vs角熊
野生動物と人間を比べたら、その身体能力において、圧倒的に人間の方が劣っているのは確かだ。
人間は、文明による道具の使用っていうアドバンテージでもって、対抗してきた訳だな。
そう考えれば、今の俺の現状は圧倒的不利と言って良いのだが、だとしても、それで諦めるって訳には行かない。
しかし、だ。それでもこの理不尽については文句をいって良いんじゃ無かろうか?
「熊が、棍棒装備してるって、どんなだよ!!」
この世界が、俺にとって極悪に不条理だって事は分かっていたけど、人類の叡知のアドバンテージすらないとか、本気で俺を殺しに掛かってるとしか思えないんだが?
いや、違うのか、あれは、ちょっと変わった野生動物じゃなくて、魔物だもんな。
うん、あんな物がウロウロしてるってんなら、あの位の防壁、街には必要だわ。
むしろこの世界嘗めててご免なさい。
真実って常に過酷なのね。
角熊は、羆なんかの倍以上の体格で、やや猫背だが、当たり前の様に二足歩行で歩いている。
赤茶けた体毛をしていて、撫で肩に見える前足で棍棒を掴んでいた。
指の一本が、他の四本と向き合う様に付いているからっぽいが、あれって霊長類の特徴じゃなかったっけ?
まぁ、だからこその理不尽な存在、魔物なんだろうが。
角熊は、俺達の姿の確認できる、藪から出たばかりの位置まで来ると、足を止めた。
何だ? 今までの魔物なら、即座に襲って来ていただろうに。
一瞬、俺達を睥睨した角熊は、即座に加速し、突っ込んで来た。
はやっ!!
相手が1頭な事もあって、ミカ、ウリ、ガブリ、セアルティが即座に散開する。
バラキだけが俺を守る様に、角熊との間に入った。
俺も、正対しない様に横に走るが、ヤツの方が速い。だが、棍棒を振りかぶった瞬間に、ウリが角熊の喉元目掛け飛び込む。
咄嗟に身体を反らして避けた角熊の、一瞬止まった足元に走り抜け様、石斧を叩きつけた。
「ッ! 硬ァ!」
まるで樫の木にでも切り付けたかの様な手応えに、眉をしかめる。
予想通りとは言え、俺の攻撃は、有効打に成らない事が証明されてしまった。
ならば、選手交代だ。俺は、ウリに目配せをすると、彼は「了解!」とばかりに1吠えする。
俺の背に反撃をしようとした角熊だが、それは手首を狙ったバラキによって阻まれ、ミカ達3頭が取り囲むように牽制を始めた。
俺は、自分に角熊の意識が集中する様に、浅く当てる程度の攻撃を繰り返し、隙を作るべく棍棒を受け流す。
それでも、右手が軋みを上げる程に攻撃が重い。
その間も、ウリは角熊の鼻先、首筋を執拗に狙って攻撃を繰り返し、ミカ達も時折蹴散らされながらも、牽制しつつ四肢を狙って攻撃を仕掛けていた。
ミカ達は俺なんかより強靭ではあるが、あまり長時間攻撃を受け続けるのは不味い。
どこかで決定打をうたないと。
俺は汗を拭うと、フィジカルブーストの準備をしつつ、機会を待つ。
角熊は、俺達の連携にかなり苛ついているらしく、唸り声を漏らしながら矢鱈目ったら棍棒を振り回し始めた。
雑で大振りな、威力だけを込めた攻撃。これを受け流す事が出来れば、チャンスができる!
俺は、懐に飛び込むべく大地を蹴る。
だが角熊は、俺が駆け込む寸前、両前足を上げ、咆哮を上げた。
ビリビリと空気が振動し、一瞬身体が硬直する。
マズッ!!
振り上げられていた棍棒が、その位置から袈裟懸けに振り下ろされる。まだ、攻撃範囲外のはずたった場所からの一撃は、しかし、予想外に広いリーチで俺の所まで届いた。
こいつ、俺達の動きから、俺が司令塔だって見抜いたのか!?
