小難しい話は偉い人に任せるとです
港からさらに10日程かけてやって来たのは聖王国の国境沿いの街イフス。ここに難民達がキャンプを作ってるんだとか。
その防壁の外側に木の棒と布を張って作られた、小屋とも言えない様な住居が無造作に立ち並び、そこに難民と思しき人達が暗い表情で蹲っていた。
思ってたよりも状況は悪い様だな。
リティシア嬢の話では、この難民の受け入れは調整中と言う事でここに留め置かれてるらしい。ざっと見れば人数的には200人は居るだろうか。
「調整中って、何を調整してんだか……」
シュルシュルと皮を剥き、その皮は大鍋の中へ。
『【同意】受け入れるか受け入れないかでしかないでしょうに』
その大鍋をグルグルとかき回しながらファティマがそう言う。
『【追従】オーナーの街が凄い勢いで出来上がっている所を見てるおかげで、対応の遅さがもどかしく感じるデス』
「んっ」
俺が剥いた芋を刻みながら、イブとジャンヌが溜め息を吐く。
「アオン?」
「オン、ワオン!」
そうか、お前らもそう思うか。傍らに居るミカとバラキに視線を送ると、尻尾をパタパタと振り、足に擦り寄ってきてくれる。可愛い。
「とーる、お腹空いた」
「……」
マイペースだなラミアー。
俺達の話を聞き流しながら、ルールールーも無言で皮を剥いている。
いや、国の対応としては分からなくもないんだ。難民が来たのは突発的な事で、受け入れる為の場所の確保やら、住居の準備やらが必要だろうし、自立して食料を生産できるまでの間の食料も必要だ。
他国の人間を受け入れるって事での摩擦もあるだろうし、それでなくとも受け入れるだけで税金を使うのだから、それに対する国民感情なども考慮しなけらいけない。
まぁ、建前だろうけど。
情報伝達が未発達なこの世界で、あえて情報を封鎖するなんて事はいくらでもできる。この難民にしたって、直接見た以外の人間が伝聞しなけりゃ、たぶん伝わらない地域なんていくらであるんだから、国民感情なんてどうとでもできるんだわ。
まぁ、色々言ってみたが、国の規模を考えれば、高々200人ばかりの受け入れが出来ないなんて事はない筈。
もしかしたら、その先まで考えてるんかもしれんけど。一度受け入れたら次も受け入れなきゃならなくなるからってな。
ただ、恐らくそれは無い筈だがね。
第一に、このキャンプの難民の人達が聖王国まで来たのだって、声の大きい難民がそれとなく誘導してる筈なんだからさ。
で、なかったら、態々聖王国まで来なくても、戦の影響の少ない近い村や町に身を寄せてるだろうからな。
そうやって遠路はるばる聖王国にやって来て、その上で足止めを喰らい、ああやっぱりダメなんだろうか? なんて、諦観が漂い始めた所に、差し伸べられる手。
絶望が深ければ、その時に手を差し伸べてくれた相手に対する感謝の念も深くなる。
それに、こうやって足止めをしている内に、惨めな難民の姿を見た商人やら、冒険者がいれば、それは周囲の村々に伝わるし、それを慈悲深い聖王国が受け入れたなんて美談が伝われば、ある種のプロパガンダにも成り得る。
そうやって、敬虔な信者を増やしたいって思惑もあるんだろうさ。
まぁ、そう言う意味では、俺の今やってる事も同じっちゃ同じなんだがね。目くそ鼻くそって奴だ。
『【訂正】違います。マスターは、少なくともそんな風に感情をコントロールしようとはしていません!!』
『【追従】そうデス! 住人が欲しいって言う“欲”はあるデス。でも、利用しようなんて考えてないデス!!』
……有難うよ、お前等。
俺がそう思って苦笑してると、何かを察したのかミカとバラキがすり寄り、イブも俺の手を握り、ラミアーが抱きついて来た。
うん。有難い事だわホントに。
「トール様、こんな時にいちゃつかないで下さい」
皮を剥く手を止めずにルールールーが言う。
あ、はい。じゃ、なくて、いちゃついてる訳じゃないんだが? ルールールーよ。
******
難民のリーダーとリティシア嬢との話し合いの感触は、今一向こうは乗り気じゃないって感じだ。艱難辛苦を乗り越えて着いた先から、また別の場所に移動しないかって言われてる訳だから心情は分からんでも無い。
「無理強いする訳にゃいかんよリティシア嬢」
「ですが……」
俺に対する義理の様な物もあるだろうが、何よりリティシア嬢は聖王国がこの難民達を利用しようとしている事を知っている。
だからこそ、何とか俺の領地に行かせたいって思いが有るんだろうが、流石に公爵家のお嬢様が『聖王国は侵略侵攻の為に貴方達を利用しようとしている』なんて口に出すのは色々と拙い。
それこそ彼女どころか公爵家が国家反逆の意志を持ってるとか取られかねんからな。
悔しいとは思うが、難民の人間が嫌だと言っているなら、それを尊重するしかない。
「あの、それでトール様は何を?」
「炊き出しの準備」
「はい?」
「うん。見た所、あんまり食べられてないっぽいしな」
食えんのは辛いのですわ。
「ん! お腹、いっぱいの、ほう、が、良い」
『【確認】この位で良いでしょうか? マスター』
「んー、もうちょっと煮込んで」
『【了解】分かりました。マスター』
出来ればドロッドロに成るまで。アクは取りつつ、最終的にはソレ濾すし。
『【提案】ボク達は追加で狩りに行くデス? お肉はいくら有っても良いデス』
「アオン!!」
「ワンワン!!」
「アウ? ワン!!」
「うん、任せた」
俺がそう言うと、ジャンヌと犬達は平原へと向う。まぁ、待ってる間、暇だったんだろうしな。
「とーる、あたしは?」
「イブと一緒に食器の準備」
「ん!」
「では、わたしは足りない食器類を調達しましょう」
ああ、足りんか。俺の意を汲んで動いてくれる仲間達に思わず笑みがこぼれる。
「って、訳だリティシア嬢。ルールールーの案内頼めるか?」
「え、ええ、その位なら」
ちょっと面食らいながらも、リティシア嬢が頷いてくれた。
人間、余裕がないと視野も狭まるってもんだ。たっぷり食べてゆっくり寝むりゃあ、また別の考えも起きるだろうさね。




