「分かってる。だけど、オレは同時に仕事もして貰うって言ったよな?」
「んな事どうでも良いんだよ!! 飯をよこせよ!!」
「そうだそうだ!!」
「ちょ、ジョン、ダメだよ!」
血気盛んな少年が、オスローに掴み掛ろうとするのを知り合いらしき少女が押し止める。オスローは、少しビクリとしながらも、努めて冷静に話を続けた。
「食料は、あくまで労働の対価だ。働いた奴だけ食料を貰えるんだと思ってくれ。働かない奴には渡せない」
「うるせえ!! こっちはテメェぶっ飛ばして奪ったって良いんだよ!! その方が手っ取り早いしな!!」
「そうだそうだ!!」
「ちょ、ジョン!! きゃ!!」
止めていた少女を突き飛ばし、ジョンと呼ばれていた少年がオスローに殴りかかる。が、オスローの方は、それを受け止め、ジョンを豪快に一本背負いで投げ飛ばした。
うん、俺がオスローに叩き込んだ技だな。だがあれは、“受け止める”んじゃなくて“受け流して”投げる方が正解だ。ワンテンポ遅れるしな。
とっさに十字受けが出来たのはまあいいが、両手が使えなくなるから、その後蹴りが来ると対処できなくなるし、受け止めた腕を掴まれる恐れだってある。
オスローは後で再特訓だな。
身震いしたオスローの足元で、ジョンが呆然とした表情になって空を見上げている。
まさか、2つも年下の少年に投げ飛ばされるとは思ってもみなかったんだろう。
「ジョン!! 大丈夫!?」
「っ!! クソ!! 今のは油断しただけだ!!」
少女の声でハッとしたジョンが起き上がり、即座に殴りかかって来た。オスローが「どうします?」って感じで俺を見る。
うん、徹底的にやったんなさい。俺は良い笑顔で親指を下に向けた。




