ジジイ ガ アラワレタ 》コマンド
ユラリと目の前に現れた人物に、俺は目を瞠った。イブの買い物の付き添いで街中に居るのも関わらず、周囲の人間は、その人物が唐突にそこに現れているってのに、誰も関心を向けていない様だ。
実際、俺を抱きながら、野菜を売ってるオッサンと値段交渉しているイブは、彼がここにいる事に気づいてすらいないっぽい。
一緒について来たミカとバラキ、ラファは、少し警戒した様に尻尾を立てている。
まさか、俺が気配を掴み損ねるとはね。
『【警戒】マスター!!』
『【狼狽】うえ!? 変な感じデス!!』
目の前に居るのに気配が薄い。いや、分散してる?
俺達の目の前には、確かに好々爺と思える白髪と長い髭を蓄えた老人の姿がある。だが、その気配は影の如く希薄で、その上、あちこちにブレて、容易に掴めない。
ファティマ達も目の前の状況のギャップに戸惑ってるみたいだな。
なる程、これが一流って事か。もし俺を暗殺する為に送り込まれたんだとしたら、かなり厄介だな。まぁ、違うからこそ目の前に現れたんだろうがね。
「面白いパフォーマンスだな? 自己紹介代わりって事で良いのか?」
「ほ! 面妖な子供よな。見た目は幼児だっちゅうに、気配は大人のソレや」
そんな事までわかるのか? 流石と言うか何と言うか。
「……動じんのう。詰まらん」
いや、驚いてるけどな。
それ以上に警戒心が先立っているってだけだ。敵じゃないってだけで、絶対の味方とも言い切れねぇ相手だしな。
恐らくはジョアンナの紹介で来た相手なんだろうが、彼女は「紹介だけはします」と言っていた。つまり、そこからの交渉は俺次第って事なんだろう。
それに、紹介するって言ってた相手が、この老人だって確証もまだないのも本当の事なんだよな。
ジョアンナが「紹介する」って言った事実と、それっぽい相手が目前に現れたって事を繋ぎ合わせた事で、『眼前の人物がジョアンナの紹介で来た人だろう』って予想した事でしかない訳だ。
気配が動き、眼前の老人の姿が揺れる。移動した? いや。
俺はぬるりとイブの腕の中から抜け出すと、眼前に迫っていた拳を受け止め、そのまま後方に吹き飛ばされるままに屋台へと突っ込んだ。
ドンガラガッシャーーーーン!!
屋台を構えていた主人が飛び上がり、俺の姿が無くなっていた事に気が付いたイブが顔を青くする。
それ以上に驚いた顔で振り抜いた拳の先を凝視していたのは、件の老人だった。
そこにミカとバラキが襲い掛かる。
「ぬ!」
虚を突かれた老人は、しかしそれでも何とかその攻撃を躱した。大したもんだわ。二頭ともプラーナを使って無いとは言え、その攻撃速度は結構早い。それを紙一重だったとはいえ避けて見せたんだからな。
俺が老人の位置を見破って見せたカラクリは簡単だ。ミカ達の視線を追ったってだけの事だからな。
視界が当てに成らない状態で、気配に頼れなくても、ミカ達の嗅覚まではごまかせなかったらしい。
三頭が三頭とも同じ所を見てれば、そこに何かが居るってのは丸わかりだ。
そして、俺は、その拳をあえて受けた訳だ。確かに殴られれば目茶苦茶痛いのは痛いが、体内循環を加速させていれば、致命傷に成る事はない。身体能力向上を発動しなければ、身体の赤色化は最低限で済む。それも、インパクトの瞬間と、屋台にぶち当たる瞬間だけに絞れば、気が付く人間なんて殆どいない。魔力外装を発動してれば、痛みすらなく防御出来ただろうが、アレ、目立つからなぁ。
壊れた屋台の下から俺がのそのそと出てくると、掻っ攫う勢いでイブが俺を抱きしめ、老人を睨む。
知ってたか? イブは『冒険者のトール』の庇護下にある少女として有名なんだぜ? そもそも『冒険者のトール』が大量の魔物を狩って来る事で有名だしな、門番に顔パスされる位には。黒鎧で顔見えんのだがな。
そのせいも有って、イブもこの公都の、特に屋台が出る露店通り辺りでは有名人だし人気者な訳だ。
そのイブと敵対するって事がどういう事に成るのか、じっくり分かって貰おう?
俺がニヤリと笑うと、老人が「こん、クソガキが」と呟き、踵を返して逃げて行った。
さて、これで、こっちの自己紹介も済ませた訳だが、あの老人がどう言う反応を見せるんだか。
意趣返しの意味も有ってああいう事をした訳だが、後悔はしていない。なにせ、あのジジイ、イブを巻き込もうとしやがったんだからな。
例え、俺の戦闘力や咄嗟の判断力を計ろうって意図があったとしても、イブを傷つける可能性があったのも確かだ。
この娘を巻き込もうとか考えるなら容赦はしないってぇメッセージも受け取って貰えただろうさね。
もっとも、あれだけ派手にイブに良く思われていないって公都の人達に周知されて、彼女の前に顔を出せるかって聞かれたら、無理だろうと思うがな。
何にせよ、情報収集をする為にその手段を択ばないってぇ輩なんざ、こっちから願い下げでもあるがね。




