勧誘して見た
久しぶりに見た町中は、俺の記憶にあるものと変わりが無い様に見えた。
って、当たり前か、2ヶ月ちょっとしか経ってないしな。
俺を抱っこしたイブは、ご機嫌な様子で歩いている。まぁ、俺と一緒に大通りを歩くなんて、2カ月前じゃ考えられない事だったしな。
周りにはミカ、ラファ、バラキがテコテコと付き従う。
あんまり犬達を引き連れていると悪目立ちしそうだったんで、最低限の数にしようと思ったんだが、この3頭だけがどうしても退いてくれなかったので、仕方なく付いて来てもらった形だ。
「あら、イブちゃん、その子は?」
「おとうと、です」
「そう! お手伝いかい? 偉いねぇ」
ペコリとイブが頭を下げ、露店のおばちゃんが目尻を下げる。
イブには、俺の事は弟として扱う様にと言い聞かせた。何でか渋ったが。
道を歩いていると結構な頻度で声を掛けられる。
これを見ると、イブは、それなりに街に馴染んで居るようだな。良い事だ。
普通の貧民街の餓鬼なら、むしろ追い払われている所だ。汚いし、何を仕出かすか分からんからだ。
だがイブは、俺が連れ帰ってからそれなりに身綺麗させているし、食事で困らせた事は無い。その証拠にガリガリだった身体にも肉が付いてきている。
なにも知らなければ、普通の街の子供と言っても通じるだろう。
イブには、会う人達にはなるべく挨拶をする様に何度も言い聞かせてある。
やはり、若干対人恐怖症の気が有った様だが、挨拶が身を守る事にも繋がるからと言い含めた。
普通の幼子が普通に挨拶をしていれば、それを邪険にする人間はそれほど多くはないし、ともすれば気に掛けてもくれるだろう。
腹黒な大人の処世術だが、俺の前世は40過ぎの独身男だ。そのムダに人生経験たっぷりな記憶は、十分に活用させてもらおう。
世の中、俺に対して常にハードモードだしな!
今日は俺は、教会菜園に行った後、街中に作った拠点のいくつかを確認して回るつもりでいる。
逃げ込める場所が多いに越した事はないだろうからだ。赤銅のゴブリンライダーの件も有るが、それ以外にも色々ある。うん、まぁ、世の中何が起こるか分からんからな。念の為にってやつだな。
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拠点の1つに着いた俺は、イブに抱っこされながらも、どうしたもんかと腕を組んだ。
「…………」
「こ、これはオレんだぞ!! オレが見つけたんだ!!」
いや、想定してしかるべきだったな。
少年が小さな女の子を背に俺達を威嚇する。
俺やイブと同じ、ストリートチルドレンと言うやつだ。
基本的に拠点にとして準備した場所は、誰も居ない空き家や、家と家の隙間に屋根を作った場所。それと、建物のトマソンである。
大人じゃ入れないだろう場所だが、成る程、俺と同じ子供なら入り込める。
彼らも、少しでも生活しやすい場所を探している内に、この場所を見つけたのだろう。
拠点には、オレの作った保存食と水瓶が用意してあり、7日程であれば暮らしていける様に成っている。
彼らの足元には食い散らかした保存食の跡。まあ、それは構わない。
また、補充すれば良いだけだ。
ぶっちゃけ、特に干し肉の方はかなりの備蓄が有るからな!
問題は、彼らにこの場所が見つかった事そのものにある。
彼等は良く居るストリートチルドレンだ。
そう、何も特別な所なんて無い普通の子供達と言う事だ。
別に、探索に特化している訳でもなければ、食料の隠し場所を探すプロと言う訳でもない、普通の子供。
そんな彼らに見つかったと言う事は、そう言ったプロにかかれば、それこそ子供のお遊び同然と言った感じで見つかる事だろう。
つまりは、この拠点はもう使えない。
そして、他の拠点も同様の事が言える。
必要に駆られて慌てて探した場所だ。粗が有るのは認めよう。
ただ、次はもっと巧妙に隠せる様にしなければな。
とりあえずは、口止めをして追い払うか? いや、どの道、この拠点は使えなくなったんだから、この兄弟に受け渡して破棄する方が良いか?
う~ん、ただ、何にせよ、ここで俺達と鉢合わせた事は吹聴してもらいたくないんだが……
「トール、さま、の、とこ、くる」
どうしようかと頭を悩ませていると、唐突にイブがそんな事を言う。思わず二度見した俺を誰が責められよう。
「……何言ってんだよ、お前」
「トール、さま、の、とこに、くる」
何を言っていらっしゃいますかね~~~!? イブさん~~~~!!!!
何か鼻息荒くして、俺に付いてくれば大丈夫って感じで胸を張ってる。
この子の中で、俺ってどう言う存在になってんの!? ちょっと小一時間問い詰めたくなって来たわ!
「何だよ、トールサマって、そいつがいったい、俺に何してくれるってんだよ!!」
うん、そうだよね。普通、全く知らない偉そうな人の名前なんて出されても、不審がるもんだよね?
だが、イブさんは、得意げに胸を張りながら言った。
「だって、その、しょくりょう、ようい、した、の、トール、さま」
「え、う、けど、見つけたのは……」
「トール、さま、よういした、よ?」
食べ物が隠してあったのなら、隠した者が居る。つまりは本来の所有者が居るってのは、当たり前の事だ。
言わば、彼らのしているのは窃盗と変わりが無い。
その事を理解しているからだろう。少年が口ごもる。
「おにい?」
彼の妹が不安そうに服を引っ張る。
その事で意を決した様に少年が叫んだ。
「……勝手に食べた事は謝るよ! けど、そうでもしなけりゃ飢えちまうんだ!! しょうがないだろ!!!」
そんな少年の言葉に、イブはコテンと首を傾げると、再び彼に言う。
「だから、トール、さま、ついて、くる」
「え? いや、だって……」
うん、会話がまったく噛み合ってないな。イブさんや、言いたい事は分かるが、唐突過ぎて伝わって無いとオジサン思うな。
とりあえず、普通の乳児のフリをしときたい俺としては、口を挟む事ができない。
そんな俺達の困惑など置き去りにして、イブが畳み掛ける様に言った。
「おなか、いっぱい、たべれる、よ?」
「ホント!?」
「お、おい!!」
そんなイブの言葉に反応したのは妹の方だった。兄である少年と同じくらいにガリガリで、さすがに痛々しい。
目をキラキラとさせる妹の姿に少年も観念したのかポツリと言った。
「わかったよ」
「?」
「わかったって言ってるだろ!! 連れてきゃ良いだろ! その、トールサマってヤツのところにさ!!」
えっと、なんか良く分からん内に兄妹を保護することに成ったらしい。
だが、イブさんや「お腹いっぱい食べれる」は、人拐いの常套文句だからな?




