人として生まれ育ち人と成る
「ふうっ、う、うう、ふぐっ、うう、ううう……」
暗い部屋の中で、真っ白い女の子が嗚咽を漏らしている。
何処で聞いた話だったか、動物は“鳴き”はしても“泣き”はしないらしい。多分それは魔物も同じで。
“泣く”と言う行為は、詰り人間特有の行動なんだそうだ。なら、目の前にいるこの子は、間違いなく“人間”なんだろう。
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ラミアーに割り当てられた部屋の前まで来た途端、俺は【念動力】で部屋内に引っ張り込まれた。
カーテンが閉め切られ、薄らぼんやりとした部屋の中。何がどうしたとか思ってたら、ラミアーが俺の事を抱きしめて来た。
何か別ん所でも、同じ様なシュチエーションがあったな。第二夫人の所だったか?
「とーる、死んじゃダメ」
「あん?」
「死んじゃ、ダメ」
「……いや、生きてるだろうが」
えっと? これはラミアーなりに俺の事を心配してるって事で良いのか?
抱きしめてる腕をポンポンと叩いて、抜け出すと、俺はラミアーの顔を見た。酷く辛そうな表情で、どの位睡眠がとれていないのか、目の下にクマが出来ている。
こんな状態なのに儚げな美少女に見えのが、何か理不尽を感じるわ。
俺の顔を見たラミアーは、さらにクシャリと顔を歪めると、今度は正面から俺の頭を抱きしめた。
その細い肩が震えているのが伝わってくる。
「死なないで、とーる」
うん、だから生きてるんだってばよ。何だろう、この情緒不安定さ。
まるで縋る様に俺の頭に頬を擦り付けて来る。
俺が死にかけたって事が、それ程のトラウマに成ったって事か? だとしたら、ラミアーが欲しい言葉は、今、死んではいないと言う事実を聞きたい訳じゃないんだろうが。
しかし、だとしても何で……
ああ、そうか、この娘は、気が付けば自分以外の同族が居なくなった未来に放り出されたんだったか。
彼女の過去に何があったかは分からない。だが、今、彼女が1人っきりだと言うのは紛れもない事実だ。
俺は身体能力向上を解除すると、ラミアーと視線を合わせた。
ラミアーの瞳に映るのは、彼女と同じ白い身体と赤い目の少年の姿。恐らくは勘違い。事実、俺は吸血鬼じゃあない。
だが、この少女にとっては、この少女だけの真実としては、俺は、他に替えの居ない“同胞”として映っているんだろう。
いや、それこそが勘違いなのかもしれない。吸血鬼と言う存在そのものが、そんな魔物など実は居なかったとしたら? ふと、そう思った。
むしろ、俺と言う存在こそが、かつての彼女達と同じ立場だったとしたら。
“俺”は、何故捨てられればならなかった? 公爵が、俺を禁忌とした理由は?
真実は分からないし、その事を追求しようとも思わない。どんな理由が有ったとしても、俺が捨てられ、今ここに居る事には変わらないから。
ただ、何某かの“前例”が無ければ“禁忌”とは成らないだろう。
ああ、いや、今、そんな事を考えてる場合じゃなかった。
俺は、多分この少女が“欲しい”と思っているであろう言葉を紡ぐ。
「俺は死なない。お前の側にいるから、な?」
「……うん」
ラミアーが再び顔をクシャリと歪ませた。だが、先程とは全く違う安堵を含んだ表情。そして、俺の胸に顔を押し付けながら今度は嗚咽を漏らした。
******
彼女の頭を撫でながら、しばらくそのまま黙っていると、ラミアーは、ポツリポツリと話し始めた。
曰く、彼女が離れたせいで俺が死にかかってしまったんだと。
どう言う事なのか分からなかったが、どうやら、ラミアーはあのアーティファクトの事を知っていたらしい。と言うか、戦った事もあるんだそうだ。
そう聞いて、俺はストンと腑に落ちた。ああ、あの火炎巨人があそこに在ったのは偶然じゃなかったんだろう。恐らくはアレの目的地は、ここの遺跡で、ここを制圧するか、それとも、ここにある何かを求めて来向かって居たんだろう。
何にせよ、確かにラミアーにとって火炎巨人との相性は良い。直接接触する事なく攻撃の出来るラミアーは、火炎巨人にとっては天敵のような存在だしな。
だからこそ、サラマンダーの匂いを嫌って自分が俺の傍を離れた後で、俺がアレと闘った上で死にかかった事がショックだったし、自己嫌悪に陥る程に後悔したんだろう。
いや、あれ、俺の自業自得だからね? 対抗手段は構築できてたし。 うん。油断が過ぎました今は反省してる。
しかし、話を聞いてる限り、古代文明、あちこちで争い起こり過ぎだろう。あの火炎巨人を作ったグループ。聞いてる限り、ラミアーの所属してたグループとも、ラミアーを捕らえていたグループとも敵対してたみたいだし、エクスシーアの国も、どっかの国と戦争してたみたいだし。
ファティマ達の話を聞いてる限り、どうも同じ組織内でも内部分裂と言うか足の引っ張り合いとか有ったっぽいし。
まぁ、人間が運営している限り、主義主張の違いによる対立とか、所属している組織の利益による対立とか有るもんだけどさ。
未だに嗚咽を漏らすラミアーの白い髪を眺める。
禁忌、か。そう言えば、聖王国では、“禁色”だったか。禁じられてるのは同じだが、その理由は正反対なんだろうな。
……うん? 何かが俺の頭を過ぎった。
対立する関係。一方では崇められ、一方では貶められる存在。
そう言えば、神話なんかは、王族が自らの権威付けの為に、実際の人間の行いを神が行なったものとして伝えた物もあるらしいが……
また、その逆に、敵対していた相手を悪魔とする事も……
いや、どうでも良いか。
まぁ、何にせよ面倒臭せぇよな昔も過去も。
そんな争い合う世界も、迷信で差別が起こる社会も。
俺に縋りついて嗚咽を漏らしている少女の頭を撫でながら、少なくとも俺は、こんな子供が当たり前の人間として暮らせる場所を作れたら良いな、と思わずにはいられなかった。




