アンノウン
シリンダー装置の群れが、配線を触手の如くニュルニュルと動かし、俺と少女を追いかける。俺は、その少女を横抱きに抱えて走った。
何かに邪魔されているのか、魔力装甲どころか魔力外装も発動できない。いや、身体の外に出したプラーナ分は消費されている感覚があるから、その悉くが消滅してるって言うか、吸い取られてるのかもしれない。
もしかして、強制吸収されてるんか? これ。
そもそも、サンプル収納してるシリンダーが襲って来るて。いや、一応ガラス面をシャッターみたいなのが覆ってるから、最低限の保護はしてるんじゃろが、何考えてこんな仕様にしたし!?
いや、現状、ガーディアンが出られない状況での緊急処置なんかも知れんが、豪快過ぎだ!!
多分、第三警戒シーケンスとやらまでは、こうやって動かす事で避難させる心算だったんだろうとは予測が付く。だからこその隔壁解放だったんだろうし。
ただ、今の状態は、避難させるよりも確保する事の方が優先順位が高くなったって事なんだろうさね。
そもそも何故、俺はこの少女を連れて逃げてる。縁もゆかりもない少女を。
確かに偽善者の自覚はあるが、だからと言ってここまでお人好しのつもりは無いぞ? 俺は!!
オファニムの件もそうだが、理解不能な事が多すぎる。真っ赤な瞳が俺を覗き込んでいる。クソッ思考が纏まらない。せめて、現状を少しでも改善させねぇと!!
もっとも簡単なのは追っかけて来てるシリンダー装置を全てぶっ壊す事なんだろうが、魔力装甲が出せない今、全力を出すと、俺の身体の方が持たねぇ。
いや、負傷してもプラーナで強制的に治せるっちゃぁ治せるんだが、いちいちそれってどうよ? その度に痛い目見るんは俺だしな。
そもそも魔力装甲、でなくても魔力外装が纏えんと、相手にダメージが入らんし。
かと言って適当な武器があるかと言えば、ここがサンプルを格納しておくだけの場所だったからか、適当な得物も見当たらんって状態だ。
多分、入口だか出口だかまで着ければ、脱出できなくもないって気もするが、下手すりゃまたループに入るだろうから、それも確実じゃない。
第一、オファニムを置いてきたままだし、そもそもファティマ達を探し出せてない以上、撤退なんざできる訳がねぇ!!
この状態で、唯一と言って良いマシな事といえば、他の仲間は外に居て、俺がファティマ達を探しに動力源の元に向かってるってのを知ってるって事だが、だからと言ってアイツらが来て好転するかどうかは分からない。
ここで、魔力やらプラーナやらが使えないのであれば、条件としちゃ俺と変わらんからな。
逃げ回ってるだけってのも業腹だが、現状打開の方法が思いつかん限り、反撃したとしても無駄に体力を使うだけだ。
そもそも、コイツ等が俺を捕捉してる手段は何だ? 周囲を窺ってる限り、カメラの様な物がある訳じゃない。
あれか? 魔力をトレースとかそんな感じの方法か? いや、そもそも、前世でだって探知手段なんざいくらでもあったし、小型カメラなんて、分かってても見つからない手段とか有ったしな。
取り敢えずまいて見るしかないか。
幸い、体内循環までは干渉されてないしな。
俺は走りながら体内循環を加速させ、さらに濃く、濃密にプラーナを練り上げる。
……ん? 微かな違和感。赤い目が、ジッと俺を見ている。
クソッ! 頭が回ってない!? だが、プラーナを循環させておいて損は無いはずだ!! 加速加速加速加速加速加速加速加速!! 濃縮濃縮濃縮濃縮濃縮濃縮濃縮濃縮!! 加速加速加速加速加速加速加速加速!! 濃縮濃縮濃縮濃縮濃縮濃縮濃縮濃縮!! 加速加速加速加速加速加速加速加速!! 濃縮濃縮濃縮濃縮濃縮濃縮濃縮濃縮!!
俺は少女を投げ飛ばす。
少女はズササッと、足を踏ん張り、姿勢を整えると、俺にニヤリと笑いかけた。
染み一つない真っ白なしなやかな肢体に、影すら差さぬ艶やかな白髪。天の創りたもうたと勘違いする程の圧倒的美の化身。
その白磁の肌の中、唯一の赤。まるで、処女雪に一滴垂らされた血の様な鮮烈なそれが、俺を楽しそうに見つめる。
何時だ? 何時俺は【魅了】された? 何の疑問ももたらさず、するりと俺の心に纏わりついていた。
そう言えば、俺の首筋に口付けをしやがってたか。アレは、エナジードレインって奴か? 魔物の中に居る唯一の人間……と言う訳じゃなかったって事か。角は無いが、こいつも魔物って事かね?
だとすると、吸血鬼か原初の女か、それとも女夜魔か……
だとすると、あの時、オファニムが勝手に動いたのも、コイツの能力って事に成る。が、何にせよ、碌な奴じゃねぇのは確かだ。
後ろからはシリンダー装置の群れ、目の前には得体のしれない人型の魔物。
前門の虎に後門の狼。まさに絶体絶命って所か?
さて、どうするかね?




