権力の使い所
取り敢えず、レシピそのものは古代文明の時点では公表されていた物である事、その為に、代々続いている様な古い門下の貴族なんかにはそれが残っている可能性があるって事を国王に伝えてから、幾つかのお菓子のレシピと、俺の知っている料理のレシピを渡しておいた。
宿に戻ってみると、買い物に出ているイブやファティマ達は居なかったが、どうやら商談やら準備やらが一段落付いたらしいエクスシーアが寛いでいる所だった。
「おう、居たのか」
「ああ、我が君よ、後で面接の最終顔通しをして貰えるか?」
「……まぁ良いけど」
そんな感じで、しばらくエクスシーアと雑談をしていたんだが、その中で、さっきの王城での話も出てきた。と言うか、結構重要な話なんだから、積極的に“報・連・相”しとくべきだったな。反省反省。
それで、レシピが重要な情報に成りえるってのはエクスシーアも盲点だったらしい。
「我の時代は、むしろ「私の簡単レシピ無料配布~」等と、むしろ動画の再生回数を稼ぐ為に使っていたくらいなのだがな」
動画配信者かな?
まぁ、ともかく、文明レベルが違えばその常識も違うって事が良く分かったわ。あんまり前世の記憶に引っ張られ過ぎると、思わぬ落とし穴にはまっちまう可能性が高いな。気をつけんと。
エクスシーアは今の話を聞いて、さっそくレシピを公開する事と秘匿する事で得られる利益について何か思いついたらしい。
……元ガーディアン、すっかり商人が板についてやがるな。まぁ頼もしいけど。
『【懇願】マスター。申し訳ありませんが、取り急ぎ、こちらにお越しください!!』
ファティマ?
******
俺とエクスシーアがファティマに指示された場所まで来て見ると、何か武装した集団と犬達、ファティマにジャンヌ、イブが対峙していた。
街中だってのに何やってんだか。
ざっくりとは事情は聞いたんだが、どうにも呆れるしかないって状況だったわ。
「トール、さま!!」
『【歓喜】マスター!!』
『【悦喜】オーナー!!』
俺はエクスシーアに抱きかかえられたまま、その場に赴くと、イブ達に笑みを返す。
「家の者が何か?」
地面に降ろされ、武装した集団、貴族の私兵達のその後ろでふんぞり返っている貴族子息に向かってそう言った。
「お前がそいつらの主か、丁度良い、そのゴーレム達をオレに売れ!! 金貨5~60枚で十分だろう」
阿保の子なんじゃろか? 相手の身分も確かめずに高圧的な態度をとるとか。
「エクスシーア」
「あの紋章は、この国の貴族で、エルサドル侯爵の紋章だったな」
向こうの馬車に付いている紋章から、エクスシーアがそう答たえた。流石と言うか何と言うか、この国の貴族の紋章全部覚えてるんか? 出来る商人てのは一味違うな。まあ、それは置いといて。
成程? 侯爵子息ってんなら、その上は貴族本人か公爵子息、王子くらいしか居ない訳だ。それで顔を見た事も無い相手だから、自分より格下だって判断したんだな。
その上で身分や権力を笠に着て無理矢理って訳じゃなく、普通のゴーレムであれば相場通りの金額を提示して来た。
ただのドラ息子って訳じゃなく、それなりに筋は通してるって訳だ。
それでも、俺が着く前まではやや強引に持って行こうとしてた辺り、ちょっとばっかし甘やかされてるって所が見え隠れしてるな。多分、連れ去ってさえしまえば金も払ってる事だし、親の権力でどうにでもなるとか思ってたって所か?
だがな、それだとちょっとばっかし考えが足りてねぇんだよ。
「悪いが、それには応えられない」
「何だと!!」
何故応じると思ってんのか。いや、格下の相手なら、応じて当然だと思ってるんだろうがな。
「俺は、トール・オーサキ伯爵。魔人族国で、伯爵位を賜った者だ」
俺の言葉に、にわかに動揺が走る。
まさか、よその国の貴族だとか思わんかったんだろう。いや、その可能性とか低いだろう事は分かるが、高価な美術品としてのゴーレムを連れてるのが、自国民じゃないって可能性に思い至れない時点で浅いんだよ。
もっとも、俺の場合は色々と事情が違うんだが、そんな些末な事を突っついてもしょうがねぇしな。
「ここに居る者達は俺の身の回りを世話させている上に、護衛も兼ねている。貴公も貴族であるなら、その意味は分かるだろう?」
発掘ゴーレムってのは、確かに美術品でもあるけど、ブラックボックスが多い事も有って、現在作られているゴーレムより数段強く、頑丈だ。
そう言った逸品は、護衛を兼ねてるって事も無い事はない。普通はその金額もさることながら、希少性も有って、荒事には使わんらしいがな。
ただ、それでも護衛に使ってるって言うのなら、話は違って来る。その価値故に金額が跳ね上がるってのもそうだが、要はお前の護衛をよこせって、他国の貴人に対して言ってるも同然だからだ。
それが、どれだけ常識はずれな事なのかなんてのは、理解出来るだろう。つまり、お前の安全なんて知らん、俺の欲望を優先するって言ってる様なもんだからな。
普通に考えて喧嘩を売ってるも同然だし、ましてや他国の貴族にそれをやったら「良かろう!! ならば戦争だ!!」って言われても可笑しかない。
案の定……何とかって侯爵の令息は、顔を真っ青にして逃げる様に帰って行った。
『【困惑】マスター、良かったのですか?』
ああ、顔出しの事か? 公都で厄介な事になると面倒だから隠してたけど、他国とは言え貴族になったし、国王からのお墨付きも貰ったからな。
それに、グラスと考えたカバーストーリーも、一応国王には伝えておいた。
そもそも、出自不明の冒険者だし、後は知らぬ存ぜぬを貫けば、あんま問題も無いかな?
「トール、さま!!」
イブが俺に抱きついて来る。魔族や魔物の前に出られる程に肝の据わった娘だが、それでも6才になったばかりの少女でもある。相手がお貴族様って事も有って随分と不安にさせたんだろう。
俺を抱きしめるイブを抱き返しながら、俺は、この娘を守ってやらなくちゃなと、改めて思った。




