集中し過ぎるとそう言う事もある
「トール、さまは! うっく、むちゃ、し、して、ひっく……」
「いや、ゴメンってば」
「うっ、うえっ」
イブにめっちゃ泣かれた。
当たり前か、小屋に戻ったら俺がぶっ倒れてたんだからな。目とか鼻とかから血を流しながら。
おまけにミカ達は悲しげに鳴きなからおろおろしてるって状況な訳だ。最悪の事を考えないハズがない。
特にイブは、朝、普通に畑の世話に行って、帰ってきたらこれな訳だ……うん、トラウマになっててもおかしくない状況だわな。
俺の身体の方は、確かにダメージがデカいが、骨が折れてるって事はなさそうだ。
赤ん坊の柔軟性、すげぇな。
ただ、予想通りと言うかなんと言うか、今の今まで、つまりは翌日の夕方近くまで目を覚まさなかったんだが。
これも、イブの不安を助長する原因になった訳だな。
******
「どうすっかね? これ」
角熊の死骸を前に、俺は腕を組む。
解体するにしろなんにしろ、デカイ。とにかくデカイ。馬鹿みたいにデカイ。本っっ当、デカイ。
戦いの後、俺はすぐに気を失っちまったんで、血抜きすらしていない。
かと言って、そのままにもして置けないからなぁ。
腐って行くし。
ガブリからの「掘る? 掘る?」って視線も痛いから、少なくとも内臓と肉と骨は埋めるかぁ。勿体無いけど。
「ほれ、角熊解体するから離れろ」
「……や」
俺は溜め息を1つ吐く。さっきからイブが放してくれない。気持ちは分からんでもないが。
ただ、イブが俺にベッタリなせいで、何の対抗意識なのか、バラキも俺から離れてくれないんで、えらく動き辛い。
ともかく、ガブリとミカ、セアルティに土堀を頼む。
この状態で解体とか何の罰ゲームだ。
あ、ムチャした事のか。自業自得だった。
******
さらにその翌日、さすがに教会菜園を二日も放っぽって置けないんで、ぐずるイブを宥め透かして教会に向かわせた。イグディの餌も届けないといけないしな。
そう言ったら、イブもイグディを放っておけないと思ったのか、渋々向かってくれた。
有り難うイグディ。ニート犬とか思っててご免なさい。
昨日の今日だ、さすかに狩りに行くって訳にもいかなかったんで、小屋で大人しくしてる事にする。
ミカ達は、元気に平原を走り回っている模様。
……俺よりぶっ飛ばされてる回数多いのに、何であんなに元気なんだ?
まあ、棍棒が直撃したの俺だけだけど。
ともかく、昨日1日がかりで解体した、角熊の皮でも鞣す準備でもする事にするか。俺は石ナイフで肉や脂肪を刮ぎ始める。
角熊の赤茶けた毛皮を眺めながら、一昨々日の事を思い出していた。
あの最後の時、俺はブーストをしながらも、無理やり魔力を注ぎ込んでさらにブーストする事が出来た。
言うなれば、ダブルブーストだな。
そのおかげで、ほぼ丸1日眠った状態に成っちまったんだが。
フッフッフッ、これで俺も「後二回、変身を残しています」とか言える訳だ。
……変身ではないか。違うか。残念だ。
それはさておき、あの時の感覚はなるべく掴んでおきたい。いざって時の切り札になるからな。
普段の身体能力向上を“加速”させるイメージのブーストと違い、ダブルブーストの方は“注ぎ込む”ってイメージだった。
自転車のタイヤに空気を入れる様な、風船を膨らませる様な。