刹那の反射で石斧を棍棒と身体の隙間に捩じ込む。
「が、あああぁぁぁ!!!」
まるでゴルフボールの様に弾き飛ばされた俺は、軽く10mは吹き飛ぶと、バウンドしながら地面を転がった。
「痛、うっく、ぐっ、ぐあぁ……」
一瞬、真っ白になっていた視界か戻ると、砕け散った石斧が目の前に有った。
身体中が痛てぇ。
このまま意識を手放せたら、どんなに幸せだろうか?
だがダメだ。ミカ達が戦ってる。
俺だけが呑気に伸びてるなんて、できる訳がない!
俺はプルプルと震える身体を叱咤し、立ち上がる。
だが、ここから俺に何ができる? たった一発で満身創痍の、武器すら失った俺に!
その時、俺の目に、石斧の残骸が映る。
……いけるか?
俺は、それを拾い上げると、ヨタヨタと角熊の方へと走った。
俺の姿を認めた角熊は、確実に仕止めたと思ってたのか、一瞬、目を見開いたが、ミカ達の包囲を力づくで突破し、すぐにこちらに向かって走って来た。
だよな、弱ってる奴から狙うのが野生のセオリーだもんな。
一瞬、俺のガードに入ろうとしたバラキだったが、何かを企んでる俺の目を見て、フォローに止めてくれる。
良い雌犬だよ、お前は!
角熊は、今度こそ止めを刺そうと、弾き飛ばす軌道じゃなく、叩き潰す動きで棍棒を振りかぶる。
角熊の殺意が、俺に突き刺さった。
良い。その殺意が、お前の動きを俺に教えてくれる!!
第一、何度俺がお前の攻撃をいなしたと思ってるんだ! フィジカルブーストをし、半身で棍棒を避けた俺は、踏み出された角熊の膝を蹴ってその身体を駆け上ると、手に持った蔓縄を振るう。
そう、石斧の刃を柄に括り付けていたそれだ。
一瞬の驚き、しかしすぐにそれは嘲りの視線へと変わる。
『そんな物で、自分にダメージを与えられるつもりなのか?』と。
ああ、分かってる、こんな縄が当たったくらいじゃ、何の痛痒も与えられないだろう。
だが、俺がこんな無意味そうな行動をしたとき、アイツなら、抜群の戦闘カンを持ったウリならどう考える?
回り込む様に走って来たウリが、バラキの肩をジャンプ台にして、突っ込んで来る。
確実に俺を仕留めるために大振りになった一撃は、即座に引き戻す事はできない。
角熊は、咄嗟に顔を背ける事で鼻面への攻撃を避けようとする。
けどさ……
狙いはそこじゃないんだ。
蔓縄のもう一端を咥えたウリは、俺と息を合わせる様に、それを角熊の首に絡ませる。
すれ違い様、蔓縄のもう一端をウリから受け取った俺は、渾身の力をもって、それを締め上げた。
なぁ、角熊。お前は息ができなくても生きていられるかい?
狂った様に暴れる角熊。例えフィジカルブーストをしていたとしても、これに耐えられるだけの余力は俺にはない。
俺だけだったら、あっという間に振り落とされていただろう。俺だけだったならば、な?
追い付いたミカ達が、角熊の四肢に牙を突き立て動きを邪魔する。
俺は、さらに力を込め、蔓縄を引き絞った。
毛細血管が切れたのだろう。俺の鼻と目から血が流れ、視界が赤く染まる。
「いい加減! 死ねぇ!!!!」
俺がそう叫び、仰け反った角熊の喉元にウリが牙を突き立てた瞬間。
唐突に角熊の身体が弛緩し、大地へと倒れ込んだ。
……仰向けに。
「あ」
間抜けな声が出る。もう俺に力は残っていない。
アカン、下手こいた。
頭の中に走馬灯が走る。三ヶ月間の……
ごみ捨て場に捨てられ。
ミカ達と出会い。
イブを連れ帰って。
森の端に隠れ住んだ。←いまココ。
「って、短すぎぃ!! 俺の走馬灯短すぎぃ!!」
思わず突っ込んだ俺の身体が、次の瞬間、宙に浮いた。
「バラキ!!」
俺の首根っこを咥えて宙を舞ったのはバラキだった。「ほめて、ほめて」と目をキラキラさせながら、尻尾を振りまくる。
「まったく、本当に良い雌犬だよ! お前は!!」