う~ん、これだけ感覚が違うなら、ダブルブーストだとおかしいか。注ぎ込む、プットイン……いや、足し会わせる、アドアップの方が適当か。
うん、あの状態の事をアドアップと呼ぶ事にしよう。
アドアップは、魔力を操作してさらに加える事で成し得る技な訳だ。
つまりは、この状態からも出来るって理屈な訳だな。
まぁ、延々と皮を刮ぐ簡単な作業なので、暇潰しがてらやってみよう。暇だしな。
刮いで刮いで、ひたすら刮ぐだけの作業を延々繰り返す。
刮いで刮いで刮いで刮いで。
当然、魔力操作もしながら。
刮いで刮いで刮いで刮いで刮いで刮いで刮いで刮いで刮いで刮いで刮いで刮いで刮いで刮いで刮いで刮いで刮いで刮いで刮いで刮いで刮いで刮いで刮いで刮いで刮いで。
魔力を注ぎ込んで注ぎ込んで注ぎ込んで注ぎ込んで注ぎ込んで注ぎ込んで注ぎ込んで注ぎ込んで注ぎ込んで注ぎ込んで注ぎ込んで注ぎ込んで注ぎ込んで注ぎ込んで注ぎ込んで注ぎ込んで注ぎ込んで注ぎ込んで注ぎ込んで。
注ぎ込み過ぎかな? ちょっと良い感じに刮げなくなってきた。じゃあ魔力を抜いて抜いて抜いて抜いて抜いて抜いて抜いて抜いて抜いて抜いて抜いて抜いて抜いて抜いて抜いて抜いて抜いて抜いて抜いて抜いて抜いて抜いて。
抜きすぎか。逆に刮ぎ辛く成ってきたな。なら、注ぎ込んで注ぎ込んで抜いて。
この位が良い感じかな? じゃあ、感覚を掴む為に繰り返すか。注ぎ込んで抜いて注ぎ込んで抜いて注ぎ込んで抜いて注ぎ込んで抜いて注ぎ込んで抜いて注ぎ込んで抜いて注ぎ込んで抜いて注ぎ込んで抜いて注ぎ込んで抜いて注ぎ込んで抜いて注ぎ込んで抜いて注ぎ込んで抜いて。
その間にも、刮いで刮いで刮いで刮いで刮いで刮いで刮いで刮いで刮いで刮いで刮いで刮いで刮いで刮いで刮いで刮いで刮いで刮いで刮いで刮いで刮いで刮いで刮いで刮いで刮いで刮いで刮いで刮いで刮いで刮いで刮いで刮いで刮いで刮いで刮いで刮いで。
注ぎ込んで抜いて注ぎ込んで抜いて注ぎ込んで抜いて注ぎ込んで抜いて注ぎ込んで抜いて注ぎ込んで抜いて注ぎ込んで抜いて注ぎ込んで抜いて注ぎ込んで抜いて注ぎ込んで抜いて注ぎ込んで抜いて注ぎ込んで抜いて。
……ん? 何か、掴めそうな?
刮いで注ぎ込んで抜いて刮いで注ぎ込んで抜いて刮いで注ぎ込んで抜いて刮いで注ぎ込んで抜いて刮いで注ぎ込んで抜いて刮いで注ぎ込んで抜いて刮いで注ぎ込んで抜いて刮いで注ぎ込んで抜いて刮いで注ぎ込んで抜いて刮いで注ぎ込んで抜いて刮いで注ぎ込んで抜いて刮いで注ぎ込んで抜いて………………
******
「…………、さま! ……ル、さま! トール、さま!!」
「うん?」
顔を上げると、真っ青になったイブが眼前にいた。
既に日は傾き始め、辺りに夜の帳が落ち始めている。
ずいぶん集中していた様だ。昼飯を食いっぱぐれてしまったな。
ただ、そのお陰か、角熊の毛皮はすっかり綺麗に刮ぎ終わっていた。
暗くなってきたし、灰汁で毛皮を洗うのは明日にするか。
また、イブの顔がちょっと青い。
聞けば、無表情で俺がひたすら毛皮を刮いで居たんで、怖くなったんだとか。
俺に対して恐怖を感じたとか、そう言う事じゃなく、変な後遺症が出たんじゃ無いかって方で。
あんまり必死に弁解するんで、ちょっと笑いそうに成ったわ。イブにバレると後が怖いから、墓まで持ってくが。
しかし、無表情で肉や油を刮ぐ、石ナイフを持った乳児か。
うん、それは怖いな、集中しすぎた。ゴメン。




